「お施餓鬼」に行ってきました。
「施餓鬼」って知ってましたか?
私はつい5年くらい前までは知りませんでした。
てか、たぶん親が「お施餓鬼に行ってくるね」とか「お施餓鬼で貰ったお寿司食べる?」とか言ってたような気がするんだけど
親が元気な時には、おそらく殆どの人がそうであろう「よく聞いてない」&「寺の行事に興味がない」で、貰って来たお寿司だけ食べてました。
でも父が亡くなって、母は私にいろいろなこと(寺の行事やら、妹の通所施設の行事等家の年間行事)を少しずつ引き継ぎ始め
私も「いつかは自分が引き継ぐこと」と思ったのと、母に運動のためにも外出して欲しくて、4年前から参加しています。
母が私を最初に「お施餓鬼」に誘ってくれた時の説明は…
まず、お寺に係る年間経費の説明から入って「お墓の管理費が年間一万円。施餓鬼会が先祖代々のお塔婆込みで一万四千円。これは何もしなくてもかかるから。」
「管理費は振り込みだけど、施餓鬼会は行けばお寿司とお赤飯が貰えるの。一人で行っても二人で行っても金額は変わらず、人数分貰えるから、二人で行きましょう。」
とだけ言われて行きました。
金額とメニューの説明だけ!!!( ̄□ ̄;)!!
簡潔で良いと思うが、これでは施餓鬼会の意義がわからない。
で、お寺で貰ったパンフレットを元に、ざ~っくりと説明すると
「餓鬼」という鬼は私達の心の中にある「我欲」の象徴で、自分の「餓鬼の心」に布施行をし(要は金を払う)慈悲を施すのが「施餓鬼会」
布施とは、むさぼる心をなくすことに根本があり、なるべく多くの方に供養を巡らせる。その結果として、他人も自分の心もみたされる。のだそうです。
で、戻って考えてみると
「布施行」はしてるものの「どうせならお寿司貰った方がいいよね♪」的考えは、我々すっかり餓鬼スタンスだな~と思いました。
いつもは持ち帰っていたお寿司ですが、今年はお寺のお座敷でお昼ご飯としていただきました。
で、12:30~説法、13:00~法要だったんだけど
眠かった~!
こんなに眠いの、働いてた時以来だよ。
睡眠欲にめっちゃ捕らわれた施餓鬼会、供養になったんでしょうか…?
今夜は貰って来たお赤飯と、ヤギ君のリクエスト「青椒肉絲」で夕飯です。