横浜水道みちを歩く
<相模原市中央区田名地区>
今日、12月26日(金)
用事があり、厚木へ行った帰り道、
あまりに天気が良かったので、
途中、少し歩いてきました。
歩いた場所は、
相模原市中央区の田名地区にある、
横浜水道みち
その付近一帯は畑で、
車の通りも少なく、歩くには最高の道。
この道は、周りには何もない農地の中を、
一直線に横浜へ向かっている道です。

写真の向こう側が横浜へ続いています。
右側には、11月に登った大山や丹沢が広がります。
この道には、
コンクリの杭で車が入れないようになっています。
歩くには安心な道。
時折、自転車が急に脇を追い抜いていくのが怖いだけ(笑)
横浜水道みちは、
以前相模原に在住の知人に紹介された
「相模川自然の村公園」に行ったとき聞いた道。
相模川沿いのこの公園あたりから、
一路横浜へ向かっているようです。
確か相模川自然の村公園の高台にあった丸い老人施設
「老人福祉センター渓松園」は
相模川から水をくみ上げる旧ポンプ場を改装した施設だとか。
<大沢の史跡巡りより>
ここは、当時「大島ポンプ場」と言ったらしい。
第2次拡張工事の時に、相模川からの揚水施設として造られたようだ。
大島ポンプ場の詳細ご興味ある方はこちらをご覧ください。
<大沢の史跡巡り>
今日歩く場所は、
相模川沿いから平野の中を進み始めたあたり。

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この写真の蛙さんの所です。
もう少し詳しく

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「トロッコ」の歴史って書いてありますね。
「トロッコ」 って?
気になりますね。
帰宅後調べてみました。
横浜水道局のホームページに、「水道みち」のことが書かれていました。
この横浜水道は日本の「近代水道の始まり」だったようです。
イギリス人技師HS・パーマー氏により、明治20年給水開始。
この当時横浜は、急激な人口増加で、
飲料水が不足となり、
相模川の上流から水道を引くという大工事を行ったようです。
当時、トラックがない時代です。
工事部材を運ぶためにトロッコが利用されたようです。
当然トロッコは、人や馬が押したり引いたりしていたのでしょうね。
だから、トロッコの歴史なのですね。納得!
そして、この工事の技術者の紹介
明治は、西洋の模倣の時代。
その中でもイギリスを参考にしたのが、
議会政治や車の右ハンドルや左側走行。
先進国に追いつこうと、
積極的にいろいろな事を参考にしたのでしょうね。
そういえば、今年世界遺産登録になった富岡製紙場は
フランス人のポール・ブリュナー。
話題の東京駅は
アムステルダム中央駅がモデル。
こうした、過去の日本人の努力が、
世界にも負けない今の日本を作り上げたのですね。
そう思うと、
たかが水道みち、されど水道みち…
ですね(笑)
何もしないと、肌寒い気候ですが、
水道みちを歩いていると、
ポカポカしてきて、とても心地良い。
少し歩いていたら、道脇に山茶花がいっぱい咲いていました。

花に見とれていたら、
何やら山茶花の中で動いています。
目を凝らしてみると、
なんと「ウグイス」でした。
5~6羽のウグイスです。
きれいな緑色して、チュンチュンと鳴きながら
花から花へ飛び移っています。
生憎カメラがなく、ガラケー携帯のカメラなので、
素早い動きについていけません(涙)
なので写真はご紹介できず、本当に残念。
もう春が近づいて来ていることを感じさせるひと時。
そう言えば、
ウグイスは別名「春告げ鳥」でしたね!
2時間ほどの短い時間、
心落ち着く「横浜水道みち」を歩いたひと時でした。
心地良い足の疲れと共に帰路に着きました。
家に帰りつくと現実が待っています。
今日は26日。クリスマスも過ぎました。
奥さんのご命令で、
クリスマス飾りつけのお片付けです。
でも、すべて無くすと寂しくなるので、
イルミネーションは、もう少しだけ付けておくことにしました。
ウグイスの知らせではないですが、
少しずつ、お正月の準備をしなくてはいけない時期。
そういえば、
帰りに寄ったスーパーには、お正月商品がいっぱい。
店頭にはお正月が来ていました(笑)

来年が良い年でありますよう!
祈りつつ心の準備も始めることとします(笑)
最後まで、お付き合い有難う御座いました。
