カレーで新年会
一品持寄りパーティーから早4か月。
その後、
今日まで集まるチャンスを逸していました。
きっかけは、作らないと来ないので、
我家で新年会を開催することを提案しました。
皆、喜んで都合をつけてくれました。
そして、
今日その日がやってきました。
ブログ見ている方から、まだ?
と期待されている「一品持寄りパーティー」は、多忙だったり、料理に悩んだりと、
姉妹たちにもそれぞれ理由が有りそうなので、当分お預け・・・となりそうです。
さて、今日の料理です。
気楽に集まって貰えるよう、あらたまった料理は止めました。
考えた末、お出しした料理はこちらです。

そうです!カレーです。
たかが カレーですが、昨日作り、一晩寝かしました。
カレーのルーは違う種類を合わせます。
そして隠し味は、ソースとケチャップ
この量の調整で、味はぐんと変わります。
カレーの話はこの位にして次に進みます。
カレーの脇にある黒いものは、ホウレンソウの胡麻和えです。
そして、野菜とサーモンのサラダ

ブロッコリーとレタス、玉ねぎとサーモン。ドレッシングで頂きました。
大根の甘酢づけ
柚子をトッピング。

甘さを調整し、本当に美味しくできました。昨日採った柚子を使いました。
良い味出してます。
もう一品のサラダです
ホタテと大根、貝割れ大根、ミニトマト

マヨネーズで頂きますが、ドレッシングで食べても美味しいです。
上の写真の右側にあるのはお漬物。
先日、知人より頂いた野沢菜漬けです。
しっかりした味でお茶にピッタリ。
あとはカレー定番の福神漬けとラッキョウです。
食事の後に、果物の盛り合わせ

盛り付けが終わってお出しする前の写真です。
盛り付けがあまり綺麗ではありませんね。
私が盛り付けました。後で写真を見て反省です。
もう少し綺麗に盛り付ければよかったな~なんてね!

料理の紹介は以上です。
会の様子を少々お披露目
11時開始ですが、
遅れるのが嫌いな長女と次女が30分ほど前に到着。
引き続いて三女夫妻が時間ピッタリに到着。
長女は、お孫さん(3歳の男子)を連れてきました。
同居のお嫁さんが、学校の行事の準備で留守の為、子守を頼まれたようです。
いいお婆ちゃんをしています。
とても、しっかりとした男の子なので、皆の会話の邪魔もしませんでしたよ!
久しぶりの顔合わせなので、お茶を飲みながら、近況報告など親交を深めました。
頃を見計らって記念写真を撮りました。撮り終わった時、長女が一言。
来年は来れるかな~ 何を言っているのよ~
当分、そんな事には縁がなさそうだよ!
・・・と次女。
結構、長女にもはっきり物言う次女ですが・・・
昨日の夜、子供時代の遠足のように、
今日来ることが楽しみで寝られなくなってしまった
と嬉しい事を言ってくれました。
その話を聞いた三女も、
そうなのよ!私も昨日からワクワクしていたわ!
会を開いてよかったね!
・・・と妻と目でうなずきあいました。
会話が盛り上がってきた時、
次女が手書きした歌詞を配りながら、こんな話を始めました。
先日、録画した歌番組を見ていたら、とても心に残った歌だったので、
ビデオを止めながら書き留めた歌詞だけど、ちょっと見てくれる!
それは、
作詞:永六輔、曲:中村八大、歌:上条恒彦
「生きているということは」
の歌詞でした。
その歌詞をご紹介します!
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
・・・と、ご紹介したかったのですが、
歌詞の掲載は、著作権の関係から、ブログと言えどもいけないそうです。
なので、以下のアドレスをクリックしてくださいね。
上条恒彦さんの歌っている動画はこちらから
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
次女は自分で歌詞を読み、自分が感じた思いを話し始めました。
「若い時は、気づかない事だけど、最近こういうことが凄く心に響くんだよね~!
歳のせいかもしれないが、こういう気持ちを忘れず、生きることが大事だと思う。」
皆、大きくうなずきました。
曲は聞いたことない人も居たので、パソコンを持ってきてユーチューブで聴きました。
上条恒彦さんの、しっとりとした歌声が、ビンビン心に響いてきます。
心が洗われる思いです。何故か目頭が熱くなってきました。
歌詞も曲も、歌手も良いですね~
もっともっと、世の中の人が、こういった気持ちを持てたなら、
どんなに幸せだろうか!
まずは、自分から!
・・・と、皆心を一つにしました。
次女の気持ちを、皆で共有した時でした。
時は昼も過ぎ、お腹も空いてきたので会食です。
場所を移して楽しく頂きました。
食べている時も、会話が途切れない我が姉妹たちです。
長女の孫は目をキョロキョロしながら
叔母さん?達の機関銃のような会話を聞いていましたよ!
食事も終わりの頃、我が娘が孫娘と一緒に来ました!
叔母さん達に会いに来たのです。
嫁入り前の娘は、自由奔放に生きていたのですが、
今は、孫娘の面倒を見ることで大変です。
孫が大人しくしている時に、遠慮しながら会話に入っていました。
少しは母親になったようです。
先ほどの歌詞のように、娘も誰かに借りをつくり、
今は自分の子にその借りを返しているのですね。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去りました。
皆、名残惜しそうに、
久々に降り出した
の中を、帰って行きました。
その後ろ姿を見ながら「生きているということは」の歌詞のように
姉妹ともやがて別れの日が来る。
その時悔やまないように、今日を明日を生きるために、
皆が集まれる場を作ろう!
と思いました。
最後まで、
ご覧いただきありがとうございました。
