昨日はハロウィンだったので、一応店を開けましたが、特にハロウィン用の商品が出てるわけでもないし、店内を飾りつけてるわけでもないし、従業員が仮装してるわけでもないし、おまけに予想以上に雨が降ったせいもあり、お客様もかなり少なかった。
11時から15時まで、義姉の結婚式に出席したので、店には16時頃戻ったが、日中に従業員の子一人が体調不良で帰ったので、残ってたもう一人の従業員に「17時で閉めよう」と伝え、昨日は早めに切り上げさせてもらった。
店を閉めてから、妻と娘が泊まりに行ってる義父の家に向かった。
雨だったし、義父が「早く一緒に飲もう」と言ってたので、電車ではなく珍しくタクシーを使った。
普段、車を使うことが多い自分は、地域問題としてよくニュースでも取り上げられてる仙台のタクシー台数の過剰問題を肌で感じていたし、台数の多さゆえなのか、タクシードライバーのマナーの悪さに嫌気がさしていた。
滅多に乗らないので、一方的に勝手なイメージを持っていたが、昨日たまたま乗ったタクシーの運転手の方は、気さくで感じのいい人だった。
他愛もない天気の話しから始まった会話が、仕事の話しになり、義父の家に着く頃には軽く「生き方」の話しになってた。
今年会社勤めを辞めて、3ヶ月前から独立して飲食店をやってるということに、えらく感心してくれ、運転手の方のこれまでの仕事遍歴なども聞いた。
「何か自分でやりたい」と思いながらも、時間ばかり過ぎて、長く勤めた会社も傾きリストラに遭い、3年間何も手につかない間に退職金も使い果たし、働かなければと思ったが求人は警備員かタクシーの運転手しかなかった。それで5年前からタクシーに乗っていると。
「あなたのように、若いのに決心してやりたいことを実現してる人を尊敬する」なんて言われた。
僕はタクシーを降りた後、しばらくいろんなことを考えていた。
僕の周りは、希望と野心に溢れ、充実して生きることに必死な奴らばかりだ。
その上で、よりよい社会と未来を築くために何をすべきかという目的を見失わず、葛藤しながら頭と体を張って戦っている。
そんな奴らと過ごしていると、正直それは特に崇高なことではなく、当たり前のことになる。
いかに利己主義を殺し、人のために尽くせるか。
「キレイゴト」と笑いたけりゃ笑えばいい。
土曜日は、閉店後に了君にクリスマスのケーキの撮影をしてもらい、その後遅い晩飯を食べに行った。
久しぶりにいろいろ話した。
彼は相変わらず走っている。
ひたすら人のために。
それが自分の目指す道だと信じて、しっかり走っている。
そして自分も、走り方は違えど、同じ方向を向いて走っていることをちゃんと確認できた。
十分だよね。
十分それだけで生きていける。
一般的にキレイゴトと思われることも、本気になれば夢じゃなくなる。
僕らはそれを形にしていく。
まだまだ先は遠いけど、必ず明るい未来を築き、それを子供たちに残し、また次の世代に伝えていくための術を導いていく。
崇高でもなんでもなく、自然界で生きる「動物」として当たり前のこと。
だからあえて暗いニュースや信じ難い出来事にも目を背けない。
現実と現状をしっかり見つめ、真実は何か、あるべき姿に還るためには何をすべきか、それを必死で形にしていく。
やり方はいろいろある。
ただ、考え方は一つ。
思いやり。
それに尽きる。
どこか一部の人たちだけが幸せになればいいのではない。
また、豊かさと幸せは完全な同意義ではないことを伝えなければならない。
週末に了君との会話、義姉の結婚式、タクシーの運転手との会話で、また前に進むための意義を確認でき、パワーをもらった。
今日は日中、娘とたくさん遊んだ。
店は休みにしていたが、17時受け渡しでデコレーションケーキの予約をいただいていたので、15時すぎから厨房に入っていた。
そのお客様にも無事お渡しできた。
休みの日にも「誰かに喜んでもらえる」そんな仕事をさせてもらってることを、本当にありがたいと思う。
家のことになかなか協力できず、妻には散々迷惑をかけるが、僕が今お客様から受けている喜びと感謝を、いずれ一緒に共有しながら歩いていけるようにしたい。
それが一番の幸せだと思うから。
感謝。
11時から15時まで、義姉の結婚式に出席したので、店には16時頃戻ったが、日中に従業員の子一人が体調不良で帰ったので、残ってたもう一人の従業員に「17時で閉めよう」と伝え、昨日は早めに切り上げさせてもらった。
店を閉めてから、妻と娘が泊まりに行ってる義父の家に向かった。
雨だったし、義父が「早く一緒に飲もう」と言ってたので、電車ではなく珍しくタクシーを使った。
普段、車を使うことが多い自分は、地域問題としてよくニュースでも取り上げられてる仙台のタクシー台数の過剰問題を肌で感じていたし、台数の多さゆえなのか、タクシードライバーのマナーの悪さに嫌気がさしていた。
滅多に乗らないので、一方的に勝手なイメージを持っていたが、昨日たまたま乗ったタクシーの運転手の方は、気さくで感じのいい人だった。
他愛もない天気の話しから始まった会話が、仕事の話しになり、義父の家に着く頃には軽く「生き方」の話しになってた。
今年会社勤めを辞めて、3ヶ月前から独立して飲食店をやってるということに、えらく感心してくれ、運転手の方のこれまでの仕事遍歴なども聞いた。
「何か自分でやりたい」と思いながらも、時間ばかり過ぎて、長く勤めた会社も傾きリストラに遭い、3年間何も手につかない間に退職金も使い果たし、働かなければと思ったが求人は警備員かタクシーの運転手しかなかった。それで5年前からタクシーに乗っていると。
「あなたのように、若いのに決心してやりたいことを実現してる人を尊敬する」なんて言われた。
僕はタクシーを降りた後、しばらくいろんなことを考えていた。
僕の周りは、希望と野心に溢れ、充実して生きることに必死な奴らばかりだ。
その上で、よりよい社会と未来を築くために何をすべきかという目的を見失わず、葛藤しながら頭と体を張って戦っている。
そんな奴らと過ごしていると、正直それは特に崇高なことではなく、当たり前のことになる。
いかに利己主義を殺し、人のために尽くせるか。
「キレイゴト」と笑いたけりゃ笑えばいい。
土曜日は、閉店後に了君にクリスマスのケーキの撮影をしてもらい、その後遅い晩飯を食べに行った。
久しぶりにいろいろ話した。
彼は相変わらず走っている。
ひたすら人のために。
それが自分の目指す道だと信じて、しっかり走っている。
そして自分も、走り方は違えど、同じ方向を向いて走っていることをちゃんと確認できた。
十分だよね。
十分それだけで生きていける。
一般的にキレイゴトと思われることも、本気になれば夢じゃなくなる。
僕らはそれを形にしていく。
まだまだ先は遠いけど、必ず明るい未来を築き、それを子供たちに残し、また次の世代に伝えていくための術を導いていく。
崇高でもなんでもなく、自然界で生きる「動物」として当たり前のこと。
だからあえて暗いニュースや信じ難い出来事にも目を背けない。
現実と現状をしっかり見つめ、真実は何か、あるべき姿に還るためには何をすべきか、それを必死で形にしていく。
やり方はいろいろある。
ただ、考え方は一つ。
思いやり。
それに尽きる。
どこか一部の人たちだけが幸せになればいいのではない。
また、豊かさと幸せは完全な同意義ではないことを伝えなければならない。
週末に了君との会話、義姉の結婚式、タクシーの運転手との会話で、また前に進むための意義を確認でき、パワーをもらった。
今日は日中、娘とたくさん遊んだ。
店は休みにしていたが、17時受け渡しでデコレーションケーキの予約をいただいていたので、15時すぎから厨房に入っていた。
そのお客様にも無事お渡しできた。
休みの日にも「誰かに喜んでもらえる」そんな仕事をさせてもらってることを、本当にありがたいと思う。
家のことになかなか協力できず、妻には散々迷惑をかけるが、僕が今お客様から受けている喜びと感謝を、いずれ一緒に共有しながら歩いていけるようにしたい。
それが一番の幸せだと思うから。
感謝。