さて問題です。


春朗からはじまり八右衛門までの25の名前を生涯に渡り名乗った男は誰でしょう?



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はい、お判りでしょうか?


アンサー、葛飾北斎 ― でございます。


「富嶽三十六景」に代表されるようなCMにも出てくる荒波や富士山の斬新な色使いやうね

るような描写も、怪奇シリーズを得意とする繊細なタッチも、ひとりの人間が己に飽くことな

く描き続けた歴史の変遷・・・。名乗った名前とともに画風が変わる様はまるでピカソのよう

です。


有名な話だが、彼は自らを「画狂人」と呼ぶ。


そういえばアラーキーが自身の著書で「北斎が画狂人なら俺は写狂人だね」 と洒落めい

ていたなぁ。

天才に共通するのはユーモアと狂気ということか・・・?


このアメブロスキンにも、満を持して「富嶽三十六景」シリーズが登場しております。

私のブログイメージにはマッチしないので、残念ながらスルー。


ちなみに私は北斎好きでございます。


晩年の作品に「西瓜」という掛け軸調の画がありますが、なんともたまりません。

北斎サンはやっぱりクレイジーです。



ここでワタクシゴトの話を少々。


どちらかというと私は諸外国の画よりも限りなくいかにも、な日本画を好く性質で、鳥獣画

や美人画・・・基本的なジャンルは何でもOKです。

日本って凄い・・・と思わざるを得ない瞬間を、絵画を目の前にするとヒシヒシ感じることが

あります。


なせだろう?あまりにも西洋的なモダーン!だとどこか心落ち着かない。



私の実家には掛け軸やら雉の剥製、現代家屋の建築構造の構想にすらありえない仏間、

豪奢な仏壇、母が丹念に刺繍し完成させた観音像を飾った額縁、欄間などが今なお残っ

ております。

それらは極めて和、今となってはあまりに古くさいとも言うでしょう。


そんな環境で育ったからか?


違う。それだけではない。


それも含め、否めない’日本人’というDNAが色濃いということでしょうか。

どこで何をしていようと、何を食べていようと、誰を好きでいようとアイ・アム・ジャパニーズ!


最後の晩餐に「オカンのメシ」を選ぶ男子と心情は同じなのでしょう。



北斎について言うならば日本人で初めて海外評価を得たという、今となっては万国共通の

ナショナリズムがあります。

「和」が極めて斬新にクローズアップされたまさに先駆けなのです。

最も、北斎自身はそんなこたぁ微塵も考えていなかったのかもしれませんが。


北斎は死の直前まで筆をとり、90歳まで生きたらもっともっとすっげー画が描ける!と公言

していました。


己の力に酔わず、自らのお尻を叩きあげ、常に自分史上最高を求め続ける稀有で強靭な

精神。


サディスティックともいえる自らへの願望。

彼が望んでいたものは一体なんだったのでしょう?徳川埋蔵金の行方よりも気になります。

北斎サンが生きいて、ビジネス書でも執筆したら松下サンのと同じぐらい売れそうだ。。

(ベクトルは大いに違いますが)


もし仕事に思い悩むビジネスマンがいたら、「読んだだけで自己実現した気になる」うさん臭

いビジネス書を読まずに北斎画集でも眺めていれば思わぬインスピレーションが得られる

のではないでしょうか。



自らが見た見果てぬ夢のあとさきを、自らが見届けるために。



北斎が「画狂人」


アラーキーが「写狂人」


そんな二人の天才に思いを馳せつつ、週末あたりは「酒狂人」にでもなりましょうかねぇ。