女も男も一緒でしょうけど。



今の仕事に就いたのはちょうど30のときでした。
そのとき、ちょうど産休あけで仕事に復帰した先生がいらして。
既に二人子どもがいて、
ちょっと離れた三人目を生んだところだった。
それがちょうど私の今の歳。
だってことに最近気づいて、ちょっとびびってる。

「この歳で三人目を産もうって思うんだなー」

なんて、
未だひとりも子どもを産んだことのない私が思っていたのさ。
かっ!

7年目ともなると、
期末のバタバタもそれなりにこなせて。
さっき、twilogで去年の今頃のことみてたら
そりゃあまぁ、今年よりも大変でしたね。
ライブ見に行き過ぎで、てんてこ舞ってた。
今年はそこまで舞わなかった。
それはまぁ、
八月のうちにずいぶん自分の仕事できる時間があったからかな。

今年もいい夏を過ごせました。
夏から秋とCANTAのツアーとかでお財布も寂しかったりで
お友達に誘われた旅行にも行かなかったり、
例年の研修旅行もなかったり、
ゆったり暮らしていられたからね。
それでも、なおざりにしてることが、、、2つくらいあるけど。

人生は人それぞれだなーと、つくづく。
夏休み明けの職場、
子どもが来るまでの準備の一週間は
皆それぞれ、田舎に帰っただなんだかんだと。
お話をいろいろ聞く訳だけれど、
まぁ、子どもがいる先生の
普通のお母さん時間の感じとかを聞くと。
自分の暮らしの勝手気侭さというかを。
実感する訳ですよね。
まぁ、この生活を選びとったのか?
と言われれば別にそうでもなく。
単に漂って生きてたらこうなったというだけのことだけれども。
 
「大事なことは どれかじゃなくて それしかないの」

って、さっき
アナログフィッシュが歌っていたけれど。

そんなに選びとってるつもりではなく
けど選んでるんだろうけどもさー。
突き詰めて考えてみたりしちゃった八月。
いや、でも結局
まだまだ漂い気味ですけどね。


わたしはね、 
「死んだ方がましだ」
って思ったこと、ないんですよ。
それは私が恵まれてるからなんだろうなと思います。
私を産んだ人、その人を産んだ人、その人を産んだ人、、、
って、まぁずっと家族がさ、
「愛」を生きてたから、
きっとわたしは愛の中でそだったから。
だから、
生きてる自分を好きなんですよ。
「勝手には死ぬまい」
と思って生きてますよ。
ひとりぼっちで
とことんつまらなかったら、
どっか痛かったら
死んでもいい、とか、思うんだろうか。

たぶん、本気でひとりぼっちだなーと思ったら
ときどきは悲しくなるんだよね。
けどありがたいことに
いろんなことを分かち合ってくれるお友達がいて。
うれしいよ。
いろんな世界の人がいて。
共有してる時間も場所もそれぞれなんだけど。
それぞれの人とそれぞれの
ちょうどいい距離でいられてるんだと、思う。
まぁ、もっと会いたいよ!
って思うこともなくはないけど。

私、こう見えてかなり閉じた人間なので。
いま、一緒に遊んでくれる人たちがいるのが
奇跡みたい。
たぶん、とっても社交的な人よりは、
人間関係は狭いんだろな。
いいの、それで。



いつだったか、一緒に飲んでたら

「ちょっと飲みに行こうって誘って、
 ちょうど良く飲みに行ける人って、
 この歳になるとなかなかいない。
 みんな、家族がいたりして。」

って話してくれた人がいた。
それを聞いて、
まぁ、ひとりで生きてる女ってのにも
それなりに需要があるんだなって、
私は思ったのです。
け、ど、ね。
そんなこと言ってたって、
その人にもまた家族ができたりしたらさ、
私のことは誘ってくれなくなる訳じゃない。
そう考えたらさ、
「気軽にさそって飲みに行ける相手」
としての寿命って、そう長くはないんじゃないか?
みたいにも思った訳ですよ。
あとさ、
今はまだ老け込んでないからいいけど、
って思ってんだけど、
さすがにあと十年くらいして
この人とは特に一緒にいる気がしない
って見てくれとかになっちゃったら
さすがに飲みにも誘ってくれなくなるんじゃないかと。

そうならないように。
日々楽しく。
若々しく。
美しく。
それにつきるけどね。



この夏からこっち、
一緒に遊んでくれたみなさんありがとう。
久々に会えた人とか、
たくさん会えた人とか、
まだまだ会いたい人とか。
あと、
会いたいけど会えない人とか。

会いたくて会えなくても我慢するんだけど、
会いたいことを会いたいって言わない我慢が。
けっこう難しいのね。
だから、あそぼーあそぼー五月蝿いかもしれない。私。
けど、
遊んでくれなくても、我慢はできるんだけど。

モノノ本にね。
あんまりしつこくしすぎると、
「こいつは自分の生活を脅かす危険な存在だ」
と認識されてしまうので気をつけましょう
って書いてあったんだよ。
だから、一生懸命いま。
それを気をつけてるの。
できてるかどうかは、わかんないんだけどね。



とりあえず、
どっこも痛くない状態で、
長生きしたいです。

みんなも
長生きしてください。














てか。
この記事のタイトル
完璧すぎない?
本文はだらだらだけどね。
本書けそうなタイトル。
誰かに横取りされないようにしなきゃ。
いや、お買い得だった。



こないだつい、衝動買いをした。
お気に入りの洗剤(イタリア製)
と同じシリーズのボディーソープを発見して。
買おうかどうしようか、
ちょっとは考えた。
ボディーソープに1575円は高いんじゃないか?と。
あ、それはもちろん
初めてこの洗剤買ったときにも迷ったんだけどね。
輸入物の洒落た雑貨ってだけで、
なんか、買いたくなくなっちゃうもんですから。
けど、薫りにやられて買っちゃって、
そのご愛用してるんす。
ただし、おしゃれ着洗い専用ですけどね。

ボディーソープに話を戻しますと。
私はそもそも、体洗いは石けんがいいと思ってるんです。
どうもボディーソープは
汚れが落ちた気がしないからね。
けど、どうしても薫りにそそのかされて
時々買ってしまうのだけれど。
あと、買うか迷った理由は
買う予定じゃなかった500mlのそれで
荷物が重くなるからさ。

で、結局買っちゃったんだ。
けど、なんかもったいない気がしたのと、
夏こそ!体洗うのは石けんだろ!
という気持ちで
まだ使っていなかったの。

それを昨日使った。
お休みが終わる切なさで、
朝風呂くらい楽しく入ろうよって思ったから。
使ってみたらまぁ!
思った通りのすばらしい薫り!
一気に幸せな気分に!
1575円。
全然高くない!

今朝なんか、昨日よりもっと切ない朝じゃん。
今日から仕事じゃん!
けど、
行く前に一つ、最高の幸せがあると思ったら
元気に起きられた。
案の定、
いい薫りのあわあわで
気分がすーっと。
よくなった。
1575円
全然高くない!



学校って、
子どものときからそうだけど、
休み明け、きついんですよね。
お家大好き人間にとってはなおさらで、
特に夏休み明けがきつい。
けど、行ってみちゃうと
けっこうなんでもなかったりしてさ。
今日もそんな感じだった。
ま、
まだ子どもたち来てないから
リハビリ期間って感じだしね。
明日も、朝は
あのいい薫りの泡に幸せをもらって
健やかに一日を始められるといいな。



ほんと、単純なことだけどね。
ちっちゃいことでも何か
人の元気の種になれたらっておもうわー。
笑顔で挨拶したり、
ちょっとした声かけたりって、
そんな、ほんのちいさなことでもね。
なんたって、
笑顔はタダだから!

そんなこたーどーでもいー。



ルコントの映画を見た。

と、母に言ったら
「陰気くさくない?」
と言われたけど。
それほどでもないよね。
主人公には
幸せがあるから。

幸せ

の表現がそそったな。
言葉はなくて、
視線とか。うん。
「幸せ」
って言葉とも違うかな。
なんかねー。

この瞬間

があれば、
このままずっと生きていられる。
っていう

よろこびのとき

ですかね。

こういうの見ているとき。
完全に現実を離れて
優雅な気持ちでいられる。
この夏の
映画鑑賞祭りのありがたさよ。



しかしなぜか。
別れがくるわけだ。
すべてのことには
始まりがあって
おわりがあるんだ。
終わりがあるのは仕方がない。
だからといって
どうせ終わるんだからと
ときを粗末にしないことだなと。
思います。

もう十年くらい前?
嵐のライブ見に富山かどっか
いったときにさ、
観光名所的なとこにあった落書き。

「みんななんで生きてるんだ。どうせ死ぬのに」

って書いてあったの、思い出す。

どうせ死ぬけどね。
なんでかを考えるのは
若い証拠かもね。
高校生くらいのときは
色々、
なんで?
って思ってた。
で、
考えたりしてるうちに、

まあ、いろんなことに意味はないかもしれない。
けどまあ、
そこに今があるから
どうするかを考えて
なんか、しよう。

って思うようになった。
で、いまも。


終わりを意識して
それまでに、なんか
成し遂げなきゃ的感覚も
あまりない。
ただ、
終わりがくるのは当たり前なので、
きたときに嘆かないよう
いつのときも
満足してたい
って思ってます。
まあ、そううまくはいかないけどね。
もっとこうしとけばよかったかも
って、
クヨクヨするときあるし。
ただ、
クヨクヨ期間は短いかな。

次、なんとかすればいっか!

と、明るく考える。



そんな毎日が続くんですよ。
こんな毎日を彩ってくれる
作品や、音楽や、人が、
そこにあることに

ありがとう

です。



ここちいいとこ
ここちいい時間
まあときどき
いたいときもあるか。
しかしまあ

今日もあなたは生きている。
今日もわたしは生きている。

そーゆーこと。



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