フルカワJAZZ道場:砂にけむるニッポン | フルカワJAZZ道場

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お気に入りの1枚を探すために


つい最近、中国から黄砂が日本にやって
きました。もやっとした天候で、遠くも
よく見えません。車や建物の窓ガラスは砂だらけ。
おまけに今話題になっている”飛来物”は大気汚染
されていて、目が痛くなることもしばしば。
その前は光化学スモッグが襲来して、中国から
離れた日本にいれば大丈夫ということもなくなって
きました。
その昔、危険を冒してまで荒海に船で乗り出し、
経文を取りにいったあこがれの中国はいったい
どうしてしまったのでしょうか。(いつの話だそれは。)
とう言うことで、今回は「砂をかむ想い」ならぬ
「砂ジャズ」です。

 

 

「ブルー・サンズ」

チコ・ハミルトン・クインテット
”チコ・ハミルトン・クインテット”より  

 

 

なにかとても幽玄な感じのする曲ですが、昔yellowジャズのラジオ番組のテーマソングだったそうです。
こんな感じで番組が始まったらどっぷりはまりそうですね。
聞いていると、旅客機が沙漠の真ん中で不時着し、謎の一団に捕らえられ、未知の王国の広間にひったてられ、そこにきらびやかな衣装をまとって、豪華な輿に乗った王が行進して来る、その太鼓の音のように響きます。
このアルバムはドラムをマレットで叩いもっとパーカッシブに使っています。ベースとは別にセロを配し、クラシック的な味付けがされています。
でもやはり聞きものはバディ・コレットのフルート、アルト・サックステナー・サックス、クラリネットを使い分けたマルチな活躍でしょう。それにフレッド・カッツのセロの旋律が絡んで曲を盛り上
げていきます。ジム・ホールのギターもソロやバッキングに効果的に使われており、ベースのカーソン・スミス、リーダーでドラムのチコ・ハミルトンと、ピアノのおらず、クインテットとしては異色のサウンドです。1955年の作品ですが、きっと新鮮に耳に届くことでしょう。

 



 

「デザート・ウインズ」

イリノイ・ジャケー
”デザート・ウインズ”より  

 

 

豪放磊落なテキサス・テナーの1人に数えられるイリノイ・ジャケーは名前は聞いていましたが、いままで手に入れることがなかったのです。
自己のバンドを持たず、長らくフリーランスの仕事をしていたため、いくつかのリーダー作があるものの日本でリリースされるのも少ないらしく、これまで実際にどのようなプレイヤーなのか知る機会を持たずにきました。
たまたま中古CD(紙ジャケ仕様)で手に入れたのですが、
骨太のこれぞテナー・サックスという演奏で、ウィリー・ロドリゲスのラテン・ドラム(ボンゴかコンガのようだが)がリズムを強めており、スタンダードの曲がラテンタッチになっています。
スイセンの曲はマイナー調の曲で、異国情緒をかきたてます。
ジャケットの砂漠の絵をみていると、ギラギラ照りつける太陽の下をラクダの隊商が渡っていく姿が演奏にだぶりました。
アルバムの演奏曲を旅にたとえると、「ホエン・マイ・ドリーム・ボート・カムズ・ホーム」での陽気な楽しさで夢を持って遠くの国へ出かけ、「デザート・ウインズ」で灼熱の太陽を耐えながら、砂漠に吹き抜ける風で涼を得ながら勇気を奮い起こし、そして「スター・アイズ」で夜は更け休息をとり、次の日もいろいろあり
、「ユー・アー・マイ・スリル」で困難に立ち向かいながら、最後に「カナディアン・サンセット」で日が暮れる頃、街の灯がやっと見えてきたというところでしょうか。(カナディアンになっいますがそこはイメージということで)まあ砂漠に引っ掛けすぎたきらいもなくはないです。、それにしてもムーディーな「スター・アイズ」がこんなに陽気なラテン風味が合うとは新発見ですね。

 



 

「サハラ」

マッコイ・タイナー
”サハラ”より  

 

 

ジャケットの裏を見てみると、「サハラ」1曲のみでB面が構成されています。分数を見たら23分28秒!1曲としてはかなり長いですね。
フリー・ジャズのような冒頭のフルートやトランペットの無軌道に漂う音の流れが、力強いマッコイ・タイナーのピアノのソロによって曲へとなっていくさまを見るようです。そしてソニー・フォーチュンのソプラノサックスが奏でるメロディーがそれを引き継ぎ、、曲を引っ張っていって、心地よい緊張感をたもちながら全
てのプレイヤーが一体になっていきます。合間に入るフリーなアプローチがあり、フルートが高音域を吹き、鐘が打ち鳴らされ、何か祭囃子のようにも聞こえてきます。しばらくなにかの動物の泣き声のようなソプラノ・サックスだかなにかのような音もあります。
それぞれのプレイヤーがパーカションや自分の得意楽器以外も使って音楽空間をさらに広げていきます。そしてマッコイのピアノが合図のになってメロディーに戻り曲はエンディングを迎えます。
また他の曲ではマッコイが事も演奏しており、(和的な音楽への関心というより、琴自体の音に興味をもったようなとくにメロディーのないの弾き方なのです)ジャズの表現の究極をきわめようとしたテンションの高い演奏になってます。

こんなに砂で話が広がるとは思いませんでしたが、
曲を聞きながら、ジャケットを眺めながら
いろんな空想にふけれるのも音楽のいいところです。
実際砂漠を見たことは一度もありませんが、
(鳥取砂丘でさえないのです)見たような
気がするのは映画の影響でしょうか。