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がん免疫療法はなにがすごい?

2010年に父親が胃がんで亡くなりました。それ以来がん免疫療法の記事をアップしていましたが2022年8月に私自身が膵臓がんステージ4を告知されました。

岐阜での滞在を終えて横浜市に帰ってきました。


明日からが

本格的な「闘病生活 実践編」です。


岐阜での3泊4日は
とても充実したものでしたが

「非日常」でした。

日常に戻って果たしてどれだけ
「非日常」で得たものを
実践できるのか?
実行できるのか?
究極は
「がんの自然消滅に結びつくのか?」です。

今回は「岐阜滞在の欠点」
もしくは
リンク先ブログを見て、
今後、岐阜滞在を考えている人も
いらっしゃると思うので
「岐阜滞在には向かない人」に関して
記事を書きました。

このブログは
治療、闘病部門なのであまり詳しくは書きません。
興味ある方は以下リンク先へどうぞ。

 


 

岐阜滞在が3日目になりました。

スタッフの方は皆さん優しいし、

親切だし

それでいて

それぞれの役割分担は

皆さんしっかりこなされています。

 

朝ヨガはヨーコさん、

ヨガの後は天外さん瞑想タイム、

そして朝食です。

この部屋でみんなで頂きます。

入院、闘病生活部門なので

アメブロではあまり

岐阜滞在の詳しい記事はかきません。

興味ある方は

リンク先へどうぞ。

 

 

 

 

 

入院・闘病生活部門なので
こちらのアメブロの方では
今回の岐阜での生活に関して
あまり詳しくは書きません。


気になる人はリンク先にお願いします。

 

 

ただ

ここ1ヵ月の経験から
がんの闘病生活に
「こころがいかに大きく影響するか」と
いうの実感しています。


そういう意味で
岐阜での心のケアも
がんの闘病生活の1つなのです。


 

がんの告知が8月下旬
膵臓癌の確定診断が9月の上旬だったので
がんの告知から約1ヵ月半経ちました。

がんの告知の前と後では

心境が全く変わりました。
治療法を探したり

膵臓がんの余命を調べたりと

言うのは極々初めに大体検索し尽くしました。

その後は
膵臓がん末期から復活した人がいるのか?
その人たちはどういったことをしていたのか?
つまり
もっとも余命の短い膵臓がんを
いかに寛解させるかに全て集中してきました。

そしてとった行動は
自然と「自分の内面にも目を向ける」と
言うものでした。

書籍は十数冊一気に読みました。
また後日紹介します。

その中から特に心に響いたものを
深く掘り下げ
また内面を見つめ直すといった作業を
日々繰り返しました。
今も続けています。

またがんになったことで
家族を始め
周りの人たちの協力もあり
出会う人たちが変化しました。

がん告知前では考えられない変化です。
昨日はヨガ界の大先生に直接
指導をして頂きました。

また今日からは
一人で岐阜県にきています。


いずれも自分を見つめ直す良い機会です。
また記事にします。

 

2022年8月下旬
治療方針を決めるときに
実は2つの臨床治験に参加しました。
1つは現在参加している
「3つのグループを比較する臨床試験」です。

 

 


そしてもう一つは
「リキッドバイオプシー」です。

リキッドバイオプシーとは
血液を余分に3本× 5ミリリッターほど取り
がん遺伝子やがん抑制遺伝子に関する
変異型を調べると言うものです。

3週間かかるとの事だったので
ちょうど前回の9月27日に結果をいただきました。

臨床治験といっても
前者は金銭的なメリットは全くありません。
一方、
後者は無料と言う
大きなメリットがあります。

結果、
私の場合90%の膵臓がんの患者さんで変異が見られる
KRas遺伝子に変異が見られました。

そして
この変異の形もわかるのですが
それに合わせた臨床治験も同時に
情報としてついてきます。

ただ今回は残念ながら
フェイズ1もしくは2で
しかもアメリカで行われている
臨床治験しかありませんでした。

KRas遺伝遺伝子に変異があると
普通の細胞よりも
グルコースを多く取り込みやすいと言う
性質に変わります。

私の息子は普段から
めちゃくちゃ早喰いなので
ゆっくり食べるように言うのですが
あまり効果がありません。

そのため今回のこの結果を話して
あまり早喰いだとがんになるかもよ。
と冗談ぽく言っておいたところ
効果絶大でした。
ニコニコ


それはさておき
お父さん、お母さん、
またおじいちゃん、おばあちゃんが
がんだった人

またはがん家系だと思われる方には
遺伝子検査はおすすめです。

今回のリキッドバイオプシーは
まだ臨床治験ですが
「遺伝子パネル検査」といった保険適用の検査があります。

すい臓がんの場合には
約10%とかなり割合は低いですが
チェックポイント阻害剤などの
免疫療法が効果的に効く可能性があります。

すい臓がんの場合には
標準治療を行った方が
遺伝子パネル検査保険適用だったと思います。
主治医に確認した方が良いです。

 

 

 

がんセンターの1階
採血の場所は朝から人でいっぱいです。
200人ほどの人が待っています。
私もその中に入りました。

番号呼ばれるまでの間は
横のカフェで待機しています。
ここのカフェは

ソーセージとチーズの焼いた香りが

とても幸せな気分になるのです。

ニコニコ

20分ほど待つと番号が呼ばれました。
今日の看護師さんはとても上手です。
全く痛くありませんでした。
感謝です。

また先程のカフェに戻り

ブザーが鳴るまで
妻と今日の決断について最終確認を行いました。

9時30分そろそろ呼ばれる頃です。
ブルブルブルブルブルブルと

ブザーが鳴りました.

 

「2階Bー2に来てください」

との連絡です。

診察室に入ると主治医のもとには
すでに血液検査結果が出ていました。


まず血液検査結果について
「炎症マーカーが下がってますね。」
うれしい。

ニコニコ


「抗がん剤の影響で
血球系の数は下がってますが

あまり気にしないでください。」とのことです。

「体調はどうですか?」と聞かれました
いよいよです。

以前の1回目の抗がん剤治療で
副作用はたくさんあるのですが
痛みがなくなったこと。

現在

体重が元に戻っていないため
体力がない事を話し
そのまま本題に入りました。

「実は相談がありまして…
今日の2回目の抗がん剤治療を
延期したいのですが…。」


穏やかな主治医の顔が
厳しい表情に変化しました。
ついに言ってしまった。
もう後戻りはできません。

 



試験のプロトコールから外れて
ご迷惑をおかけする事
抗がん剤による免疫系へ
のダメージが大きい事を話をしました。

 

その後、主治医は
2回目の抗がん剤治療延期するなんて
あり得ません。
少なくとも3クールは皆さん行っています。
とのこと。


重い沈黙が1分ほどありました。


主治医は

私と妻の顔を交互に見ていますしたが
私は主治医の顔をじっと見ていました。
妻がどのような表情をしていたのかは
分りません。

後で

車の中で聞いたのですが
妻は主治医と目が合うたびに
私の方へ視線を送っていたそうです。

重い沈黙の後
主治医

「何十年診察をしてきましたが
あなたのような患者さんは初めてです。」


「エッ」心の中で驚きました。
みんな個人個人体調が違うはずなのに

標準治療に従って

治療を進めているんだ・・・。

 


医療を提供する側に立つと

これは当然のことかもしれませんが、
医療受ける側からすると
個人個人で体調や
抗がん剤治療効果も変わるので
柔軟に対応してほしい。
 

私の考えは間違っているのでしょうか?
10年先の抗がん剤治療は
個人の体調に合わせた

治療に変わっているのでしょうか?
このような思いが

ドッと頭の中で湧いてきました。

数秒後、
主治医から
「あなたがもう決断しているなら

時間の無駄になりますので

話し合いは終りにしましょう。」

「ただし

標準治療じゃないですから
お分かりかもしれませんが
リスクは非常に高いですよ。」
と告げられました。

私は一言

「はい」とだけ答えました。

さらに

「次回の血液検査と

造影CDの予定は
あなたが決めてください。」
と言われました。


最悪の場合
主治医から追い出されるかと
思っていたので
この言葉には少し救われました。


血液検査が10月11日
造影CDは

その次の週になることになりました。

その後
以前受けていた

もう一つの臨床試験(また後日記事にします)
リキッドバイオプシーの結果を聞き

結果を印刷してもらいました。

重苦しい診察室を後にして、
「今回の決断でよかったんやな?」と

自分の心に確認するように

妻にも尋ねました。

妻曰く

「良かったんちゃう
〇〇(私の名前)が決めたことやし。」

私も妻も

少し

こころと足どり軽く
外来抗がん剤治療室の横を素通りし
車に乗り込んで帰宅しました。

帰宅後
やはり疲れていたのか

体がだるく
30分ほど昼寝をしました。
がんとの本当の戦い(できれば寛解)は
いよいよこれからです。

(つづく)

9月22日は抗がん剤後

初の検診予定でした。

 

しかし

息子が前日にコロナ濃厚接触者と

なってしまいました。

息子に発熱などの症状は

特にないのですが

一応PCR検査を受けないといけません。

 

そのため

がんセンターに連絡したところ

22日の受診はキャンセル。

代わりに9月27日になりました。

 

 

第1回目の抗がん剤治療が終了したのが

9月10日です。

9月27日は受診後に

第2回目の抗がん剤治療を外来で行う予定。

 

既に左胸にポートが付いているため

約50時間の抗がん剤治療を

自宅で首にぶら下げてやるわけです。

 

不自由ですが

入院よりはかなり負担が少ないはずです。

しかし私の中では

ここで重大な決断で迷っていました。

「2回目の抗がん剤治療は延期してもらおうかな?」

 

薬の効き目もそうですが

抗がん剤治療の効き目も

人によってまちまちです。

 

私の場合にはさいわい

抗がん剤治療後

左背中の痛みがなくなり

食事も少しずつですが

食べられるようになりました。

 

副作用は色々と襲ってきましたが

第一回目の抗がん剤治療をしていなければ

今頃、ひと口も食事ができず

衰弱して余命3ヶ月どころか

1ヵ月もたなかったかと思います。

 

そのため1回目の抗がん剤治療は

私にとって必要なものだったのです。

 

しかし

2回目の抗がん剤治療は

今は必要ないのではないかと

私のなかで漠然とした感覚がありました。

 

免疫力がボロボロになるからです。

でも・・・。

 

普通、

標準治療であれば

2回目の抗がん剤治療は

第一回目の2週間後に受ける予定なのです。

しかも今回は病院の実施している

臨床試験にも入っています。

先生にも迷惑をかけてしまいます。

 

9月27日の診察日までかなり悩みました。

抗がん剤を通常通り受けるのか。

延期してもらうのか。

 

そういう意味で

22日の受診日が

27日に変更になったのは

私にとって考える時間が増えたため

よかったです。

 

無事、息子のPCR結果は

陰性だったため、

予定通りに

27日に受診しました。

 

続く

9月10日に退院した後

血圧が上が90台と低いため

歩くとフラフラです。

しかも足の筋力が落ちているため

アパート3階までの階段がとてもきついです。

しかし

父親として子供の送り迎えは

何とかやり遂げたい。

 

エクササイズも兼ねて

ゆっくりですが

何とか父親の役目を朝と夕方

果たしました。

 

退院後3日目からは

抗がん剤の副作用のあらしでした。

 

まずは「腹痛」が始まりました。

相変わらず食事量が少ないので

便は出ない

しかし

お腹はキリキリと痛みます。

 

この腹痛が

何とか収まった後は

「肌感覚の鈍さ」が襲ってきました。

 

肌の感覚が鈍いだけなら

何とか耐えられると思っていたのですが、

私の場合全く寝付けず

2時間に1度の割合で

目が覚めてしまい

その後眠れなくなりました。

肌感覚がここまで睡眠に影響するとは

思っていませんでした。

 

授業で「ヒトの五感をすべてなくすとどうなるか?」

といった課題を出しているのですが

まさにこの感覚に近いものがありました。

 

とても不安で

ふわふわした感覚

とにかく落ち着かないのです。

 

実際に、50年以上前ですが、

カナダの大学で

学生にこの実験をした報告があるのですが、

すべての人が2日以内でギブアップ。

ただ、手袋、目隠し、人肌の気温の中で寝ているだけの

アルバイトです。

肌で外界を感じることが

安心感に繋がっているんですね。

 

現在、睡眠障害の人は

肌感覚の鈍さなども原因の1つかもしれません。

 

頭髪の毛の「脱毛」は

9月30日現在も続いています。

 

家族からはまだ見た目はあるから大丈夫と

言われていますが

かなり薄くなってきました。

ただ、

生きているだけで

髪の毛はどうでもいいと

言う気がします。

 

唯一抗がん剤治療で良かった点は

夜中に必ず起きていた

痛みが起こらなくなったことです。

これだけでもかなりストレスが減りました。

 

次の診察日は9月22日、

採血予定でしたが、

ここでまた予想外のことが起こりました。

(続く)

いろいろと皆様コメント
ありがとうございます。

この1ヵ月半
がん告知から抗がん剤治療と
目まぐるしく状況が変化しました。

仕事のほうも
8月12日以前とは劇的に変化しました。
家族は子供たちの教育のため横浜に住んでおり
私だけ単身赴任で6年間青森で働いていました。

今回、治療を家族のもとで行うために
また少しでも医療費の足しになるように
青森のほうの下宿はひき払いました。

抗がん剤治療の前に引っ越しは
速攻で妻と2人青森に行き終了させました。

ただ家賃は1ヵ月前に出ること言わなければ
いけないので9月いっぱい払い続けないと
いけません。
残念。

私の仕事は研究で
特に神経系の免疫をやっています。

そのため
以前からこのブログでは
光免疫療法の記事を
アップしていました。

心と体と免疫には詳しいのですが
自分の体のメンテナンスは
さっぱりできていなかったと言うわけです。

また
光免疫療法には詳しいのですが
残念ながら
膵臓癌には使えません。

さらに
本庶先生の開発したチェックポイント阻害剤などの
抗体薬も膵臓がんには反応が乏しいと言う
残念な結果があります。
そのため今回の抗がん剤治療に
飛び込んだわけです。

現在は診断書を提出して休職中ですが
授業は代わりになる人がいないため
オンラインで行っています。

 


かなり負担。

休職中も給与の1部が出るのですが
ボーナスがゼロになるためかなり痛いです。
しかし 少しだけでももらえるのは本当感謝です。
医療保険等は一切入っていませんでした。

がんから復活する人には
3つの「きん」があるといいます。
「筋肉」と「腸内細菌」と「お金」です。
私にはあるのは腸内細菌ぐらいでしょうか。

小さな賃貸アパートですが
妻と2人の子供の家族のもとで
治療が行えると言うのは感謝しかないです。

52歳(10月1日で53になります)ですが
先が全く見えない状況、
とにかく1日1日感謝で
過ごしていこうと思います。

明日は退院後(9月11日)から
現在まで(9月29日)の出来事を綴ります。
またまた濃厚な2週間でした。

最新の臨床試験はやめましたが

代わりに選んだのがこれも臨床試験です。

 

しかし

金銭面でのメリットはありません。

では

どうして選んだかと言うと

抗がん剤が

「飲み薬」になる可能性があるからです。

 

臨床試験のタイトルは

「転移または再発の膵がんに対する化学療法の臨床試験」です。

 

要するに

「現在の標準治療と抗がん剤飲み薬の比較」です。

グループは全部で3つ(A、B、C)です。

 

どのグループになるかは

コンピューターが選ぶとの事でした。

できればCグループの飲み薬になってほしいなぁ。

 

数日後先生から電話があり

結果はB群でした。

飲み薬の抗がん剤を希望していたのに残念。

_| ̄|○

 

B群は「フォルフィリノックス」です。

入院が9月6日

そしてまずは左肩にポートをつくります。

点滴が約50時間に及ぶため

血管よりもポートを介して点滴を

入れた方が負担が少ないからです。

 

先生曰く

「30分程度で終わる埋め込みだから

大丈夫ですよ」とのこと。

そもそも楽観的な私は

その程度かと思ってましたが

実際には「痛かった!」の一言です。

 

 

時間は確かに30分程度でしたが

痛みが強い。

局所麻酔はするのですが痛い。

何度も「痛い」と言うと

その度に

局所麻酔注射を

ブスと刺され

その時もまた痛い。

かなり苦痛の30分から40分でした。

ズキズキと左肩の痛みを感じながら

なんとかその夜は就寝しました。

 

9月7日から

いよいよ抗がん剤の開始。

それまでに体重が

普段から7キロ程度

おちていたので

体力的にかなり心配です。

 

吐き気を抑える薬を飲むのですが

一晩中気持ち悪くて眠れないかも。

退院予定もたたないし・・・

不安な中

約50時間の

抗がん剤治療が始まりました。

 

 

結果的に

幸い何事もなく抗がん剤の点滴が終りました。

しかし

この後の副作用が色々とあります。

 

1つ目は食欲不振です。

以前から1日20口程度しか食べれなかったのが

さらに食べれなくなりました。

体重はこの時点で約50キロです。

私は身長が179センチあるのでガリガリです。

 

がりがりの身体とポートを見てください。

 

 

こちらは抗がん剤治療後に出てきた病院食です。

こちらが食べ終わった後。

ほとんど食べれませんでした。

 

9月8日、9日はほぼベッドの上で過ごし

体調も安定していたことから

退院が9月10日の土曜日に決まりました。

 

退院当日

血圧上は90台

下は60台とかなり低めなのでフラフラです。

妻が車で病院まで迎えに来てくれて

ようやく退院することができました。

 

明日は

この間(2022年8月12から9月10日)に起こった

「仕事」「保険」「引っ越し」

などについて書く予定です。

 

多くの方に読んでいただきありがとうございます。