アメリカ生まれ、アメリカ育ちの小1の息子、毎週土曜日日本語補習校に通っています。
ここで5時間日本語だけの環境で過ごし、国語、算数、その他活動などをしてきます。
4歳から現地の公立校で義務教育のシステムに入った息子。
父との共通言語は英語メインの息子。
子供番組はNetflixとAmazon Prime Video両使いの息子。(&それを黙認する両親)
長いものにまかれやすいタイプの息子。。。
この子はトリリンガルになって、世界を股にかけて飛んでいくような子になるのかな、いや間違いなくきっとそうなっちゃうな、という母のギラギラした予想、願望、期待とは裏腹に、どんどん彼の脳内で日本語のパーセンテージは狭まっていき、今は無理やり話させないと私とは日本語話しません。
はぁ。。
当然、膨大な量の日本語の宿題を本人がやるのも、私がやらせるのも大変で、夏・冬休みの絵日記は、8割がた長男が泣きながら読めないような字を書いて、そこまで喧嘩して苦労したのに3行、、、みたいなのが続いておりまして。
7歳ボーイ、当然刹那的に生きてますから(名画のタイトル『今を生きる』の間違った例)、絵日記は出来事があったその日の夜に書かないともう翌日、翌々日では引き戻して思い出日記を書かせることはできません。だからタイミングを逃した昨日なんか、
『きょうぼくは、さんすうのしゅくだいをしました。さんすうはむずかしくないです。』
と、たった今片づけた宿題のことを、同じく宿題である絵日記に綴るという、刹那の記録となってしまいました。
そのうち、
『ぼくはいま、えにっきをかかされています。』
と書き出すのも時間の問題でしょう。
絵日記で(また)泣かせてしまったことをさすがに反省した私、このまま宿題が続き、内容も難しくなったら、無理なんじゃないだろうか。いっそ日本語はもっと緩く続けて、今は補習校の宿題に時間をとられるからなかなか増やせない、スポーツの習い事をやったほうがいいのではないか。逃げるは恥だが役に立つ、のではないか、とか思いたちまして(←ドラマのタイトル自分が考えたみたいに引用すな)、第何次かもう分からない、親子会議を設けることにしました。
私 「どうする?補習校で2年生もがんばる?平日2時間だけ、国語だけ、の〇〇学園(日本語教室)もあるよ。」
長男 「・・・・2年生ってT君みたいに?」 ※T君は1コ上のお友達
私 「そう、続ければ4月からは2年生だよ。T君は3年生。」
長男 「・・・・・・・・・・・・・・レゴ君(仮名: はい、、まだ自分のこと名前に君付けでよんでます。。)2年生になりたい。」
私 「(意外!)そうなの、じゃあ漢字ももっと大変になるけど頑張るんだね。」
長男 「うん。だってさんすうがあるから。」(→日本語教室にはない)
私 「えっ?(衝撃)レゴ君は、さんすうのために日本語の学校通ってるの。」
長男 「だって、こくごはむずかしい。」
・・・・
T君と算数の存在に、こんなに感謝したことはありません。ありがとう。こんな使い方してすみません。涙
こんなん書いたら、ほっほー、理系男子将来たのしみぃ、なんて皆さん思うでしょうが(え?思わない?)、いやいや、私にわかったのは、7歳男子、苦手を克服したいなんていう高貴な動機はさらっさらなく、好きなこと(おそらく消去法で・・)だけをやっていたいんだなということでした。
まさかの親子会議で、こちらが勉強させられたという、我が家らしい斜め上を行く結果に終わったのでした。。。