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フルカワJAZZ道場

お気に入りの1枚を探すために

昔は冬になると、軒先に縄つるされた柿がある家をよく見ました。
柿の木のある家でも渋柿の所はそのままでは食べられないので、干しているとやがて甘くなっていきます。
柿の中のタンニンが変化するからで、最初から甘い柿だと渋柿ほど甘くならないそうです。
今回は渋くてやがて甘い、「しぶがきジャズ」をお送りします。

 

 

「セイ・ユーア・マイン」

ドナルド・バード
”キャット・ウォーク”より  
1958年から数年間このトランペットとバリトン・サックスという変わった組み合わせのクインテットは活動しました。そこに1959年ピアノのデューク・ピアソンが加わり、1961年に録音されたのこの「キャット・ウォーク」というアルバムです。
スイセンの曲はドナルド・バードのトランペットとペッパー・アダムスのバリトン・サックスのハーモニーが美しい哀愁を帯びたミディアムテンポのバラードです。特に気だるく入るにフィーリー・ジョー・ジョーンズのドラムのバッキングがせつなさを強めいています。デューク・ピアソン作曲はいまでは高く評価されていて、このアルバムでも6曲中3曲、内1曲がバードとの共作となっています。「セイ・ユーア・マイン」もさすがピアソンと言える渋くて甘い印象に残る曲です。(まあ、ピアソンにはもっと大甘の”スイート・ハニー・ビー”という曲がありますが。)
他にもカウント・ベイシー楽団で有名なニールヘフティ作の「キュート」が取り上げられています。本家とは違うテイストのこれぞハード・パップの典型といった演奏が楽しめます。ドラムのフィーリー・ジ
ョー・ジョーンズの火の玉ドラムは他の曲よりもいっそう強力になっていて、バディ・リッチをほうふつとされるものになっています。(事実1940年代にバディ・リッチ・ビッグ・バンドのセカンド・ドラマーでした)

 



 

「天使」

ギル・エバンス・オーケストラ
”プレイズ・ジミ・ヘンドリックス”より  
ギル・エバンスの音楽との出会いは本当に偶然の重なったことでした。大学生の時、夏は六甲山ホテルで焼肉のウェイターのバイトしていました。これは八幡大学(現九州国際大学)のサークルのいくつかがサークル単位でまとまってバイトをしていたからで、元は卒業生が六甲山ホテルに就職したことに始まるようです。それから夏になると母校にアルバイトの募集をかけるようになったと聞きます。
卒業を来年にひかえた3回生の時(バイト3年目)、とにかく神戸を拠点に観光できるところはいってみようと、大阪、京都、宝塚と休みごとにでかけたのでした。宝塚に行ったとき、別に宝塚歌劇を見ようというのではなかったので、ぶらぶらしていると、大学生のジャズ・フェスティバルのポスターが貼っていました。そこで関西学院大学かどこかの演奏で「ブルース・イン・オービット」をやっていたのです。地元に戻ってから早速福岡で探して買いました。それ以来ギルエバンスのとりこになり、ずいぶん買いました。
ギル・エバンスはフリー的な要素はあるものの、アバンギャルド・ジャズに入るでしょう。ロック的な要素もあり、それがこのジミ・ヘンドリックス・カバー集です。ジミヘンがギルとの共演の企画で組まれていましたが、亡くなったためにギル・エバンス・オーケストラだけの演奏で作られたのでした。一部ボーカルをトランペットのマービン”ハンニバル”ピーターソンが歌っています。ジミヘンばりでなかなかうまい。ジミヘンのカバーはギルのそれ以後の十八番になって、ライブでは必ず演目に入っています。そののち、ロック・スターとの共演はスティングによって果たされますが、その時のレパートリーにもジミヘンの曲は取り上げられています。
「天使」のソロはデビッド・サンボーンです。オープニングになっているこの曲は、取り上げられているのはこのアルバムのみ。サンボーンの泣きのアルトのソロ・プレイのすばらしさに唯一無二のものになったのでしょうか。ジミヘンの元曲を聞いたことがなくても心に染み入るメロディーですのでぜひ聞いてみてください。

 

 

「アイ・コンセレント・オン・ユー」

J&K(J.J.ジョンソン&カイ・ウィンディング)
”ザ・グレイト・K&J.J.・ウィズ・ビル・エバンス”より  
これもコール・ポーターだったのかと後で知ったものです。なぜか聞き覚えのある曲、それもそのはず、昔封切られた「地中海殺人事件」(アガサ・クリスティー原作)を見にいったからです。もちろんその頃はジャズ好きでもなく、ニュー・ミュージックのファンでラジオの深夜放送の「コッキー・ポップ」なんかを聞いていた時代でした。映画はその頃は学割でよく見にでかけていたのですけど、映画音楽もよく聞いていましたから(その頃の音楽のメインはレコードではなくラジオでした。)、もう下地はできていて、刷り込まれていたんですね。
一人一人でもリーダーを張れるプレイヤーが、しかも同じ楽器でコンボを組んだのですから、普通個性がぶつかりそうなものですが、神がかりなほど美しいハーモニーは、後に続く複数のトロンボーン・バンド「スーパー・トロンボーン」や「スライディング・ハンマー」などスタイルのお手本ともいえるでしょう。
本来の活動は1954年から1956年の2年間ほど。そんな短い期間(常に変動していたジャズにとっては十分に長いかもしれないが)の演奏活動がジャズにおよぼした影響を考えると、驚異的といえるでしょう。
このアルバムは1960年にインパルスレーベルが企画した再開セッションで、スタンダードといえる曲がつまっています。サイド・メンもビル・エバンス、ポール・チェンバース、ロイ・ヘインズ、アート・テイラーとそれぞれの楽器のバーチュオーソが集まった感があるので、非の打ち所がありません。

どんどん寒くなっていきます。
いずれジングル・ベルが街中に
ながれることでしょう。
西洋的な行事と和の
正月が普通に行われている
ことがおもしろいですね。