プロ野球界のみならず、日本社会全体に大きな衝撃が走っている。

読売ジャイアンツの阿部慎之助監督が、家族間トラブルに起因する暴行容疑で現行犯逮捕され、翌朝には電撃辞任(事実上の解任)が発表された。今夜からのセ・パ交流戦では、すでに別の指導者が監督代行として指揮を執ることが決まっているという。

「伝統ある巨人軍のトップが、まさかこんな形で…」
世間がそのニュースの派手さに目を奪われる中、私、ささやまは別の部分に強い既視感を覚え、冷や汗が流れるのを止められなかった。

それは『組織がリスクを察知した瞬間の、血も涙もない圧倒的なスピード感』である。

不謹慎を承知で言えば、私は阿部氏の今の絶望的な心理が痛いほど胸が締め付けられ、号泣したくなるほどに分かってしまう。
なぜなら私自身、過去に全く同じ「組織の冷酷な歯車」に噛み潰された経験があるからだ。


■わずか1分で強制終了された私の居場所

当時、私はあるWebサイトの運営責任者を任されていた。
寝食を忘れてコミットし、魂を込めて育て上げ、成果も出していた。
足掛け2年強、そのサイトは私の人生そのものだったと言ってもいい。

しかし、終わりは一瞬だった。

当時の経営陣に対し、自分の信念から少し強めの意見をチャットで主張した。
ほんのわずかなボタンの掛け違い、ほんの一瞬の感情の機微だった。

送信ボタンを押してから、わずか1分後。
すべての運営権限を剥奪したぞ、との連絡だった。

「え?」と声を出した時にはもう遅い。
弁明の機会も、話し合いの余地もなかった。そして信じられないことにその日の夜からは、すでに別の人間が私の席に座り、何事もなかったかのようにサイトを動かし始めていたのだ。

昨日まで頭の中の100%を占めていた未来の構想が、すべて強制終了される感覚。
「明日から俺は何のために朝起きればいいんだ?」
「明日からどうやって食っていこう。」

静まり返った部屋で味わった、世界から切り離されたような真っ白なあの時の絶望。まさか一瞬のアクションで、こんな大ごとになるなんてという激しい後悔のループ。

今、釈放された部屋で呆然と立ち尽くしているであろう阿部氏の脳内と、あの時の私の脳内は、完全にシンクロしていると確信できる。


■組織の本質:どれだけ尽くしても代わりはいくらでもいる

今回の巨人の対応と、私のサイト剥奪事件。
事象のレベル(法律に触れたかどうか)に違いはあれど、動いている「組織の構造」は一ミリも変わらない。
ここには、すべてのビジネスパーソンが知っておくべき、組織の2つの冷酷な本質がある。

①.リスク排除におけるトカゲの尻尾切りの速さ
組織という生き物は、自己防衛本能の塊だ。
特に現代のコンプライアンス社会において、ブランドイメージやスポンサー(株主)を脅かすリスクを察知した瞬間、トップは驚くべき速度でメスを入れる。
過去の100の功績など関係ない。
たった1つの致命傷で、昨日までの英雄はただちに排除すべき異物へと変わる。
巨人の翌朝の辞任受理も、当時の社長の1分での権限剥奪も、根底にあるロジックは同じだ。

②.残酷なまでの代替可能性(代わりの椅子)
私たちがどんなにプライドを持ち、深夜まで残業し身を削って組織に貢献していても、システムは誰がいなくなっても、次の瞬間から別の人間をはめ込んで回せるように設計されている。
阿部氏がいなくなれば橋上氏が指揮を執り、ささやまが消えれば別の人間がサイトを更新する。
自分が命を懸けていた場所が自分なしで完璧に機能していく様を見せつけられることほど、人間の存在価値を全否定する残酷な現象はない。


■絶望の淵から、どう生き直すか

「まさか、こんなことになるとは」

人は誰も未来の絶望を予測できていない。
転落は全うな人間を精神の底まで叩き落とす。

しかし、私は経験者として知っている。
すべてを失い、明日からの予定が真っ白になった瞬間から「本当の自分の人生」が実は再始動しているのだということを。

47歳。野球の指導者としても一人の男としても、阿部氏の人生はまだ半分以上残されている。
巨人の監督という頂点から一瞬で引きずり降ろされた彼はこれからどうやって己の過ちと向き合い、一人の野球人として再起していくのか。

組織に一瞬で切り捨てられた過去を持つ私だからこそ、冷徹な現実の先にある彼のこれからの生き様を、誰よりも重い気持ちで見つめ続けていきたいと思う。

 

ささやま次郎