晴れのIWATEminamiこにちはー。

3.11です。毎年振り返るけども今年もね。うちのあたりは多分震度が1番大きかったあたりだったんだけど、まぁ地盤がしっかりしてるのか揺れ方が良かったのか、家の倒壊はほとんど見られず。断水停電、ガスは我が家はプロパンだったから生きてたし反射板ストーブもあった、寒かったから、そう、雪降るくらい寒かったんだよ、そのおかげで冷蔵庫もストッカーも温度が急激に上がる事は無く食べるのには困らなかったしペットボトル湯たんぽであったかく眠れたし。地震発生時は家に人間が自分1人、猫達と犬、お昼寝してて目覚めてトイレ入ったら揺れて。地震多いから慣れてるし大きくなるなーとかわかるんだけど、あ、ヤバイ普通じゃねぇって思った、んだけど排泄は途中では止められない…トイレは頑丈に出来てるって聞くし出すもん出そう…で、揺れながら済ませて拭かなくても死にゃあせん!と急いでズボン履いて外へ。家から少し離れた所で揺れてたんだけどふと見たら家の向かいの米関係の施設のシャッターが波打っててうわぁ…って。揺れがおさまったところで猫達の安否確認、外に逃げた猫、家の中でじっとしてた猫、猫達ひと通り無事確認してまた外へ、吠える犬におやつをあげて。買い物に出てた祖父母の帰宅を待って改めて家の中へ。ラジオかけてるけど震度以外聞いてなかったから沿岸が大変な事になってるって知らなくて。片付けても片付けても余震で元通り、腹立って落ち着くまでこのまま!時間になったから犬の散歩へ。歩いてる間も揺れる揺れる!その時道路がひび割れてたりマンホール飛び出してたりしてるのを見て、すげー!と…被害少ない地震慣れした人間は冷静に関心しつつ見てたわけです。で、妹とお互いの無事確認、母帰宅、しかし当時トラックに乗ってた父が帰って来ない!電話は1回か2回繋がったけど帰って来るまで心配だったよね、ずっと揺れてんだもん。結局22時過ぎとかだったかなぁ帰って来たの。と、当日はこんな感じだったと思う。断水は長かったけど停電はけっこう早く復旧したはず、でも長く感じたなぁ。川向こうの街灯ついてんのになんでこっちつかないんだー!とかなったなぁ。ご飯は冷蔵、冷凍、乾物と食べていって。おやつがあったのは良かった、なんかほっとする。うちは車多いし農業機械類あるからガソリンはどうにか間に合ったし携帯も車で充電出来たから、少しずつ友人達と安否確認して。電話使えるようになったっけ関東のおばさんに電話繋がらないし心配したってブチギレられww新聞、テレビと情報が入るにしたがってそりゃ連絡つかなきゃおばさんもキレる位心配するよね!と…震度だけ見たら大きいけど被害は津波の方が大きいし原発あの通りだから被害の少ないうちあたりって全然報道されなくて、逆に壊滅状態で何も無くなったと思われてたらしい。あと地元に慰問?できたクドカンがアンタばりだ来てくれたの!支援だもなんだもはっぱこねぇ!ってキレられて、あぁ、大丈夫だなって思ったらしいww

と、長くなりましたが今年も当時を振り返ってみました!あの頃まだガラケーだったから連絡がより取れなかったんよね、今LINEに安否確認機能あるでしょ?あれいいよねー!宮城県沖地震はまだ来てない説もあるしまた地震増えてきてるから、改めて備え大事!と。

そうだ、このたしか震災から、お気をつけててきとうにって言い始めたんだ、何するにも「過ぎない」ように、適当にいきましょうって。被害が少なかった人達は普通に過ごしていいんだよ、自分達も普通に過ごさしてくれって。そんなわけで。


さ、今日もお気をつけててきとうに◎