結局僕はチェギョンに近くにいた事を言わないまま電話を切った。
言えなかったといったほうが正しいのかも知れない。
僕にも僕なりの自尊心というものがあるから、チェギョンの後をつけて二人の会話を聞いていたとは言えなかった。
その日の授業を終えて宮へと戻ると僕は早足で東宮殿に入った。
「お帰りなさいませ。お疲れ様でございました」
いつものようにコン内官が僕を迎えてくれた。
「チェギョンは?」
僕の質問にコン内官は穏やかに微笑んだ。
そこで僕はただいまも言っていない事に気づいた。
この前チェギョンに挨拶されたらちゃんと答えろって注意されたんだ・・・
「えっと、ただいま。そのチェギョンは?」
「お部屋にいらっしゃいますよ」
僕はうなずいてすぐに部屋に入った。
だけど部屋にチェギョンの姿は見えなくて・・・
「チェギョン?」
名前を呼んでも返事がない。
あちこち見渡しておかしいと思いながら暗室の扉を開けた。
「ばぁ!」
チェギョンが飛び出して僕に抱きついてきた。
さすがに僕もこれには驚いた。
「何だ?」
「驚いた?」
「当たり前だろう!」
チェギョンは満足そうな表情を見せた。
それがすごく可愛くて、たまらなくなった。
そのまま僕はチェギョンを抱えたまま暗室に入った。
「シン君?」
困惑するチェギョンを無視して扉を閉めてしまうと、そのままもっと近くに抱き寄せる。
外から戻った僕にはそのぬくもりがとてもあたたかくて心地よかった。
「おかえりなさい、ちゃんと待っていたわよ」
「ああ、会いたかった」
返事の代わりにチェギョンがぎゅーっと抱きついてくる。
暗闇の中でも見つけた首筋に唇を当てるとくすぐったそうに首をすくめた。
僕のキスがしたいと思うのが伝わったのかチェギョンが僕を見上げてくる。
これだけ近ければその表情は十分に分かった。
僕の可愛いチェギョンが僕だけを見つめてくれる。
一秒だって目を離したくなかったけど、でもそれ以上にキスがしたかった。
キスがこんなにも心地よくて幸せなものだってことはチェギョンが教えてくれた。
いつまでもやめずにいるとチェギョンが僕の胸に手を当ててきた。
ストップということらしい。
「ちょっと休憩しない?」
「どうして?」
恥ずかしそうに眉を下げている表情をみてまたキスしたくなるのをこらえた。
「その・・・話したいことあるの」
「話?」
僕は暗室の椅子に座ると上に座るように膝を示した。
「そこに?」
「何か問題でも?」
恥ずかしそうにしながらも僕の膝に座った。
こんな時、チェギョンの柔らかさを感じてしまう。
僕と一緒に遊んでいた勝気で元気な子はいつの間にかこんなにも柔らかく優しい女の子になっていたって。
「今日ね、電話をしてくれたでしょう?」
あの電話のとき近くにいたのが分かっていたのかと思った。
だけど、チェギョンの表情からはそのことは気づいていないような気がした。
「したけど、何か?」
「あの時ね、男の人と一緒だったの」
それは既に知っていたことだけけど、チェギョンが正直に話してくれることをさえぎってはいけないと思って言えなかった。
それに僕としてもどういう経緯でああいうことになったのか知りたかった。
「誰?」
「歴史学のジョンウって人。初めて話した人だったけど・・・その、私のこと好きだって」
チェギョンは僕の反応を探るように見つめている。
いつもだったら怒っていただろうけど、今回は大体分かっていたから冷静ではいられた。
返事の代わりに僕はチェギョンに回していた腕に力を込めた。
僕のものだって意味を込めて。
「それでお前は?」
「もちろん断ったわ。ちゃんと他に好きな人がいるって。でもなかなか分かってくれなくて、困っていたらシン君が電話をしてくれたの。シン君の電話は助かったわ」
「助かったって、そいつは分かったのか?」
チェギョンは嬉しそうにうなずいた。
「電話であれだけ付き合ってるとか好きとか言ったら分かってくれるわよ」
「そうか」
「シン君が助けてくれたみたいで、本当に嬉しかったのよ」
あれはとっさに思いついた電話だった。
でも・・・
「本当はちゃんと助けに行けたらよかったんだろうな」
僕はあの場に隠れるようにすることしか出来なかった。
でも、後先考えずにチェギョンを取り戻すべきだったのかもしれない・・・
大切なら守りぬくのが当然のことじゃないかって後悔の気持ちが溢れてきた。
だけど、チェギョンは首を振ってくれた。
「いいの。もちろんシン君が助けにきてくれたらすごく嬉しかったと思うけど、そんなことしたらシン君とのことみんなに知られちゃうわ。そうなる方が大変だと思うし・・・」
「そうか?」
「うん、すっごくおしゃべりな人だったから。きっと今日の私とのことも誰かに話しているわよ」
「何て?」
「シン・チェギョンには恋人がいるから何をしても無駄だって」
「それは好都合だ」
「うん。ジョンウには悪いことをしちゃったけどね・・・」
「勝手に好きだって言ってきたんだ、放っておけばいいだろう?」
「でも・・・」
僕はため息が出ていた。
「お前のそういう所につけあがられるんだ」
「そう、かな?だって好きって思ってくれるのって光栄なことでしょう?ちゃんと答えないと」
そういう律儀な優しさが危険なんだ。
「お前は男をわかってない・・・」
「何よ、そういうシン君は片思いを分かっていないのよ」
チェギョンが顔をそむけてしまった。
もし、もしも・・・
チェギョンが告白をされてその相手に心動かされることがあったら、その瞬間から僕の片思いが始まるのだろうか・・・
変わってしまった心を追いかける日々。
そんなこと・・・
「分かりたくないし、想像したくもないし。チェギョンは未来永劫僕だけのものだ」
僕の言葉にチェギョンが笑った。
「も~本当皇子様ね!」
「悪いか?」
「それならこの際、彼氏がいることをもっとアピールしようかなぁ・・・二人でイルミネーション見ている姿を見てもらったら絶対間違いないって思わない?」
回りくどい言い方に今度は僕が笑った。
「お前、僕には素直になれって言ってるくせになんだよその言い方は?」
「そうね・・・」
チェギョンは僕の首に両手を回して甘えるように見上げてきた。
「クリスマスにデートしたいな」
そんな可愛らしい仕草で甘えられたら断れるはずなかった。