美花です。

最終話の公開が遅くなってしまってすみません…
10月になった途端思った以上に仕事が忙しくなってしまい、身動きが取れませんでした…(;´▽`A``

【蓮キョde都市伝説2】
の結編・最終話です。

読書傾向がひっそり猟奇的な私、都市伝説も大好きです。

キョコたんが新人OLさん、敦賀さんが…な、お話です。

蓮キョだからこそのお話つくりをしておりますが、ええええと思われる蓮キョスキーさんが多いと思いますので、立ち入りには十分お気をつけ下さいませね!

ちなみに今回は、怖さ<蓮キョな感じでお送り致します。(前回比?)

元ネタをご存知の方も、ご存知でない方も、この手のお話がお好きな方にお楽しみいただけたらなと思います。

ではでは【蓮キョde都市伝説2】の起編承編転編 を読まれた方は、どうぞ!



***



…閉ざされていたドアが開き、室内からは大勢の人が続々と外の廊下へと出て来た。

「最上さん」

名前を呼ばれて顔を上げれば、そんな人々の中に蓮がいる。

「敦賀さん…」

彼の顔を見つけたキョーコが安堵した思いでソファーから立ち上がると、

「最上さん。ごめんね、随分と待たせてしまって」

こちらへと真っ直ぐに歩み寄って来た蓮は手振りでキョーコを元のソファーに座らせ、

「あんなことの後で、1人でいるのは不安だっただろう?」

心配げな表情で、彼を見上げるキョーコの顔を覗き込んでくる。

あのニュースの後。

事件を知り不安を抱えたマンションの住民達の間から事情の説明を求める声が上がり、それを受けた管理会社が、マンション内の集会室に有志の住民を集めて説明会を行なったのだ。

警察から事件について、そして、同時にやって来た警備会社の担当者から警備面に対する説明があり、それが今丁度終わったところだ。

蓮が向けてくる眼差しに、キョーコはそっと首を横に振る。

「大丈夫です、ついさっきまで警察の方といましたし…それより、そちらのお話はどうでしたか?」
「うん、まあ…皆、それなりに納得はした様子、かな」

そう言って肩を竦めた彼は、隣のソファーに腰を下ろしてやれやれと溜息を零す。

集会室から出て来た住人達は、集まる前とは違い、落ち着いた表情でそれぞれの部屋へと戻って行っている。
正しい情報を聞き、警備面での説明を受けることが出来て、蓮の言う通り『それなり』に安心することが出来たのだろう。

事件直後のマンション内は、事件を知った人々がそこここで集まり、騒然とした様子だったのだ。

「…自分の住むマンションでこんな事件があったら、皆さん当然、不安に思いますよね…」

集会室前に並ぶ休憩用のソファーに身を沈めたキョーコは、人々の背中を見送りながら、思わずしみじみと呟いてしまう。

蓮が集会室での説明会に顔を出している間、キョーコはこれまでの出来事を警察に話し、同じく事情の説明も受けていたのだ。

…キョーコの元にやって来たあの男は、地域の交番に勤める本物の警察官だったそうだ。

教えて貰った話によると、殺された女性は、結婚前から男と浮気をしていたらしい。
このマンションを選んで引っ越してきたのもその関係があったからのようだ。

夫の留守中に部屋に上がりこんでいた男は、女性と別れ話で揉め、衝動的に犯行に至ったと言う。

キョーコともう1人、小さな犬を連れたあの女性とロビーで鉢合わせたのは、事件を起こしたその直後だったのだ。

顔を見られたと思った男はあの後ロビーへと舞い戻り…
2人が降りた階を確認した後、今度は通報を受けた警察官としてマンションへとやって来た。

そう。

男はあの時、口封じの為にここへ来ていたのだ。

重傷の怪我を負いつつ男の犯行を証言したのは、ロビーで顔を合わせたあの女性だった。
彼女はキョーコとは違い、フードが外れた男の顔を、すれ違い際にしっかりと見てしまっていたのだ。

警察だと言って部屋にやって来た男の正体に、彼女はすぐに気付いて…

腕に抱いていたあの小さな犬が激しく鳴いたことで、近隣の住民が刺された彼女の様子に気付いたそうだ。
命に別状がなかったことは、この事件の中では不幸中の幸いで、本当によかったことだと思う。

そうして男は女性の部屋から立ち去り、続いで、キョーコのいる蓮の部屋へと現われた。

服についた染み…

あれは、男の手に付いた彼女の血だったのだ。

今のキョーコは蓮から借りたシャツを羽織っている。
染みのついたカットソーは、男の犯行を裏付ける『証拠』として、警察に提出してあった。

もしも、キョーコが男の顔を見ていたら。

男が部屋にやって来た時、少しでも反応を見せていたら。

その時自分は一体どうなっていたのだろうか…?

そう思うと身体に震えが走って、キョーコは蓮のシャツごと、自分の身体を抱き締める。

…すると…

「…やっぱり…殺人事件があったマンションなんて、最上さんも怖いと思ってしまうよね…」

こちらを見守る蓮に沈んだ声でそう言われてしまって、思考の海の中にいたキョーコは瞳を瞬かせ、そのままふるふると顔を横に振る。

「いえ、そんな…そんなふうには思いません。今回みたいな事件は、警備の上でだって限界がありますし…」

まさか警察官が犯人だなんて、誰も思いも寄らないだろう。

どんなに警備を厳重にしたところで、犯人はそこをすり抜けてしまうのだから。

蓮のマンションの一室で人が亡くなったということは、怖いことと言うより痛ましいことに思えていた。
それより何より、キョーコにとって一番恐ろしいのは、どうやら自分に備わっているらしい、事件を引き寄せる『何か』だった。

ついこの間殺人犯を車に乗せたかと思えば、今度は命を狙われかけるだなんて。

運よく今回もすり抜けることが出来たけれど、それだって、男が考えを変えていたらどうなっていたか分からない。
念の為などと思われていたら、今頃キョーコはこうしてここにいることは、なかったのかも知れないのだ。

自分の想像に顔色を悪くしたキョーコは、大きく眉尻を下げてしまう。

(こう言うのって、立て続くものなのかしら…?私、物凄く間が悪い?いいえ、そんなことでは説明できないレベルだと思うわ…)

やっぱり呪われている。

全ての発端ではないにしろ、やはり何かしらの原因が自分にあるような気がして、ますます心が重くなって来る。

「むしろ、敦賀さんの方が私のことを気味悪く思うんじゃないでしょうか…こんなに立て続けに周囲で事件が起こるだなんて、普通じゃないですよね…」

頭を抱えたキョーコは、堪らず隣りの蓮を見上げて思ったままのことを口にしてしまう。

既に2回も、蓮を自分のこの凶運に巻き込んでいるのだ。
こんなに度々事件に遭遇する女の子は、そうそういないだろう。

周囲の立場になってみたら、出来るだけお近付きにはなりたくないだろうと思う。

…それなのに…

「それを言ったら俺もだろう?実家の店には殺人犯が来るし、自宅マンションでは殺人事件が起こるし…そう考えると、俺の方がずっとずっと、気味が悪いよね。生活環境で毎回事件が起こっているわけだし」

逆に蓮に困ったようにそう言われ、驚いたキョーコは目を丸くする。

「気味が悪いだなんて、まさか!そんなふうに思わないで下さい」

そもそも、殺人犯を蓮の実家のお店に連れて行ったのもキョーコ自身なのだ。
キョーコの引きの強さのほうが、有り得ないことだと思う。

なのに蓮は、

「本当に…?君が怖がるようなら、引越しも考えていたんだ。それが原因で、もう家に来てくれなくなってしまったら嫌だしね」

こちらの顔を覗き込むようにしてそう言うのに、キョーコはますます目を丸くしてしまう。

「引越しだなんてそんな…必要ないですよ、今回は犯人が特殊だったから起こったことで…こちらより安全な住居は、そうそうないと思います」

こんな凄いお家から家具を運び出すことを考えただけでも、引越し代の額に目が回りそうになる。
高層階な分、余計割高になるのかしらと思うと、そんなことを簡単に言う蓮に思わず呆れてしまう。

…大体『私が怖がるようなら』って…それって、一体どういうこと?

(わ、私、敦賀さんにそう思わせてしまうほど、様子がおかしかったのかしら…!?こんなことでは、敦賀さんにまたご心配をおかけしてしまうわ…!)

混乱する頭でぐるぐるとそんなことを思って、キョーコはそこで、あれ?と思う。

『もう家に来てくれなくなってしまったら』?

「あの、敦賀さん…?」
「うん?」

そろりと蓮を見上げると、どうかしたかと言うようにキョーコは蓮に見つめ返されてしまう。

そんな蓮に、

「それって…私、またこちらにお伺いしても、よろしいんでしょうか…?」

キョーコは疑問に思ったことを問い掛けた。

事件が起こる前に考えていた悩みごとを、不意に思い出したのだ。

蓮には、ちゃんとした彼女がいるのかも知れない。
社交辞令を真に受けて、厚かましい真似をしてはいけないと、ついさっき、意を決したばかりだ。

キョーコは今度こそ、社交辞令と本音の境目を、見逃さないように気をつけなくてはいけないのに。

「え、よろしいんでしょうか、って…そんな、俺の方がお願いしたいことなのに」

不思議そうな顔をした蓮は、そのまま小首を傾げる。

そして、

「このマンション、今後は警備員に常駐して貰うことになったんだ。住人以外へのマンション内の立ち入りに関しても、これまで以上に厳しくチェックをするようになったから」

そう言って、ちょっとだけ眩しいものを見るような眼差しでキョーコを見つめると、

「だから…これからも、安心してうちに遊びに来てね。最上さん」

膝の上に置いたキョーコの手の上に、ぽんと大きな掌を重ねて見せた。

…指先をやんわり包み込まれて、黒い瞳に真っ直ぐに見つめられて…

そんな蓮を間近にしたキョーコは、思わず、ぽわんと頬を赤らめてしまう。

物凄く親密な空気を蓮との間に感じて、これってもしかしてと勘違いしかけて…
キョーコは慌てて、そんな自分の思い違いを否定する。

危ない、蓮の悪気のない距離感に巻き込まれてしまうところだった。

今まで気付かなかったけれど、彼が取る女性との距離はキョーコの持つ認識よりも随分と短いらしい。
今夜の蓮は、何だか、思わせぶりなことばかりをするような気がする。

(敦賀さんたら…ホント、相手を選ばないと、色々誤解をされると思うわ…)

今の私みたいにね、と内心で付け足して、赤い頬を押さえたキョーコはおずおずと蓮を掬い見る。

「あの…本当にいいんですか?」
「勿論だよ。どうしたの、どうしてそんなに気にするの?」
「だ、だって…彼女さんに、失礼ではないですか?」

私だったら、自分以外の女性が恋人の部屋に出入りするなんて、とても嫌なことだと思うわ。

そう思ったキョーコは、だから、じりりとした想いが胸に浮かぶのを感じながら、それを出来るだけ見ない振りをしつつ、蓮へと問いかけたのだけど…

「えっ、彼女…!?」

なのに隣の蓮は、まるで予想外なことを言われたかのように切れ長の瞳を大きく瞬かせて見せた。

「彼女って…え、君以外でってこと?」
「え?も、勿論です!私、だから、ご迷惑なんじゃないかと!」

『君以外』って…どういう意味だろう?

自分を蓮の彼女だと勝手に思い込めるほど、キョーコはそこまで厚かましくはない。

すると、

「…そんな相手なんていないよ。待って最上さん、そんなこと、ずっと考えていたの…?」

何故かがっくりと肩を落とした蓮が、額を押さえてキョーコを困った顔で見つめてくる。

「え、だ、だって」
「あの何もないキッチンを見れば分かるよね?ああ、ごめん。何か食材を買い出しておこうと思っていたんだけど、何を買っておいたらいいかも分からなくて…いや、今はそう言う話をしている場合じゃないか…」

焦ったように言葉を重ねる彼を改めて見つめて、そんな彼を不思議に思いつつ、そう言われれば確かに…とキョーコは思う。

蓮に彼女がいるのならば、まず先に調味料さえないキッチンを何とかするはずだ。
考えてみれば、お邪魔した部屋には見た範囲では、女性の痕跡はひとつもなかったような気がする。

記憶の中の蓮の部屋をもう一度反芻してみて…

「…そう、なんですか…?」

思わずそう呟いて蓮をまじまじと見つめると、彼は更に困ったように眉を顰め、小さく肩を竦めて見せる。

「よく考えて。俺と君は、このところ週に3日以上は会っているだろう?更に他の女性とだなんて…無理な話だよ。時間以外の問題でもね」
「え!そ、そんなに私、頻繁にお会いしてました!?」
「うん、お会いしていましたよ」

自分の言葉を蓮に繰り返されて、キョーコはその事実に顔を真っ赤にさせてしまう。

(何それ…それって、物凄く占有率が高すぎない!?やだ、私、遠慮も知らないで…!)

出合った経緯を考えると、本気で図々しいことだと思う。

そのことにあわあわとした内心を抱えたキョーコは、蓮の言葉のうちに含まれた意味が、上手く読み取れない。

…でも、だけど…

(つまりは、他の誰かに遠慮をしなくていいということ…?)

そう思うと、一気に心が軽くなる。

想像の中での『他の誰か』の存在は、思うよりもずっと、キョーコの心に重く圧し掛かっていたらしい。

「…そしたら、私…また今夜みたいに、お食事を作りに来てもいいですか…?」

蓮を見つめたキョーコは、確認するようにそう彼に問い掛ける。

どうせ既に図々しい真似をしてしまっているのならば、もう、今更だ。
それならば、あのキッチンの状態を何とかさせて貰いたいと思う。

それに…

少しでも長く蓮の傍にいられるのなら、それはキョーコにとって、とても喜ばしいことだ。

…そうやってドキドキしながら返答を待っていると…

見上げた先にある蓮の美貌に、見ているほうが嬉しくなるような笑顔がぱあっと浮かび上がった。

「いいの?ありがとう、最上さん。よかった、誤解が解けて」

そしてそのままきゅっと指先を握り込まれて、

「もし、また何かあったとしても…俺が傍で守るから。だから安心してね、最上さん」

満面の笑顔でそんなことをさらりと囁かれて、キョーコはますます頬を真っ赤にしてしまう。

(つ、敦賀さんたらまた!これは、いつかちゃんと注意をしないといけないことだわ…!)

自分が万が一本気にしたらどうするつもりかと、キョーコは隣でにこにこしている蓮を恨みがましい思いで見てしまう。

人の気も知らないでと唇を尖らせてしまうけど…これはどうやら、彼の無意識からの行動らしい。
彼の傍にいるには、こういう物言いに慣れなくてはいけないようだ。

小さく肩を竦めてしまうけれど…

自分のこれまでの取り越し苦労を思って、キョーコは堪らず苦笑を零す。

(敦賀さんに彼女がいないなんて凄く不思議なことだけど…敦賀さんが、そんなことで私に嘘を吐く理由がないわよね。いないと言うなら、それがきっと本当のことなんだわ…)

1人で勝手に色々考え過ぎだったのかも知れないと、自分に対してそう思う。

このマンションのことについてもそうだ。
勝手に値段を想像して、勝手に立場の違いに気後れを感じていた。

もしかしたら聞いてみたら何だそんなことかと思うような理由が、ここにもまた、あるのかも知れない。

(実は物凄いお金持ちがお友達にいて、そのお部屋を一時的にお借りしているのかも?そのうち機会を見て、敦賀さんにお聞きしてみたらいいんだわ)

そう思えば更に心が軽くなる。

1人で考えすぎても、いいことは何もない。

そんなキョーコの隣で蓮は、

「遅くなってしまったけど、そろそろ夕食にしようか。どんな料理かな、楽しみだ」

そう言って立ち上がると、黒い瞳を細めて柔らかな表情でこちらを見つめてくる。

「あ、そうですね!ええと、敦賀さんのお口に合うといいんですけど…」

そうだ、今日の訪問の理由はこれが本題だ。

手料理なんて、食べて貰う機会はこれまでだるまやのご夫妻くらいだったキョーコは、途端に緊張してきてしまう。
味が好みじゃなかったらどうしようと思うと、そわそわしてきた。

そうしてキョーコは蓮に促されるままに、ソファーから立ち上がったのだけど…

「ああ、オーナー、まだいらしたんですね」

丁度集会室から姿を現したスーツ姿の年配の男性が、不意にこちらを見てそう言った。

「今夜は災難でした。警備の強化に努めますので、今後とも宜しくお願いします」

そして丁寧に頭を下げてきたのに、誰に向けられた言葉だろうかと、キョーコは周囲を見渡してしまう。

警備の話を口にしたのだから、この男の人は警備面を説明しに来てくれた警備会社の人だ。
この場合『オーナー』と言われるのならば、このマンションの持ち主、ということだろうか。

集会室のあるフロアは大勢集まっていた住民も既に去っていて、今はすっかり閑散としてしまっている。
こんな凄いマンションのオーナーが近くにいるのなら、一度でいいからお会いしてみたいわと思うけれど、この場には残念ながら、もう自分達以外に人なんていない。

だから何かの勘違いだろうと、キョーコは男性に声を掛けようとしたのだけど…

「こちらこそお世話になります。後ほど、管理会社を通して正式な契約書をお送りしますので」

…隣の蓮がそう言ってお辞儀を返すのを見て、目を丸くしてしまう。

「…オーナー…?」

蓮と2,3言葉を交わし、再度頭を下げて去って行く男性の背中を見送ってから、キョーコが軋むような動きで強張った顔を蓮に向けると、

「え?ああ、話したことなかったっけ?学生の頃に少し株で当てたんだよ。溜まった金額を遊ばせておくのもなんだから、家賃収入のある物件を持つように提言されてね」

瞳を細めて微笑んだ彼は、何でもないことのように、そうさらりと言ってのけてくれた。

株?

溜まったお金?

そんな、まるでお小遣いみたいな扱いをする金額で、マンションて買えるものなの…?

ぽかんとなったキョーコは、蓮をまじまじと見つめてしまう。

「えーと…確認ですけど…このマンション全体のオーナー、と言うことですよね…?」
「ん?うん、このマンション全部だね」
「…ちなみに、もしやこのマンション以外にも何か…?」
「うーん、駐車場と貸し出しているビルが何個か、かな」

1,2,3と指先で数える蓮を見て、血の引く思いを味わったキョーコはふらふらと座り込みそうになる。

…最上階ワンフロアの家賃どころの話ではなかったのだ。それは最早、キョーコの想像のレベルを飛び越えていた。

毎日お金に関わる仕事をしているけれど、扱う額がまるで違う。

そう言えば、蓮がキョーコの職場で口座を開いてくれた時、上層部がなにやら大騒ぎになっていたような…それって、こう言うことだったの…?

範疇外の出来事に、キョーコは目を白黒させてしまうのだけど。

「まあまあ。そんなことより夕食にしよう?君の手料理の方が、ずっと大事なことだよ」

にっこりと笑った蓮は、何事もなかったように背中に手を添えてきて。



(…敦賀さんて、やっぱり何者…?)



結局残った謎に困惑したまま…



楽しげな蓮に促されるままに、キョーコは彼の部屋へと戻って行ったのだった。



*END*


『敦賀家の謎』ですね。

ガソリンスタンド経営のクーパパも規格外なお金持ちの予定です^^

今回のお話が遅いUPになってしまったお詫びに、続いて敦賀さん主役の都市伝説おまけ話をUP致しますね~

美花です!

気付けば9月も半ば過ぎ、朝夕はすっかり秋めいてまいりましたね!
そんな秋の入り口で、私、タイトル通りうっかりしていたことがありました。

…それは何かと言えば…

本日9月21日は、私の二次サイト開始2周年目の日だったのですー

…先週の3連休の前日にそのことを思い出して、『あ、何か記念になる話し書かなきゃな』と思っていたんですが…つるっと忘れて今日に至りました。カレンダーを見ていて『あれっ』と思えたことは本気で奇跡だと思います…←物忘れが酷過ぎる。

思い返せば2年前…

蓮キョにがっつり嵌って、はっと気付けばこれまで一度も書いたこともなかった二次的文章を書き出していた私ですが、元々それは自己満足なものでしかなかったんですね。

ネットに公開するつもりなんて全く頭になかったんですが、それがなぜ、一転して公開の運びになったかと言えば…

過去にもここで書いたことがあるんですが、『身代り姫の結婚』を最後まで書き上げて、自己満足の極致ににやにやしていた時期(怖い)

私、話の入ったUSBをうっかりから破壊してしまったんです。
めきょっと、それはもう見事に半分に折れました。USB。

当然全てふっとぶUSBの中身。

一ヶ月かけて書き上げた話が0に。

声にならない悲鳴を上げて真っ青になる私。

(そもそも、自己満足のためだけに一ヶ月を費やす自分も、今から考えると凄く怖いんですがw)

『すぐ壊れる機械(←USBのこと。すぐには壊れません)なんて信用ならない!とにかく何かに残しておかなくちゃ…!!』

と涙目で考えて…

それから一ヵ月後に、ネット上に書いた話をUPするようになりました。

…こんな形じゃなく、スタートしたかったですけどねえ…

まあ、未だにうっかりの多い、いかにも私らしい二次スタートだと思います。
一度最後まで仕上げたのに…と言う呪縛から逃れて、そろそろ『身代り姫』も書き進めていかなきゃなあと思います。(遅い)

あれから2年かー…

月日というのはあっという間ですね。(暫くサボっていた時期があるので、活動期間?はもっと短いのですが^^;)

SWEET!のブログタイトルは、原作ではいっこうに纏まる気配のない両片想いの蓮キョのあまーい話を書いて自己満足しようと思ってつけたものでしたが、最近甘い話どころか猟奇的な話しか書いてないよ…?と自分自身で疑問を深めています。ブログタイトル変更の危機でしょうか、どきどき。

甘い話も勿論大好きなので、そのうちそちらの方面も書きたいです^^

本当はフリー作品を上げようと目論んでいたんですが、何せ思い出したのが今日なのでorz、上記の甘い話が出来たらフリー公開にしたいなあと思っております。

私の拙いお話に長くお付き合い頂いている方も、最近見るようになったよという方も、皆様、当ブログにご訪問下さいましてありがとうございます!

今後も蓮キョの幸せな姿を想像して、にやにやしながらお話を書いて行きたいなあと願っております。

お付き合いの程、どうぞよろしくお願い致します(*^▽^*)


2013・9・21美花 拝


美花です。

【蓮キョde都市伝説2】の転編です。

読書傾向がひっそり猟奇的な私、都市伝説も大好きです。

キョコたんが新人OLさん、敦賀さんが…な、お話です。

蓮キョだからこそのお話つくりをしておりますが、ええええと思われる蓮キョスキーさんが多いと思いますので、立ち入りには十分お気をつけ下さいませね!

ちなみに今回は、怖さ<蓮キョな感じでお送り致します。(前回比?)

元ネタをご存知の方も、ご存知でない方も、この手のお話がお好きな方にお楽しみいただけたらなと思います。

ではでは【蓮キョde都市伝説2】の起編承編 を読まれた方は、どうぞ!




***



蓮はその後、ほどなくして自宅へと帰って来た。

「敦賀さん!」

リビングでじりじりとした思いで待ち兼ねていたキョーコが、飛ぶようにして玄関先へと出迎えに行くと、

「最上さん。下にいた警察の人にも事件のことを聞いて来たよ。犯人を見たって話だけど…大丈夫?」

キョーコを見てほっとした表情をした蓮は、心配気な顔でこちらを覗き込んでくる。
余程急いで帰って来てくれたのだろう、彼の額には汗の粒が浮かんでいた。

その様子を目の当たりにしたキョーコは、

「あの、ごめんなさい、ご心配をお掛けしてしまって…敦賀さんこそ大丈夫でしたか?犯人が、まだ捕まっていないそうで」

またご迷惑を掛けてしまったわと、申し訳ない思いを募らせながら、眉尻を下げて蓮を見上げ、待つ間ずっと心配だったことを問い掛けた。

いくら男の人とは言え、殺人犯がうろうろしている状況は危険なことに変わりはない。

窓の外では先ほどから、サイレンを鳴らしたパトカーが盛んに行き交っている。
物々しい状態だということが、最上階にいるキョーコにもひしひしと伝わって来ていた。

蓮の無事な姿を見るまで、いてもたってもいられないような、落ち着かない思いを抱えていたのだ。 

「いや、俺は大丈夫だよ。犯人は逃げている最中なんだ、こんな大男を襲っている場合じゃないはずだよ」

けれど彼は小さく笑って首を横に振り、

「それより、君の方こそ怖い思いをさせてしまったよね。まさかうちでこんなことが起こるなんて、思いも寄らなくて…ごめん、こんな日に呼んでしまって」

そうして表情を曇らされて、焦ったキョーコは急いで両手を振ってしまう。

「え、そんな、とんでもないです!それこそ、こんなことになるなんて分からなかったんですから」

お気になさらないで下さいと続けようとして…

不意に甘い香りが鼻先を擽って、その香りにつられるように目線を下げて、そこでキョーコはあら、と思う。

彼の手に、ピンクと白の大小の薔薇を纏めた小ぶりの花束があったのだ。

それは、綺麗にラッピングされ、淡いピンクのリボンがかけられた可愛らしいものだった。

男の人と花束と言う組み合わせが珍しくて、キョーコは一瞬今の状況も忘れ、つい蓮と花束を見比べてしまう。

すると、その目線に気付いた蓮は、

「ああ、君から電話を貰った時、丁度花屋にいたんだよ。君へのお土産にと思っていたんだけど…」

花束をキョーコへと手渡し、それでもそのまま、すぐに申し訳なさそうな顔をする。

「でもそれより、早く帰って来たほうがよかったね。本当にごめん、心細い思いをしただろう?」

そうして彼は、何気ない仕草でキョーコの頬へとその指先を添えてきて…

キョーコは一気に、自分の顔が赤くなることを意識してしまう。

蓮の整った美貌が、心配そうな色を湛えた黒い瞳が、間近に迫ってきたのだ。
睫毛の長さまでがはっきり見て取れるようなその近さに、心音がどきりと跳ね上がる。

慣れない状況に恥じらいと混乱が生まれて、ますます頬が熱を持ってしまいそうで。

「いっいえ、あの、だっ大丈夫です!ほら、あの、すぐに敦賀さんがお帰りになることは分かっていましたし!」

そんな自分を見られたくなくて、キョーコは叫ぶようにそう言うと、蓮から目線を逸らしてしまう。
頬に触れる指先からも逃れたくて、ぎこちなく顔を俯かせた。

これが蓮の、女性との距離なのだろうか?

(今、物凄く自然な流れだったわ…!つ、敦賀さんたら、いつもこんなことを他の人にもしているのかしら。これじゃ、その度に色々と誤解をされちゃうんじゃないかしら…!?)

あわあわとした思いでそんなことを考えたけれど、手元の花束からまた甘い香りがふわりと漂ってきて…

そんな香りと、自分を思い遣ってくれる蓮の優しさに、強張っていた心が徐々に解け始めていることにキョーコは気付く。

蓮が傍にいてくれていると言う安堵感も、キョーコから肩の力を抜かせていた。

…彼にはいつも、大丈夫だと思える心強さを分けて貰っている気がした。
敦賀さんが無事でよかったわと思うと、安心感が更に胸の中へと大きく広がって行く。

(考えたら私…男の人から花束を貰うなんて、初めだわ…)

そんなふうに思うと妙に照れ臭く、でも、くすぐったいような嬉しさが胸にあふれてきて。

「あの、ありがとうございます、敦賀さん…」

自分を見つめる蓮をおずおずと見上げ、キョーコは小さくお礼の言葉を口にする。

花束には小さなかすみ草も添えられていて、随分と可愛らしく仕上げられたものだった。
そんな見た目の可愛らしさにも、心がふんわりと癒される。

表情を綻ばせるキョーコに、蓮は少しだけ瞳を細め、

「これだけ警察がいるんだ、犯人もきっとすぐに捕まるよ。最上さんも、あまり心配しないで…」

キョーコをリビングへと促しながら、そう言い差して…

不意に彼は、言葉を途切れさせた。

「? 敦賀さん?」

その唐突さを不思議に思い、隣に立つ彼を仰ぎ見ると、

「…最上さん、怪我をしてるの?」

高い位置から見下す蓮は、眉を顰めて心配そうにキョーコを見つめてきていた。

彼とはちりと目線が合い、その眼差しを見返したまま、いきなりのそんな質問にキョーコはますます怪訝な思いを深めてしまう。

「え、怪我ですか…?いえ、私、怪我なんてしていないですよ?」

いたって健康だし、元々頑丈なのか、あまり怪我らしい怪我をしたことがない。

それなのに、

「でもほら、血がついてる」
「え?」

首を傾げるキョーコに、蓮は玄関の壁にある姿見を指先で示して見せる。

大きなその姿見の中には、半袖の白いカットソーに膝丈のスカートを履き、手には貰ったばかりの花束を持ったエプロン姿のキョーコが蓮と並んで映っていた。

「肩のところ。見える?」

そして肩口を指差され、その鏡をよくよく見れば…

カットソーの左の肩口、背中に近い位置に、小さな赤い染みが出来ていたのだ。

やや暗い色の染みは、確かに血の色のように見える。

「え、やだ、どうして?」

小さいけれど、白い服の中で目立つ赤い染みに、鏡に近付いて確認をしたキョーコは慌ててしまう。

いつからこんな染みができていたのだろうか?

けれど、どれだけ記憶を浚っても、そんな跡がつくような出来事に思い当たるふしがなかった。

朝洗濯済みの服を着て出勤し、一日制服で過ごし、職場を出る前に着替えて来ただけなのだ。
着替えをした時にも、こんな染みは確かについていなかった。

試しにカットソーの下の肌を指先でなぞってみても、やはり異変は何ひとつない。

「いつの間に…怪我なんて本当にしていませんし、血がつくようなことも」

していませんと続けようとして…そこでキョーコはあっと思う。

(そうだ、肩を叩かれた。それも確か、左の肩だったわ…)

「最上さん?」

問い掛けるような蓮の目線を受けて、キョーコは思い出したことを口にする。

「ええと、警察の方がここに来たって電話でお話しましたよね?その時警察官の方が、話している最中に私の肩を叩いたんです。きっと、あの人が怪我をしていたんだわ…」

やだ、大丈夫かしらと心配に思っていると、途端に蓮が眉間にぐっと皺を寄せる。

「君に触れた?どうして。他の警官の前でいきなり?」
「え?ええと…?」

…蓮の纏う空気に不穏な色を感じて、驚いたキョーコは瞳を瞬かせてしまう。

確かにいきなりのことだったなとはキョーコも思ったけれど、それは警察の職務上、そんなにいけないことだったのだろうか…?

それとももしかして、勝手に対応したことがまずかった?

何故か怒りにも近い蓮の感情の変化を受け、しどろもどろになりながら、

「えっと、あの、いえ、その時は丁度、お1人で来られていたので…」

焦る思いで口を開くキョーコの前で、彼はますます深刻な表情になっていく。

「待って最上さん、警官が1人でここに来たの?誰も連れずに?」
「え、ええ…?」

すると、今度は怒りの気配が消え、次いで彼は何かを真剣に考えているようなふうになる。

(何か問題があるのかしら…?)

やけに『1人』に拘る蓮に、何が問題なのか分からないキョーコは戸惑ってしまうのだけど…

「…その警官、本物かな。普通、警察の聞き込みは2人一組が原則なんだよ。1人でここに来るのは、おかしな話だ」

難しい顔をした蓮に続けて言われた言葉に、キョーコは目を丸くしてしまう。

「え、じゃあまさか…あの警察官が偽者かも知れない…!?」

根本を覆すその台詞は、全てを信じ込んでいたからこそ予想外のものだった。

確かに、警察は2人一組なことは知っていた。
前の事件で出会った警察官も、思い返せば必ず2人で動いていた。

けれど、警察の制服姿で手帳を見せられ、知らなかった事件の話をされれば、相手の言う言葉を信じてしまうことは当然のことだと思う。

警察という存在への信頼の前には、やって来たのが一人だということは些細な事に思えていたのだ。

(大きな事件で人手が足りないのかなくらいにしか、思っていなかったわ…)

あの制服も手帳も、本物に似せて作られた偽物だったのだろうか?

けれど、混乱する中で、でも、と思う。

「私、警察手帳を見たんです。前の事件で何度も見ましたから、見間違うはずがありません。顔写真もちゃんと、来た警察官のものでした」

制服も本物のようにキョーコには見えた。

そう言うものの観察眼については、かなりの自信があるのだ。
生地の素材も、動いた時の皺の現れ方も、記憶の中の本物と寸分変わりがなかった。

「大体私なんかを、そこまで手の込んだ変装をしてまで騙そうなんて、変な話です…あの警察官の人が話して行った殺人事件も、本当にあったんですよね」
「うん、下は警察でいっぱいで今その件で大騒ぎだよ。男が話して行った事件の内容も、本当のことだ」
「ですよね…?」

さすがに怖くて部屋から出られず直には確認出来なかったけれど、ニュースで事件の報道があったことはリビングのTVでキョーコも見ていた。

名前こそ出されなかったけれど、このマンションの外観が映されていたのだ。別のところの事件でもない。

「…なにがなんだか、分かりません…」

キョーコは蓮を見上げたまま、困惑の表情を浮かべてしまう。

ここに来たあの男の人は、一体何者だったのだろう。
何の意図があってここにやって来たのか。

まるで、意味が分からない。

「分からないけれど…何だかこの話はおかしいな。このことを、下にいる警察に話したほうがいいかも知れない」

そう言って蓮がキョーコの背中に手を添え、もう一度玄関に向かおうとした時…

不意に階下から、男の人の怒鳴るような声が聞こえて来た。
最上階のこの部屋にまで聞こえてくるのだ、それは相当な大きさの声だろう。

キョーコは蓮と顔を見合わせ、急いでリビングへと足を向ける。
リビングのテラスに続く窓は、締め切ったままだった部屋の空気を入れ替えようと、部屋に来た時から開けたままにしていたのだ。

声はそこから漏れ聞こえているようだった。

リビングに飛び込めば、声はますます大きく聞こえてくる。その声は今や、複数の人の怒号のようになっていた。

「な、何があったんでしょう、犯人が見つかったとか?」

テラスから2人で下を見下ろすと、マンションのエントランスは騒然としている。

赤い回転灯を回したパトカーが入り口を塞ぐように何台も停まり、制服を着た警察官や私服の刑事が入り乱れていた。
暗闇を赤いライトが切り裂き、同じく何事かとテラスから顔を出している階下の住人の顔を、赤く照らし出していた。

「最上さん、ニュースを確認してみよう、もしかすると何か報道されているかも」
「は、はい!」

蓮の言葉に先にリビングに戻ったキョーコは、大きなリビングテーブルの上に置いてあるリモコンでTVのスイッチを入れる。

そのままニュースを求めて、次々とチャンネルを渡り歩いて…

「え…っ」

キョーコはあるチャンネルで、思わず声を上げてしまう。

番組が丁度ニュースに切り替わり、探していた事件の続報を報じ始めたのだ。
テーブルの中央に座ったアナウンサーは、淡々とした口調で事件の内容を読み上げていく。

ある高層マンションで女性が殺害されたこと。

そして…

同じマンションでもう1人重症の怪我を負った女性が見つかり、彼女の証言により、犯人が捕まったとのこと。

『警察の不祥事です』

と、アナウンサーはその時だけ深刻な顔を作って言って、ニュースは冒頭から小さく映していた犯人の顔写真を拡大させて映し出す。

その写真をまじまじと確認した途端、キョーコは青い顔のまま、手にしていたリモコンをラグの上へと落としてしまった。

「最上さん…!?」
「つ、つ、敦賀さん、あの人…」

ふらりと背後によろけたのを支えてくれた蓮を振り返って、あわあわと口を開け閉めする。

でも、驚きと動揺で、上手く言葉が出てこない。

(どうしてこんなに次々と、身の回りで恐ろしいことが起こるのかしら…私、もしかして呪われてる…?)

血の気が引いてクラクラする頭で、キョーコはそう考えてしまう。
呪われているのは、あながち、間違えではないかもしれなかった。


ニュースの画像に顔が映し出されている、帽子を被り制服を着た細面の男性。



…報道された殺人犯は…



キョーコの元に1人でやって来た、あの警察官だったのだ。



<最終話、結編に続きます>


美花です。

【蓮キョde都市伝説2】の承編です。

(出来上がったものを色々手直ししているうちに長くなり、予告の上下から起承転結の4部構成に変更でございます…申し訳ありません…ってまたかー;見込みが甘くて本当にすみません)

読書傾向がひっそり猟奇的な私、都市伝説も大好きです。

キョコたんが新人OLさん、敦賀さんが…な、お話です。

蓮キョだからこそのお話つくりをしておりますが、ええええと思われる蓮キョスキーさんが多いと思いますので、立ち入りには十分お気をつけ下さいませね!

ちなみに今回は、怖さ<蓮キョな感じでお送り致します。(前回比?)

元ネタをご存知の方も、ご存知でない方も、この手のお話がお好きな方にお楽しみいただけたらなと思います。

ではでは【蓮キョde都市伝説2】の起編 を読まれた方は、どうぞ!




***




「敦賀さんたら…やっぱり、おうちで全くご飯を食べていないわね…!」

冷蔵庫の中に出来上がったサラダを入れておこうと扉を開けて、エプロン姿のキョーコは思わずきゅっと眉根を寄せる。

広いキッチンに見合った大きな冷蔵庫の中には、ペットボトルの水と酒類しか入っていなかったのだ。

こうして部屋の様子を見ていると、これまで以上に蓮の人隣が見えてくる。
キョーコをあれほど頻繁に食事に誘ってくれるくせに、自宅にいる時の彼は、どうやら食に興味がないらしい。

使い勝手のいいキッチンには、食材はおろか、調味料ひとつ置いていなかったのだ。
もしもと思い、調味料も含めて用意してきてよかったと思う。

殺風景なキッチン周りは、綺麗にしてあるけれど使われている気配が殆どない。

(考えてみれば普段のお食事の時も、あんな大きな身体の割りに食が細いと思っていたのよ)

食は人の基本と思っているキョーコは、部屋の豪華さに怯む気持ちも忘れ、蓮の食生活について思いを馳せてしまう。

(キッチンがこの状況と言うことは、毎日外食と言うことよね。ああもう、身体に悪い!こんなことなら、もっともっと栄養のあるものを作ればよかったわ…)

キッチンには煮込み料理のいい香りが漂い始めていた。

夕食にはお酒を飲むという蓮のリクエストに合わせて、今夜は赤ワインを利かせた牛肉のデミグラスソース煮込みを作っていたのだ。
付け合せはマッシュポテトでサラダは生ハムサラダ、パンは、美味しいと評判のパン屋さんで買ってきたものだ。

でも次の機会があるなら、もっとちゃんと、バランスを考えた食事にしなくてはいけない。
冷蔵庫の中がこんな状況では、蓮の栄養面が心配だ。

…そんなふうに考えて…

キョーコはちょっとだけ、バツの悪い気持ちになる。

(勝手に『次の機会』なんて思っているけど…考えたら私、かなり図々しいんじゃないかしら。敦賀さんに言われたからって、こんな家にまで来るような真似をして、本当によかったのかしら…)

お礼と言う言葉で逆に蓮に迷惑を掛けてしまっているのではないかと、思わず考えてしまう。

蓮が優しいのは、キョーコに怖い思いをさせたと言う気持ちがあるからだ。

多分、そこにあるのは心配と同情で…

キョーコが蓮にほのかに抱く感情とは、全く種類が違うのだと思う。

会う度に優しい笑顔を見せてくれる彼に、気付けばどんどん惹かれ始めている自分がいることにキョーコは気付いていた。

勿論それが、身の程知らずな想いだということは十分に分かっている。
まだまだ子供の域を出ない自分が彼の隣にいられるのは、あの事件があったからこそ、なのだから。

何より…

蓮には、ちゃんとした彼女がいるのかも知れない。
考えてみたら、あの美貌を世の女性がうかうかと放って置くわけがない。

そうなら、そんな蓮と彼女にとって、キョーコは遠慮を知らないままに彼の優しさに甘えてくる、物凄く邪魔な存在だろう。

それなのに…我が物顔でキッチンにいるなんて、図々しいのではないだろうか。

言葉を全て額面通りに受け取ってしまうキョーコは、人があえては口に出さないけれど暗黙の了解として匂わす事情を、上手く察することが出来ない。

本当は蓮に歓迎されていなかったら、どうしよう。

社交辞令を真に受けて、厚かましい真似をしていると思われてしまっていたら。

(…やっぱり私、凄く子供過ぎるんだわ…)

今日のことに何かしら期待を込め、浮かれていたところのある自分が酷く恥ずかしくなってくる。

ソースの香りが柔らかく立ち込める中、キョーコが1人、自分の想像に自分でどんどんと落ち込んでいってしまっていると…

不意に、ピンポーンと言うチャイムの音が聞こえて、飛び上がったキョーコは顔を上げる。

仕事を終えた蓮が帰って来たのかも知れない。

涙ぐみ始めている自分に呆れ、目元を拭ったキョーコは玄関に急ぐ。

こんな情けない顔は、彼には見せられない。

やっぱりこれを最後に、二度とこんな真似はしないようにしよう。
相手の迷惑も考えてスマートに行動出来るような、大人の女性にならないといけないわ。

そう思いながら笑顔を作り、玄関にあるインターフォンを覗き込んで…

キョーコは大きく瞳を瞬かせてしまう。

インターフォンの画面の中に、制服を着た警察官の姿が映り込んでいたのだ。

『警察ですが、少しお話を伺ってもよろしいでしょうか』

若い男性の声が聞こえて来て、驚いたキョーコは急いでチェーンを外して玄関ドアを開ける。

そこにはインターフォンの画像と同じく、1人の警察官が立っていた。

「ど、どうしたんでしょうか。何かありましたか?」

警察官が部屋にやってくるなんて、そうそうあることではない。

あの事件の時は頻繁に刑事や警察官と顔を合わせていたけれど、あれは日常とはかけ離れた異常な事態でのことだ。普通に生活している上で彼らと関わることは、車の運転中くらいなものだろう。

何事かと相手を見上げると、警察手帳を提示した細面の警察官は小さく頷く。

「実は、下の階で殺人事件があったんです。若い女性が殺害されて、室内で発見されたんです」

そうして続いた言葉にキョーコは大きく目を瞠る。

階下にある部屋の一室で、結婚したばかりの女性が殺されたのだという。
帰宅した夫がそれを見つけ、警察に通報したのだそうだ。

そんな話に数ヶ月前の事件が頭を過ぎって、キョーコは酷い動揺を覚えてしまう。
あんな経験は、人生で一度きりのもののはずだ。

それなのに…

あれからまだ少ししか経っていないと言うのに、近隣でこんな事件が立て続くだなんて。

「…嘘…そんな…」

驚いて何も言えないまま唇を押さえるキョーコに、

「こういうオートロックのマンションにも、実は盲点があるんです。鍵を開けた時に一緒に入り込まれてしまえば、それまでですからね」

警察官は深刻気に眉を顰めて言ってから、

「最近こちらのマンションで、不審な人物を見かけなかったでしょうか。些細なことでもいいのですが」

そう問い掛けて来る。

これが聞き込みと言うものなのだろう。
けれど、このマンションに初めてお邪魔したキョーコには何も答えようがなくて、それに小さく首を振る。

「あの、私はこの家の者ではないので…」

詳しいことは分からない、そう答えそうになって…

キョーコはそこであることを思い出し、「あっ」と声を上げてしまう。

「やだ、まさか」
「何か、思い当たることが?」

思わず漏れた呟きに、警察官の男性が身を乗り出してくる。

そんな相手に、キョーコは大きく頷く。

ここにやって来てすぐ、入り口でぶつかった男のことを思い出したのだ。

真夏の季節だというのに、長袖のパーカーを着て帽子とフードを目深にかぶっていた。
何かに慌てたようにエレベーターを降りて来て、キョーコにぶつかりながらマンションを出て行って。

…言われてみれば、あれ以上に怪しいものはないはずだと思う。

犯人ではないとしても、万が一と言うことだってある。些細なことでも、警察には話しておいた方がいいだろう。

そう思ったキョーコは、

「あの、実はさっきのことなんですけど…」

ロビーでの出来事を、身振り手振りを入れながらこと細かく警察官に話をした。

その説明を聞き終えた警察官は、

「もしかすると、その男は犯人かもしれません。男の顔は見ましたか?」

更に尋ねてきたが、キョーコはそれには答えられず、ただ頭を横に振る。

「いえ、全然…帽子とパーカーに隠れていて、顔は見えませんでした。男の人だということしか、分かりません」

あの男が犯人なのだろうか?

そう思って改めて思い返すと、あれほど慌てていたことも、逃げるように自動ドアから出て行ったことも、全てが怪しい行動のように思えてしまう。
まだ可能性だけとは言え、すれ違ったあの男が人を殺した犯人かもと思うと、キョーコの背筋に震えが走る。

もし顔を見ていたのなら、犯人の逮捕に役立ったのだろうか。

そう思うとキョーコは、役に立たない自分に申し訳ない気持ちになってきてしまう。

「全く、顔は見ていませんか?身長や体格などはどうでしょうか」
「私より背が高か
ったということくらいしか…本当に、あっという間のことだったので」

あの時は相手の異風ばかりに目が行って、それ以外のことが見て取れなかったのだ。
変な人だわという印象しか、キョーコの中には残っていない。

大きなパーカーを着ていたから、体格自体も曖昧だった。
普段だったら、一目でだいたいの人のサイズは分かるものなのに。

目撃しておきながら何の手がかりにもならず、更には自分の特技すら使えず、キョーコはますます肩身の狭い思いを味わってしまう。

「…すみません、あの、お役に立てなくて…」

肩を落とすと、そんなキョーコに警察官は小さく笑う。

「いえ…命拾いをしたのかもしれませんよ」

…言われた言葉の意味が、一瞬分からなかった。

「え…?」

命拾い…?それって。

物騒なその表現にキョーコが目を丸くすると、

「人を1人殺した犯人ですからね。下手に顔を見ていたら、あなたまで危なかったかもしれませんから」

警察官はそう言って、キョーコの肩をぽんと叩いた。

そして、

「何か思い出すことがありましたら、警察までご連絡下さい。戸締りなどには、十分ご注意下さいね」

頭を下げると、そのまま玄関先から引き上げていった。

警察官の残した言葉に血の気の引くのを感じたキョーコは、急いでチェーンを下ろしドアに鍵を掛ける。

そうだ、人を殺した犯人が、捕まらずに今も逃げているのだ。

それに…

あのぶつかった男が犯人だったのなら、それはつまり、その時上の階で事件を起こしてきたばかりと言うことで…

そう思うと恐怖が真実味を増してしまって、キョーコはぶるりと震える身体に腕を回す。

あれからまだ1時間も経っていないのだ。
もしかすると、この辺に身を潜めているのかも知れない。

そんなふうに考えると、いてもたってもいられなくなってしまう。

「つ、敦賀さんにご連絡しなくちゃ…!」

仕事中に迷惑かもしれない。

でも、彼には帰宅をする際、十分に気をつけて貰わなくてはいけない。
警察が捜している危険な人物が、このマンションの周辺をうろついている可能性があるのだから。


そう考え、暫しの逡巡の後…


キョーコはエプロンのポケットから取り出した携帯で、蓮の番号を呼び出していた。




<転編に続きます>


美花です!

以前書かせて頂きました【蓮キョde都市伝説】第2弾です。

読書傾向がひっそり猟奇的な私、都市伝説も大好きです。

キョコたんが新人OLさん、敦賀さんが…な、お話の続編です。

蓮キョだからこそのお話つくりをしておりますが、ええええと思われる蓮キョスキーさんが多いと思いますので、立ち入りには十分お気をつけ下さいませね。

ちなみに今回は、怖さ<蓮キョな感じでお送り致します。(前回比?)

元ネタをご存知の方も、ご存知でない方も、この手のお話がお好きな方にお楽しみいただけたらなと思います。

ではでは、どうぞ~


***


キョーコはその夜、あるマンションの入り口の前に立っていた。

初夏を過ぎ、そろそろ本格的な暑さを迎えるこの季節。
夜の7時を過ぎた今も未だ昼間の熱い空気を残す、汗ばむような夏の宵だった。

周囲を歩く仕事上がりの人々も、誰もが暑さに辟易し、涼を求めて駅や飲食店の中へとどんどんと吸い込まれて行っていた。

けれどキョーコは、夏の暑さとはまた別の汗…

冷汗を、その額にじわりと浮かべていた。

「ここ…お店とか会社とかじゃなくて、人が住むお家…なのよね…?」

誰に問うでもなく、一人、思わずそう呟いてしまう。

キョーコの目の前には、呆れるほどに巨大なマンションがそびえ立っていたのだ。

光を纏った住居は夜空を長く貫き、まるで宝石箱のように闇の中でキラキラと煌いている。
目いっぱい首を反らして見上げても、その全貌はなかなか見えてこないものだった。

その高さを見上げながら、キョーコは唖然となってしまう。

(ええと…教えて貰った住所は、ここで間違いないわよね…)

携帯に送られてきていた住所と所在地をもう一度確かめて、間違っていないことを確認したキョーコは目を瞠る。

「嘘、こんなところに住んでるの?敦賀さん…」

目の前にある見るからにお家賃が高そうな高級マンション。
その天辺、最上階が、蓮が1人で住んでいる住居なのだと言う。

彼のマンションにやって来たのには理由がある。

1人暮らしで食生活が乱れていると言う彼に乞われて、夕食を作りに来たのだ。

とある事件で蓮と知り合ってから数ヶ月。
一度食事に誘われて以来、キョーコは彼と2人で会う回数を重ねてきていた。

様々な場所へとキョーコを連れ出してくれては、彼はあの事件で塞ぎ込みがちなキョーコの気晴らしに付き合ってくれているのだ。

気遣いをさせてしまうことを申し訳なく思うのだけど、気がつけば、彼からのそんなお誘いを楽しみにしてしまっている自分がいて。

(敦賀さんの大人な気遣いに、すっかり甘えてしまっているわね…)

迷惑を掛けたくはないと思うのだけど、さりげない彼の誘い文句につられ、結局週末ごとにどこかに出かけている状況だった。

しかも彼は、そうやってどこかにお出掛けをしてもキョーコに一切の隙を与えず、あっさりと全ての支払いを済ませてしまうのだ。
本当ならお礼をしなくてはいけない立場だというのに、意に反し、彼への借りがどんどん増えていく一方だった。

むしろ会うことが、更なる迷惑を掛ける原因になっているような気がしてならない。

だからせめて次こそはと思うのだけど、それがまた、結局は気負いだけに終わってしまっていて…

『もー敦賀さん!ここは私がお支払いするって言ったじゃないですか…たまにはそれくらいさせて下さい。あの時のことでお礼をするのは私の方なのに、申し訳ないです』

その日もキョーコは、食事をしたお店を出ながら唇を尖らせていた。

やはり気付いた時にはすっかり支払いが済んでいて、何もしないままお店を出る羽目になっていたのだ。

キョーコだって高校を出たばかりとはいえ、お勤めをしてちゃんとお給料を貰っているOLだ。
連れて来て貰うお店はいつも高そうなところばかりだけど、だからこそ、奢って貰ってばかりでは立つ瀬がない。

すると蓮は、キョーコを見つめて小さく微笑む。

『お礼なんて、もういいのに。こうして食事を一緒にしてくれているだけで、十分にお礼になってるし。1人の食事は味気ないからね』

そう言う彼は、実家を出て今は街内で1人暮らしをしているのだと言う。

確かに1人の食事の味気なさはよく分かる。

住み込みから1人暮らしを始めたばかりのキョーコも、同じ寂しさを感じているのだ。
蓮との食事はキョーコにとっても、やはりありがたいものだった。

でも、それとこれとは話が別だ。食事を奢って貰ってそれがお礼だなんて、聞いたことがない。

『お礼がいいなんてことないです。せめて、何かさせて下さい』
『でも、一度ちゃんとしたお礼はして貰っているだろう?』

食い下がるキョーコに車のドアを開けてくれながら、彼は困ったように瞳を眇める。

確かに以前だるまやのご夫妻に付き添われて、あの事件での彼へ正式なお礼の場は設けてはいたのだけど。

『それはそれ、これはこれです。あれからだって、私、敦賀さんにご迷惑を掛け通しじゃないですか』

自分と知り合ったことで、しなくてもいい気遣いを彼にさせているかと思うと、キョーコは気が気ではない。

もしかするとこう言う場合、他の女の子は『ごちそうさまです』とにっこり笑って、全てを済ませてしまうのかも知れないけれど…

女の立場に胡坐をかくことも、気を遣って貰うことを当然と思って受けることも、やはりキョーコには出来ないことだった。

だから、

『なんでもいいんです、何か、私に出来ることはないですか?』

願うような気持ちで蓮を助手席から見つめると…

『うーん、そうだなあ…』

彼はそっと首を傾げ、少しだけ考える素振りを見せてから、

『じゃあ今度…うちで、ご飯を作ってくれるかな?』

キョーコをやや窺うように見て、そう言ったのだ。

さらりとした口調でいながら、何故か期待の籠った蓮の言葉に、キョーコは瞳を瞬かせる。

(ご飯?そんなものでいいの…?)

諸々含めたお礼がご飯を作ることだなんて、貸借が合わないのではないだろうか。

確かにキョーコにお礼として出来ることと言ったら、狭い範囲の中でのこととなってしまうけれど。

そう思うキョーコの僅かな逡巡を察したのか、

『ほら、1人暮らしだとやっぱり食事が二の次になるし…ええと、ダメかな』

蓮がやや困ったように言って、それに慌てたキョーコは顔と手を一緒にぶんぶんと横に振る。

『まさか、そんな、ダメなんてことないです…!』

彼を困らせたいのではない。少しでも、何かを返したいと思うのだ。
『料理』という手段は、そんなキョーコにとってうってつけのものだった。

『私、お料理得意ですから!ぜひともやらせて下さい!!』

そうしてキョーコは、仕事終わりに蓮の自宅にやって来たのだ。

急な残業が入ってしまったとかで、蓮は今夜、帰宅が遅くなると言う。
申し訳なさそうなメールへの連絡が、キョーコの携帯に夕方頃届いていた。

もしもの場合にと部屋の鍵を預かっていたので、その点は問題ないのだけれど…

(ちょっと待って、ここのお家賃、いったいどれくらいなの!?)

足を踏み入れたエントランスの煌びやかさに、キョーコは食材の入ったスーパーの袋を片手に、思わず金額面のことに思いを馳せてしまう。

蓮のマンションはまるで高級ホテルのような作りだったのだ。

入り口を入ったロビーにはラウンジのようにソファーが並べられ、その奥のガラス越しにはライトアップされた中庭が見える。
正面にあるエレベーターホールには3機のエレベーターがあり、大理石らしい床と壁が、金色の明かりを灯らせたシャンデリアに照らし出されていた。

キョーコのミュールが踏む床も、やはり艶々に磨き上げられた大理石の床だ。

そのあまりにもの豪華さに、キョーコは1人圧倒されてしまう。

(こ、こんなおうちに、あの若さで住めるものなの…?)

彼は、去年大学を卒業して帰郷し、地元の企業に勤めるようになった22歳。
ご両親がガソリンスタンドを経営していて、時々手伝いに呼ばれることがあるとのことだ。

…これがキョーコが蓮本人から聞いた、彼のプロフィールなのだけど…

考えてみたら、キョーコが彼について知っていることは、たったそれだけなのだ。
これまで特に気にすることもなく、過ごしてきたのだけど。

大学を出て入社間もないはずの一社員が、こんな凄い家に住めるものなのだろうか…?

(ご両親のお仕事の関係で?え、でも、スタンドってそんなに儲かるものなのかしら…?)

思い返してみると彼が身に着けているものは皆、品のいいものばかりだったような気がする。

乗っている車も高級そうなものだ。車に全く詳しくないキョーコだけど、左ハンドルが外車であることくらいは知っている。

「え、敦賀さんて…一体何者…?」

こんな煌びやかな場所で、人様の懐事情ばかりを考えている自分が、酷く嫌な人間に思えてきてしまう。

でもそれは何よりも、大事なことなのではないかとも思う。

身分違いとか、住む世界が違うとか、そんな言葉が頭に浮かんで来て…

蓮を遠い存在のように感じて切ない気持ちになったキョーコは、それを振り切るように急いで頭を横に振る。

(きょ、今日はお礼の為にここに来ているのよ、落ち込んでいる場合じゃないわ。後で詳しい話を、敦賀さんにお聞きしよう。敦賀さんが実はお金持ちだからって、お礼をすることには何も問題はないじゃない…)

でも、何だか心が重い。

自分が場違いに思えて、何も知らないまま接していたことが実は失礼なことだったのではないかと思えて、よろよろとエレベーターへと向かって歩いていたら…

丁度開いた正面のエレベーターから、いきなり人が飛び出してきた。

「きゃ…!」

避ける間もなく、キョーコはそんな相手とぶつかってしまう。

その衝撃で背後に倒れそうになり、思わず手にしたスーパーの袋を手放してしまった。

床に落ちた袋から玉葱が飛び出して、床の上をころころと転がっていく。

「す、すみません」

何とかその場に踏みとどまったキョーコは、慌てて謝ったのだけど…

相手の男性はキョーコをじろりと見ると、無言のままその場を立ち去って行った。

後からマンションに入ってきた女性の横もぶつかりそうになりながらぎりぎりですり抜け、ゆっくりと開いた出入り口の自動ドアも、無理矢理こじ開けるようにして外へと飛び出して行く。

「なあに、あれ。あなた、大丈夫?」

女性は驚いた顔でそれを見送ってから、その足元にまで転がっていった玉葱を拾ってくれる。

ここの住人なのだろう。ふわふわの毛皮を持つ小型犬を腕に抱いた、30代くらいの若奥様風の女の人だった。

「すいません、ありがとうございます」

落ちた他の食材を拾うのも手伝ってくれて、慌ててキョーコが頭を下げると、

「ぶつかって謝りもしないなんて、随分失礼な男ね。それにあの格好。ちょっと気味が悪いわ」

綺麗にお化粧をした彼女は、整った眉を顰めてそんなことを言う。

確かに、その通りだった。

立ち去っていった男は汗ばむほどの夏の夜だと言うのに、キャップの上に長袖の大きな黒いパーカーのフードを頭からかぶっていたのだ。
お陰で顔が見えず、相手が男の人だったということしかキョーコには分からなかった。

「ここの住人なのかしら。なんだか嫌ね、治安が心配だわ」
「そうですね…でも、単にここを尋ねて来ただけの人なのかも」

不安を口にする彼女に、キョーコは一緒にエレベーターへと乗り込みながら、気休めとなる言葉を口にする。

彼女の心配も分からなくはない。

先ほどの男の様子は、隣人と思えば確かに不安を掻き立てられる。
薄着の人々を見慣れた目には、あの姿は十分に奇異な存在に思えていた。

そんなキョーコの言葉に、彼女は笑みを見せてそっと肩を竦めて見せた。

「そうね…ちょっと、気にしすぎかも。ここはセキュリティもしっかりしたところだし、大丈夫よね」

小さな犬を彼女が胸に抱き直すのに、キョーコは同意の笑顔を向ける。

このマンションに入るには入り口での承認が必要で、必ず各部屋のカードキーがなくてはならない。
キョーコも先ほど、蓮から預かったカードキーを教わった通りに入り口で使ったばかりだ。

つまりここは、住人の許しがなくては立ち入りは無理なのだ。
きっとここほど住人にとって安全な場所は、この町の中で他にはないだろうと思う。


…そうしてキョーコは、1人と一匹と別れて…

最上階にドアがひとつしかないことに驚いて、入った室内の豪華さに呆気に取られて。




男のことは、キョーコの頭の中から、あっという間に押し出されていったのだった。




<下に続きます>