美花です。

【蓮キョde都市伝説】のおまけ・敦賀さん編です。

読書傾向がひっそり猟奇的な私、都市伝説も大好きです。
キョコたんが新人OLさん、敦賀さんが…な、お話の番外編です。

キョコたん目線だけだと、どうもこのお話の敦賀さんは何か企んでいるように見えますよね…

今回は、そんな敦賀さん主役のお話です。

蓮キョだからこそのお話つくりをしておりますが、ええええと思われる蓮キョスキーさんが多いと思いますので、立ち入りには十分お気をつけ下さいませね!

ちなみに今回も、怖さ<蓮キョな感じでお送り致します。
ただしこちらは都市伝説ベースではありません。ご了承下さいませ^^

ではでは、どうぞ!

(10/15公開修正分。こちらは一度公開して落ちてしまった分の再公開分です。別のところで試しで上げて大丈夫だったのですが…また何かありましたら、公開法を変えようと思います;)



***



テーブルの隣り合う間の細い通路を、スーツ姿の蓮は、コーヒーを載せたトレイを片手にすり抜けるようにして歩いていく。

夕刻を過ぎたコーヒーショップの店内はかなり混み合い、ほぼ全ての席が埋まっている状態だった。
街の中央を通る大通り沿いのこの店は、いつもそれなりに混んでいるけれど今夜は格別だ。

それもそのはず。

今は3連休を前にした金曜の夜なのだ。

来店客である会社帰りの男女も制服姿の学生達も、それぞれが楽しげな表情を浮かべ、店も浮き立つような空気に包まれている。
長い休みを前にした一時の開放感に、皆安堵に近いものを覚えているのだろう。

休日の予定を相談をする為にも、これからどこかに出かける為の待ち合わせの場所としても、コーヒーショップは最適の場所だった。

だからだろう、店内には人待ち顔の男女も数多く見受けられている。

(…皆、考えることは同じだな)

周囲をざっと見回し、お目当ての人物がまだ店に来ていないことを確認した蓮は、外の通りを見渡すことの出来る席を何とか確保する。

時計に目線を落とせば約束の時間の少し前。

蓮も周囲の人々と同じく、待ち合わせの為にこの店へとやって来ていたのだ。

もう少しすれば、待ち合わせのお相手…キョーコも姿を見せることだろう。
コーヒーショップの向かい側にある、彼女の勤め先の信用金庫の下りたシャッターを見つめた蓮は、そっと瞳を細める。

早く彼女に会いたくて仕事を猛スピードで片付けてここに着ている自分が可笑しくて、そして、そんな様子を同僚にからかわれつつも、悪い気をしていない自分が少しだけ微笑ましい。

キョーコと出会ってから数ヶ月。

蓮は4歳年下の彼女に、片想いと言うかたちの恋心を抱いていた。

出会い方は特殊だったけれど…

蓮の中ではあの時点で既に、一目惚れに近いものがあったのだと思う。

事件に巻き込まれ恐ろしい思いをしつつ、震えながらも気丈に振舞おうとしていた彼女を守りたいという気持ちが、胸の中で大きく湧き上がって来ていたのだ。

そして…彼女を知れば知るほどに、蓮はどんどん彼女に惹き寄せられていく。

女の子らしいところも、料理上手なところも、やや思い込みが激しくて意外に暴走癖があるところも、蓮にとっては全て、キョーコの魅力に見える。

しっかり者の彼女には、最近では食事面で世話を焼かれてばかりだ。
そういう面倒見のいい部分も好ましいし、食生活を諌める時の彼女も、普段と違う感じでまた可愛らしかった。

そんな彼女を見たくて、蓮はついつい、自分の不摂生をわざと彼女に告白してしまうのだ。

知り合って以来、週の半分は会っているし週末ごとにどこかに出かけてもいる。
今日だって、食事をしつつ、明日からの連休の予定を詰めようと約束をしていたのだ。

秋が徐々に深まっていくこの時期は、行楽に丁度いい。せっかくの長い休みなのだから、普段よりも遠出をしたいと思っていた。

鞄の中から取り出した情報誌には、既にこれはと思うページにチェックが入れてある。
彼女が好きな綺麗なもの、可愛いもののある場所の候補は、全てぬかりなく押さえてあった。

…そろそろ、もう少し関係を進めることが出来たらとも、思うのだけど…

「…まだまだ、早いよなあ…」

温泉旅館の紹介記事を目にした蓮は、彼女の無邪気な笑顔を思い返して、そっと吐息を零す。

何の約束も出来ていないこの段階で、2人きりでの宿泊なんて望むべくもない。
日帰りで足湯程度が、今の自分達の関係には丁度いいと思う。

キョーコはどうやら、自分へ向けられる好意に鈍感なところがあるらしい。

自分的にはかなり好意を表に出して接してきたつもりだったけれど、それが殆ど通じていなかったことを知ったのは、つい先日のことだ。

自分の気持ちが決まっているのなら、告白をすればいいと思われるだろう。

けれど…

彼女の自分に対する思惑を思うと、蓮はなかなか決定的な行動には出にくかった。

今の自分は彼女にとって友人以上の位置にいると思う。
親愛の情は感じるし、時々もしかして彼女も…と感じることもある。

けれど、それが絶対のことであるかと言えば、自信がない。

まだ未成年の彼女にとって、自分が恋愛対象となりえるのか…

蓮はずっと、彼女の心を量りかねているのだ。

元々蓮は、女性の感情の機微に疎い部分があるらしい。
過去の恋愛もいつも去られる立場だし、大体、長続きした記憶もない。

自分は恋愛に向いていないのだと思って、これまで特に、気にしてこなかったのだけど…

今回ばかりはそれでは困る。

もし勢いで告白をして、『そう言うつもりはなかった』と距離を置かれるのは嫌だ。
うかつな真似をしてそのまま会うことも出来なくなってしまうなんて、考えたくもない。

それならば、今の関係を大事に大切に、時間を掛けて温めて行きたいと思うのだ。

…恋は人を臆病にさせるものだと、蓮はつくづく思い知る。

今までとは全てが違っていた。

彼女の笑顔を守る為なら何でも出来るけれど、いざ距離を縮めようと思うと、途端に悪い想像しか出来なくて、身動きが取れなくなってしまうのだから。

勿論、ただ待ってばかりいるつもりもない。

少しでも彼女に気持ちを向けて貰えるよう、目下、水面下で奮闘している最中なのだ。

連休の外出で何かが少しでも動いたらと、情報誌を捲りつつ、蓮は淡い期待を抱いてしまう。
それがささやかなことだとしても、蓮にとっては喜ばしいことだ。

(…最上さん、そろそろ出て来れるかな…)

もう一度時計を見ると、時計の針は7時を指していた。
彼女の定時は随分前に過ぎている。

コーヒーのカップを傾けながら、窓越しに彼女の職場へと視線を投げたのだけど…

…そこで蓮は、思わず眉根をぐっと顰めてしまう。

目線の先で、眼鏡をかけた灰色のスーツ姿の男が忙しない足取りで通りを渡り、信用金庫の方向へと歩いて行った。
年の頃は20代後半。頻繁に眼鏡を押し上げる仕草が、男の神経質な様子をこちらにも伝えてくる。

蓮には、そんな男の顔に見覚えがあった。

男は、昼の時刻に蓮が信用金庫に行く度に、ロビーで必ず顔を合わせる相手だったのだ。

『最上さん、あの人よく来るの?』

自分の頻繁さを差し置いてキョーコに問えば、

『ああ…そう言えば、マメにいらっしゃるかもしれませんね』

彼女は特に気にした様子もなく、からりとした笑顔を見せていた。

窓口業務は持ち回り制だから、必ずキョーコが対応をするというわけではない。
男も特に彼女だけに拘るわけでもなく、別の窓口を利用して去って行くこともある。

けれど蓮には、男がキョーコの手元が開くタイミングを見計らって、ロビーに現れているようにも見えていたのだ。

出会ってからのキョーコは立て続けに妙な事件に関わってしまい、ただでさえ落ち込んでいる。
おかしな事件から、怪しい存在から、蓮は彼女を出来得る限り遠ざけたいと思う。

だからこそ、蓮は男を警戒した目で見ていた。

昼間に頻繁に来ることが出来る男が、営業終了後の信用金庫に何の用があるというのだろうか。

怪しさしか見つけられず、蓮は男の動きを目で追っていく。
男はそんな蓮の目線の先で、周囲をきょろきょろと気にしながら信用金庫の裏手へと入っていった。

…その先にあるものを考えて…

椅子を蹴立てて立ち上がった蓮は、そのまま大股でコーヒーショップの外へと急ぐ。

男の向かった先には、夜間金庫の受け入れ口がある。お陰で一定の時間までは、敷地内にも出入りが自由なのだ。

そして…

その更に奥には、従業員の専用駐車場がある。
車通勤をしているキョーコの車も、そこに停められているのだ。

…嫌な予感しかしなくて、蓮は店を出るなり走り出す。

男の後を追うようにして信用金庫の門を抜け、駐車場のある区域へと駆け込んだ。

駐車場には何台かの車が停まっている。全て従業員の車だろう。
敷地内にある電灯の光に照らされながら、持ち主の帰りを静かに待っていた。

その中の一台は、見知ったキョーコのピンク色の車だった。

彼女の車の傍には綺麗に刈り込まれた背の高い植え込みがある。

…その、植え込みの影に…

「こんな時刻に写真撮影ですか。仕事を終えた後に趣味の活動とは、随分とお忙しいですね?」

カメラを手にしてしゃがみ込む男を見つけて、有無を言わさずその襟首を捕まえ引き上げた蓮は、相手を真っ直ぐに見つめてすうっと瞳を細める。

190cmの大男に冷えた眼差しを向けられた男は、見つかるとは思ってもいなかったのだろう、動揺した顔で蓮を見返してくる。

「…な、な、何だ君は、ひっ、人聞きの悪い…」
「人聞きが悪い?信用金庫の敷地内に入り込んで、カメラ片手に女子社員の車の傍に潜んでいながら、言えた言葉ですか」

こんなあからさまな犯罪行為をしておいて、どんな言い逃れをするつもりだろうか。

顔色を悪くした男を押さえ込んだまま、蓮はそんな男からカメラを取り上げる。
大きめなレンズが取り付けられたカメラは、どうやら暗い場所でもフラッシュに頼らず撮影が可能な仕組みになっているらしい。

カメラ内にあるデータをその場で確認をして、堪らず眉根を寄せてしまう。

今日以前の画像なのだろう。そこには、撮られていることにまるで気付いていない様子のキョーコの、仕事を終え信用金庫の裏口から出てくる姿が何枚も写されていた。

他にも車に乗り込む姿や、そのまま敷地内から車で走り去るまでの一連の様子が、カメラの中には事細かに収められている。

キョーコ自身が気にしている彼女の引き寄せ体質の凄まじさを思って、頭の痛い思いを抱えた蓮は額を押さえる。

…思っていた通りだ。
男はキョーコに対して、付き纏い行為を繰り返していたのだ。

怒りの火が、蓮の中でゆらりと焔を揺らす。

「へえ、市役所勤務ですか」

男の鞄や財布を確かめて身分証を目にした蓮は、唇を引き上げる。

「それはそれは…こんなことが職場にバレたら大変ですね?再就職も、この手の犯罪の場合は大変じゃないのかな。自慢の息子がこんな罪状で警察沙汰だなんて、ご両親もさぞ悲しむことでしょうね?」

暗に通報することをほのめかすと、

「…待ってくれ、け、警察には…!」

途端に顔色を変え悲鳴を上げる男に、肩を竦めた蓮は困った笑みを浮かべて見せる。

「それは、随分と都合のいい話ですね。こういう行為の代償は、ご自分が一番よくご存知なのではないですか?」

ひっと声を上げる男を見つめて、更に薄く笑う。

そうか、俺は怒りがピークに来ると逆に笑えてくるのか。

笑みを浮かべている自分を思って、男を見据えながら、蓮は別のところで他人事のようにそう考える。

腹が立って腹が立って、目の前が赤く染まってくるような気がした。

キョーコを他所の男がどんな目で見ていたかと想像すると、怒りではらわたが煮えくり返る。
自分以外のその手の目線を許せるほどに、蓮は心が広くはない。

彼女の写真が男の元にあるなんて、冗談ではなかった。

「…持っている画像をデータごと全部俺に渡せ。ここにあるもの以外も持っているだろう。それごと、残さず全て」

低い声で囁いた蓮は、男を引き摺るようにしてその場から離れた。

そろそろ仕事を終えて出てくるだろうキョーコに、この状況は見せたくない。
騒ぎを大きくして、只でさえこれまでのことを気に病んでいる彼女を、これ以上落ち込ませたくはなかった。

「…け、警察には…?」

ここにきてまで自分の立場ばかりを気にしている男を冷ややかに睨みつけて、無言のままコーヒーショップにまで連行すると、駐車場に停めてある自分の車の後部座席に押し込める。

このことを警察沙汰にする気はない。
警察が絡めば、男の目標であるキョーコに自動的に連絡が行ってしまう。

それでは困るのだ。

案内をさせ、男が1人暮らしをしているコーポの部屋に上がり込んだ蓮は、部屋の中を徹底的に家捜しする。

そうして続々と出て来たプリント済みのキョーコの画像の前に男を立たせ、携帯で何枚かの証拠写真を撮った。

男の免許や身分証を途中のコンビニでコピーしてきた蓮は、

「今後彼女の周りで一度でもお前を見かけたら、即この画像と告発文を警察と職場に送る。二度はないから、覚悟するようにね」

素性は全部分かっているからと、コピーを男の前でちらつかせる。

そうして…

何台もあったカメラ全てのデータを消去しパソコンは念の為に中身を初期化して、しっかりと男に念書を書かせてから、回収した写真や画像の入ったメモリを纏めてその場を後にした。

…勿論、男への罰はあれだけで済ますつもりはなかった。

部屋を出た蓮はその足で男の隣の部屋へと向かい、スチール製のドアを小さくノックする。

「はーい?」

表札を見ればお隣は若夫婦の住まいらしい。
程なくしてドアから出てきたのは、エプロン姿の若い女性だった。

夕食時の室内からは、子供をあやすような男性の声が聞こえてきていた。

やや深刻な顔を作っていた蓮は、そんな女性に礼儀正しく頭を下げる。

「夜分に申し訳ありません。つかぬことをお聞きしますが、隣の部屋に住む男性は市役所にお勤めの方ですよね」
「え…お隣さんですか?確か、そう聞いていますが…何か?」

蓮を見上げ、突然の訪問と質問に怪訝そうに首を傾げる女性に、

「はい、実は私、調査会社の者なのですが、ある女性から彼らしい男に付き纏われていると言う相談を受けまして…彼について、調べているところなんです」

ますます深刻気な表情を作った蓮がそう囁くと、目の前の女性は途端に目を丸くして両手で唇を押さえる。

「付き纏い…?やだ、本当ですか…!?」

期待通りの反応に内心で微笑みつつ、

「はい。どうでしょう、お隣の目から見て、彼におかしな行動はありますか?」
「い、いえ、余りお付き合い自体がないので、よく分からないんですが」
「そうですか…すみません、お食事中の時間にお邪魔致しまして。申し訳ありませんが、この件について調べているということは、本人には内密にお願いします」

そうして、呆気に取られている女性にまた頭を下げて、蓮はそのままドアを閉めた。

その向こう側で、女性が夫らしい相手に今の話を慌てた様子で説明している気配がする。
この分だと思うより早く、男の噂がコーポ内に広まっていくかも知れない。

身分については偽ってしまったが…男のしたことについて、蓮は何も嘘はついていない。

万が一この噂が煩型の住民の耳に入り、職場にご注進が行ったとしても…それは男の自業自得、身から出た錆だ。
男の立場が今後どうなろうと、そんなことは蓮の知るところではない。

蓮はキョーコの安全と尊厳さえ守れれば、それでいい。

キョーコの絡みがあるから、それを理由に警察沙汰にすることは出来ないけれど…
女性に対して犯罪行為をするような男は、それ相応の報いをしっかりと受けるべきだと思う。

時計に目をやり時間を確認した蓮は、コーポの階段を急いで降りる。

コーヒーショップに戻らなくてはいけない。きっとキョーコは、既に店の中にいることだろう。

後部シートに大量のキョーコの写真を乗せた蓮は、そのまま車を走らせる。

そうしてハンドルを握りながら、さて、この写真はどうしたものかと考えてしまう。

男はどうやって手に入れたのか、キョーコの高校の卒業写真まで持っていたのだ。
こんな大量の写真や、出所の分からない卒業写真を返されたところで彼女も対応に困ってしまうだろうし、こんなものを何故蓮が持っているのか説明することも出来ない。

男が家に持っていた写真は、幸いなことに、キョーコの家までが映り込むようなプライベートなものやおかしな写真は一枚もなかった。

そこまではまだ付け回していなかった事実は、蓮を安心させる。

窓口にいる様子やランチで外を歩く写真はあったけれど、全ては職場近くの、至って普通な写真ばかりだ。

柔らかくお客様に対応する彼女の笑顔を写真に残す機会はなかなかない。
今よりやや幼い生真面目な顔でこちらを見つめてくる卒業写真の彼女も、蓮が目にする機会はまずなかっただろう。

そう思うと、捨てるには忍びないし、正直もったいない。

けれど、彼女に内緒でそんな写真を持つのは申し訳ないし、他所の男が撮ったものかと思うと腹立たしい。
自分以外の目線にもこんな風に可愛く写るのかと思うと、写真を見る度に勝手にやきもちを焼いてしまうそうだ。

恋する男の心は難しい。

そうやって悩んでいるうちに、車はコーヒーショップの駐車場に着いてしまう。

…どうしたものかと思いながら、店内に足を踏み入れると…

「あ、敦賀さん!こんばんは、お仕事お疲れ様です」

丁度、今着いたばかりなのだろう。
入り口で店内を見回していたキョーコが、後ろからやって来た蓮に気付いてこちらを振り返った。

これまでの出来事をまるで知らない彼女は、

「仕事が少し長引いてしまってたんです。お待たせしちゃったかと、慌ててました」

よかった、一緒でしたねと言って、蓮の目の前でほっとしたように柔らかく微笑む。

「最上さん」

そんな彼女を眩しい思いで見つめた蓮も、それにつられるようにして笑みを零す。

蓮の中で、つい先ほどまで胸に折り重なっていた怒りや腹立たしさが、気付けば綺麗に消え失せていた。

キョーコの蓮への影響力は絶大だ。
彼女の笑顔を見ているだけで、他のことはどうでもよくなってきてしまうのだ。

「同じタイミングだったね。ああでも、君のほうが少し先だな。ごめん、待たせてしまって」
「いいえ、私も今着いたばかりだったんですよ。謝らないで下さい」

隣に並んでそう言う今日の彼女も、相変わらずに可愛らしい。
女の子らしいワンピースの上に薄手のカーディガンを羽織った姿も、よく似合っていた。

そんな彼女に表情をそっと緩めた蓮は、

「そうしたら、このまま食事に行こうか。何が食べたい?最上さん」

何気ない様子を装ってキョーコの手に指先を絡め、その手を引いたまま、ゆっくりドアに向かって踵を返す。

「え、あ…つ、つ、敦賀さん…?」
「ん、何か、もう決まってる?」

頬をほわりと染めたキョーコが慌てたように声を上げるけど、声の意味に気付かない振りをした蓮はそのまま店を出た。

…ちょっとくらい蓮が強引に行かないと、自分達の関係は何も進展しないと思う。
勿論、彼女が嫌がらない範囲で、だけど。

「最上さん?」

…困ったように見上げて来る茶色の瞳を、ドキドキとした思いで覗き込むと…

「…つ、敦賀さんは、その、何か、食べたいものはないんですか…?」

目線をそろりと逸らして、赤い頬をますます赤くして…キョーコはそのまま、蓮の掌をきゅっと握り締めてきた。
自分のものに比べると随分と小さく華奢な彼女の掌を感じて、その柔らかな感触に、彼女の取った行動自体に、蓮までがほんのりと頬を染めてしまう。

蓮の強引さを見逃してくれたということは…

このまま手を繋いでいても、彼女は嫌ではない、と言うことだ。

ちらりとこちらを見上げて来る彼女の瞳の中にも、拒絶の色は少しもなかった。
あるのは、照れたような、恥らうような、小さな感情の動きだけだった。

胸の奥に、心がふんわりと温かくなるような火が灯る。

くすぐったい感情が湧き上がって来て、蓮は堪らず表情を崩してしまう。

…彼女に出会えたこの運命に、蓮は感謝をしている。

この出会いがなければ、自分がこんな感情を持つことすらなかったかもしれない。

「…近くにイタリアンのお店があったよね。歩いていけるところ。久々にピザが食べたいかな」

いい歳をしてこれくらいのことに頬を赤くしている自分に苦笑しつつ、幸せな気持ちになった蓮はキョーコにそう告げる。
普段だったら食事の選択に関しては彼女の意思を尊重しているけれど、今夜は彼女が口にした質問に乗ってみた。

そんな蓮に、

「え…敦賀さんに食べたいものがあるなんて、珍しいですね…!?」
「ん、たまにはね」

隣で驚いた顔をするキョーコに蓮は微笑む。



…だってそうすれば、店に着くまで手を繋いだままでいられるのだから。



「ねえ、最上さん。明日は出かけた先で一緒に写真を撮ろうね?」
「え、しゃ、写真ですか!?」
「うん、絶対可愛く撮るから、ね」
「かかか、可愛く…?」



手を繋いだまま、2人で通りを歩きながら…

ふわふわと浮き立つ心を抱えた蓮は、隣で赤い顔をしているキョーコを、柔らかな眼差しで見つめたのだった。




*END*


敦賀さんが酷い男でごめんなさい。でも、きっとこれくらいはしますよね…?
キョコたんの持つ魔力に引き寄せられたのは、実は敦賀さんも一緒だと思います、はい。