まずは3月11日に発生した『東北地方太平洋地震』によりお亡くなりになられたみなさまのご冥福をお祈りするとともに
被災されたみなさまの一日も早い復旧・復興を心よりお祈りさせていただきます
人間の想像をはるかに超えた出来事が日本を襲い
この日からわたしの身にも色々あり、こちらのブログは放置したままでした
その間も検索等でお越しいただいてた方がいらっしゃったようで(特に乳癌関係)
更新してなかったので、ことさら役にたつこともなく・・・
大変く失礼しました
わたしはあの日、予定されてた大学病院での診察の日で、その帰りでした
診察時のことは別記事でまた触れるつもりなので、はしょりますが
地震発生当時わたしは、T市にあるジャスコの駐車上にいました
病院からの帰路ずっと水分をとってなかったのでのどがカラカラ
駐車場内にある自動販売機でお茶でも買って一息つこうと思い
財布から小銭を出そうとした瞬間なにかゆらゆらとしたものを身体に感じました
それが地震だと気がつくまでに数秒かかりました
そして次に、外でこんな風にはっきりゆれを感じるのは
それなりに地震の規模が大きいからだろうと察知しました
揺れはずいぶん長かったように感じましたし次第に身の危険を感じるまでになりました
自分は駐車場の端にある休憩所的なテントの中にいたのですが
もしこのテントが崩れたらやばいかも・・と思い
すぐに車の停めてある駐車場の中央のところまで移動しました
その移動行為はジャスコの建物自体とも離れることになるので
自分の中ではベストな選択だと思ったのです
移動しながらも、頭上をずっと気にしていました
何か落ちてきて頭に当ったら、それで死ぬかもしれないという恐怖がかすかにありました
またその一方で、駐車場の停めてある多数の車が大きな揺れで自分のほうに移動してこないかと
ハラハラもしました
長く強い揺れと恐怖の中で、わたしはただ立ち尽くすことしか出来ませんでした
ようやく揺れがおさまり周囲を見渡すと
店内から外に非難した多数の買い物客・ジャスコのお店の方達で、駐車場はみたこともない光景になってました
お客さんの中には買い物途中のカートをそのまま押して外に逃げてきた方も大勢いました
しばらくして、すぐ近くにいた方が“震源地は宮城あたりらしいですよ”と教えてくださり
驚くとともに、とても信じられない思いでした
と同時に、家族のことが気になりだし、携帯で娘・息子・義父に連絡をとろうとしましたが
何度かけても繋がらず、そこでやっと“あぁ、本当に今は非常事態なのだな”と実感しました
駐車場には10~15分ほどいたと思いますが
いつまでもそこにいても仕方ないし
(とはいっても、警察か何かのアナウンスで
車の人は余震があるので、車を道路の端に寄せ、ハザードをつけて停めるようにと指示がありました)
子供達や義父、また家のことも心配でたまらなかったので、自宅に向かって車を走らせました
途中、息子はT市内の塾にいくと話してたことを思い出し
運よく会うことができて、そのまま2人で自宅に戻りました
家の中はメチャクチャながらも、幸いなことにガス漏れも火災も起きておらず
(ガスの元栓閉めてなかった)ほっとしました
娘は地震発生時は大学にいたらしく、その晩はそのまま構内の実習室にあるベットで眠ったそうで
翌日の日暮れ時に無事帰宅してきました
義父は意外とけろっとしてて、ちょっと拍子抜けするくらいでしたが
とにかく家族だれ一人も怪我などしてなかったのは何よりのことでした
家の中のあちこちで物のなだれがおきてるくらいの衝撃を受けたのに
幸いなことに電気・ガス・水道等のライフラインはすべて生きてて
これには神様に感謝しました
今も計画停電などありますが、そのときでもガスや水道は使えるので
夕暮れ以降の時間帯でなければ、さほどの不便は感じません
ろうそくの灯りは思いのほか明るく感じるし
ろうそくの炎独特のユラギにも癒されるような気がしています
とはいえ、それはさほど被害らしいダメージを受けてないから口に出来る台詞であって
被災された多くの皆様に対して配慮に欠けた表現であったら、すみません・・・
現在もガゾリン不足は相変わらず続いており
加えて最寄のJRも震災後ずーっと運休のため
今後の病院行き(今のところ30日と4月13日・21日の3回)の足をどうしようか・・と真剣に思案中です
(元々バスなど走ってない地域なので、車と電車が使えないのはかなり深刻な状態といえます)
灯油も節約し続けましたが、もう底を突きかけています
あまり明るい材料がないのは残念ですが
被災地の皆様のご苦労を思えば、何のこれしきへこたれませんよ
とりあえず、明日ガソリンを入れられるところがないかトライしてみるつもりでいます
とはいっても、下手にアチコチ動き回ってガソリンだけ消費するのは避けたいので
一か八かの賭けですが。。