「悪」が「悪」として存在するから「善」が成り立つ。全てが「善」になってしまったら無理に「善」の中から間違いを見つけないと「悪」と感じなくなってしまう。「必要悪」という言葉がある通り、一定の悪事は必要なのかもしれない。ただし、誰もが「悪」と感じる「戦争」や「殺人」などの「邪悪」なものは別。ただそれも過去に誰かによって始められ「悪」という存在になった。表裏一体。何事も多角的な視点から見る事が真の「善」への近道なのだ。