ひとりで電車にのってると
なんとなく過去を思い出す
昔々希望に燃えて学校のセンセーなんてしてたころ
採用試験には合格できなかったけど
経験だけは少しずつつんで
反比例して情熱がなくなった
思い出すのは体育の先生
その先生は私が高校の頃に習った人で
あらためて「職場」であって
挨拶はしたけど、
そのうち無視されるようになった。
なにが原因かわかんないし
教科も違うし
きにしないようにしてたけど
やっぱり今でもきにしてら
ははは
そこから今日は考え込んで
「先生」って人格者がならないといけない
そう思っちゃった。
だから当然私なんてあきらめちゃってよかったけど。
しかくばった人じゃなくて良いから
先生を職業としてじゃなくて
理想と情熱と人格で24時間、そして一生先生で居られる人じゃなくちゃ。
学問とか教育がもとめるものなんて
時代がかわれば自然と変わるから。
個性を大切にって育ったこどもたちが大人になって
「連帯責任」で育ったおやじやおばはんの中に入ったら
摩擦がおこるに決まってる。
もし私がこどもをもったら学校に子供をあずけることができるだろうか。
行きたくないって言ったら、いかなくていいよって言ってしまいそうな気がする。
勉強したいなら他の方法を探してあげるって言いそうな気がする。
集団で行動することなんてどこでだって経験できる。
どんどんどんどん深みにはまってぐるぐる考え出したからここらで今日はおしまい。