5年にわたる海外赴任を(旦那が)終え、子供達の通うアメリカ現地校が学年度末を終えてからのタイミングで本帰国しました。
そう、6月の事です…。
渡米した時から、私たちは数年後には帰国する。
これを心のどこかに感じながら日々過ごしてきました。
が、いざ帰国内示が来るととっても動揺しました。
そして軽く病みました。笑 ←いつもの事です![]()
一年半もの間子供達は完全オンライン授業で、お友達と遊ぶのもオンライン。
道路を挟んだ歩道の端と端でハロー!家族みんな元気ー?と挨拶する程度の生活。
対面の習い事も全てキャンセルとなり、私達は今どこで何をしているの?といった状態でした。
アメリカにいる間に行きたいとリストアップしていた場所への旅行もいつくも叶わず。。
ようやく感染者数が落ち着いてきて、学校も来年度からは通常に戻すよ!
旅行も州をまたいで隔離なしで行けるようになるよ!
と活気づいてきた矢先の帰国ですからねー。
悔しい![]()
一寸先は何があるか分からない。
行ける時に行く。
会いたい時に会う。
という事を、とーっても重く学びました。
しばらくジメジメウジウジしていましたが、そんなんしてる場合じゃなーい!と動き出しました。
とにかく子供達に楽しい思い出を残してあげたい。
悲しくなるからと先延ばしにしていたご近所さんやママ友さん達に帰国のことを伝え
ありがたいことにパーティーなんぞも開いてもらいました。
Sayonara Arigatoと書かれた手作りのタペストリーが飾られているのを見た瞬間涙腺崩壊です。
ワダジ!まだ帰りダグない!!!
もっとあなた達と一緒の時をスゴシタイ!!
ワタシタチ、あなたのファミリーダイスキ!!!!
5年前に渡米してきた時から全く成長することのなかった
カタコト英語のままで感謝と思いの丈を、マスクを涙と鼻水でビショビショにしながら伝えました。
お別れって慣れないですよね・・
近所に住むお友達とは親同士で協議して
密にならない公園やコミュニティ内のスペースで遊べるようにし
また、釣りをしたり、カヤックに乗ったり、ゴルフの打ちっぱなしに行ったり
テニスをしたり、行ったことのなかった大きな公園に行ってみたり
アスレチックができるところに行ったり
安全対策をとりつつもできるだけ外へ出ていました。
帰国寸前で気を抜いて感染したら洒落になりませんからね。。
子供達自身は日本に帰れると当初はワクワクだけでした。
長きに渡る自粛生活に飽き飽きしていたのと、
アメリカでは家を住みかえるということが日本より頻繁にあるようで
やはり学年の変わる夏休みの間に引っ越す方が多いけど
時期関係なく転出入が多かったし、子供達にも常々日本に帰る立場にあると言うことは伝えていたので、今度は自分たちの番なんだなとすんなり受け入れていました。
それでもやはり親友とも呼べるお友達と離れるのは寂しかったようで
またその親友も別れをかなり惜しんでくれて
最後の大詰め、荷物整理と段ボール詰め、大掃除で私が髪を振り乱しながら半狂乱になっている最中でもお構いなしにほぼ毎日遊びに来てくれました。ありがとう・・・![]()
ふとした瞬間、我が家の部屋が少しずつ空っぽになって行くのをジーっと黙って見ている親友君の後ろ姿を見て、胸がギュッとした。
いやもう、ほんとに、どうしたってくらい涙出るんですけど。
ところで、私の周りだけなのか分かりませんが
日本に帰国することになった。と伝えると、
え?なんで?あなたここ好きなんでしょ?
グリーンカード取ればいいじゃない。
現地の会社に転職すればいいじゃない。
とほぼみんなに言われました。
ジャパニーズサラリーマンの我が家には無かった選択肢です。