誰が読んでくれるかわかりませんが、よろしく | eusthenopteronのブログ

誰が読んでくれるかわかりませんが、よろしく

 2009年3月15日は日曜日。はやりのブログを書いて見るのですが、やはり生きた履歴として「たいそうな」ことを書こうと、ついつい思ってしまう。実に浅はかです。

 これまで、いろいろ書いてはきたのですが、こうして推敲無しに書いても叱れない場というか、勝手に書ける世界というのは、不思議ですね。何か、わくわくしてしまう。

 1989年前後に、ニフティーのチャットにハマッタ時代があり、あれからこんな時代が来るとは思っても見なかった。あれから20年が経っているのだから、・・・時が経つのははやいものです。

 チャットは、そのままの文字反応が面白くて、これがキーボードに慣れるはじまりだった。今の若者は、携帯電話の文字打ちから入っていくのでしょうね。小学生から携帯電話にはまると、どうなるんでしょう。

 私が、チャットにはまって大金をNIFTYに捨てていた頃を思うと、今の若者はうらやましい。NTTやAUは定額でアクセスができるのでしょう。こんな話のどこが面白いのかと、思うかも知れない。

 チャットにはまったときに実感したのは、コミュニケーションツールが最初に流行るものを生み出すのだなと、つくづく感じた。今は無きパソコン通信も、20年前は参加者が少なく、だからこそ、新鮮で面白かった。

 話が文字を通じて、わかることがうれしかった。顔も見ずに話をすることが、たのしかった。

 オフの会が開かれ、集まるメンツに美人が多かったのも、意外だった。

 こんな話は、面白くないなぁ。しかし、こんな冗長さが大好きな私は、またこんなことを書くのだろうか。