日本三奇橋 <猿橋>

日本三奇橋の一つである、
山梨県大月にある猿橋を見に行ってきました。
行った日は8月1日
 
いつも脇の国道20号を走っているが、
寄ったのは一度だけ。
 
じっくり見てみたくなり、行ってきました。
 
駐車場から橋を眺める
イメージ 2
 
右に祠が見えます。あとで寄ってみることにします。
 
イメージ 1
 
猿橋の謂れ
イメージ 9
 
ここで猿橋について

 断崖せまる渓谷美の桂川にかけられており、古くから名勝・奇勝の地として知られ、往来の旅人はもとより数々の文人・墨客・才人達がこの橋を訪れて、さまざまな足跡と作品を残していきました。

 猿橋の歴史は古く、江戸期の甲州街道時代をはるかにさかのぼり、初め
て架けられたのは、七世紀(推古天皇の時代)頃ではないかといわれています。渡来した百済の工人が、川岸の梢から猿たちが群れをなして川を渡る姿をヒントに、橋脚を用いず棟木と横桁を何段も重ねて中央で結合するという独自の構造を考案し、この橋を架けたという伝承が語り継がれています。

 猿橋の全長は31メートル。桂川の川面までは30メートルあります。
現在の猿橋は、総工費3億8千万円を費やして昭和59年(1993年)に架け替えられたもので、国の名勝文化財指定の地として、平成の旅人たちを迎えています。
大黒屋ホームページより 

 
猿橋を渡ってみました。
 
猿橋
イメージ 8
 
橋から眺める桂川
イメージ 5
 
切り立つ崖が両側からそそり立っています。
はるか30m下に見えるのが桂川。
 
横にかかる橋二つ。
イメージ 10
 
手前は水道橋でしょうか?気になり調べました。
なんとこれも歴史的水道橋でした。
 
名前は、八ッ沢発電所施設 第一号水路橋
大正3年竣工の日本で一番古い水道橋?なのかな。
国の重要文化財でもあるようです。
 
調べ始めるときりがなくなりますので、ここでは此処まで(笑)
ご興味ある方はこちらをご覧ください。ダウン
 
文化遺産オンライン
 
 
 
橋の脇から下に降りる坂道があります。
下へ降りてみます。
 
その途中から橋を見る
イメージ 6
 
橋を眺める広場より
イメージ 7
 
橋はアーチか橋桁で支えるか、ロープで吊る方法だと思うのですが、
この橋は両側の崖に杭を刺して、またその上に杭を刺して
というように作ってあるそうです。それも木材で!
 
この工法で作られた橋が現存するのは此処だけのようです。
 
大黒屋の説明にもあるように、
七世紀(推古天皇の時代)頃とも言われているようですから、相当古い。
こんな技術が当時の日本人にあったことが凄いですね!
 
駐車場脇にあった祠イメージ 3
 
なぜ此処に祠?
 
調べてみました。

「昔、推古帝の頃(600年頃)百済の人、志羅呼(シラコ)、この所に至り猿王
の藤蔦をよじ、断崖を渡るを見て橋を造る」 との伝説が残っているそうです。猿たちが、互いに体を支え合い藤蔦を上手く使って、この深い渓谷を渡った姿がこの橋の作り方の参考になったところから猿王を祀る祠を造ってお祀りしているようです。

 
駐車場反対側にあった看板
イメージ 4
 
「猿橋の旅宿にて」と書かれています。
その下には、㈱日立製作所 八十周年記念とあります。
どうやら猿橋の事ではなさそうです。
 
このことも大黒屋のホームページ下のほうに書かれていました。
 
そこには・・・
その昔、明治39年、ここ大黒屋が
「日立製作所創業会談の場」となったようです。
 
また、俳人松雄芭蕉もここで句を詠んでいるようです。
さらに、大黒屋は国定忠治の常宿だったようで、
そんなお話も書かれていました。
 
この地は、猿橋だけでなく、いろいろ歴史に残る場所なのですね。
  
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
今回、猿橋を調べていて、興味があったサイトをご紹介します。
ご興味ある方はご覧ください。
 
大黒屋ホームページ
 
日本の橋~古代から中世まで~
橋のいろいろなことが書かれておりとても興味深かったです。
 
猿橋(ウィキペディア)
猿橋の詳細が書かれています。
 
 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
 
ところで皆さん、
桂川が相模川になるってご存知ですか?
 
今回猿橋を調べていて初めて知りました
本当に地理が苦手な私です、
知りませんでした。恥ずかしい~
 
知らないままでは恥ずかしいので、相模川を勉強して見ました。
 
相模川は、富士五湖の山中湖を源としているようです。
富士五湖を源流とする川は相模川だけのようですね。
 
相模川は、富士山の麓の忍野八海を経て、
桂川、そして相模川になり、最終的には相模湾へ流れていようです。
でも、その昔は現在の流れではなく、
多摩川と合流していたようですよ。
 
ビックリですね!
 
また川の名前にもいろいろな歴史があるようです。
その一つに、相模川の河口付近は馬入川と呼ばれるようです。
 
この、馬入川の名称の由来は、
鎌倉時代の武将源頼朝の家臣、稲毛重成が亡き妻の供養のために
1198年に架けたがあり、その供養に訪れた頼朝の馬が突然
相模川に暴れ入り、頼朝が落馬したという伝説から名付けられた、
と言われているらしいですよ
知らないことを調べ始めると、次から次へと分からないことが増えてくる。
学生時代に勉強しないで遊んでいたつけですね
60の手習いではないが、
この歳になり、勉強のし直しですね。
 
頑張ります! 孫に負けないよう パー
 
 
止め処も無くなりそうです。
今日はこの辺で終わりとします。
 
 
こんな私のブログに
最後までお付き合い、有難うございました。
 
 

 
相模川について興味深いサイトをご紹介します。
ご興味あったら一度覗いてみてください
 
weblio辞書
相模川についていろいろ書かれています
 
相模川探訪
相模川の源流を探訪しています。
以下のアドレスは第8日目(初日から見ることもできます)