今日は完全に自己の日記、仕事に関する事。
ちょっと文章にまとまりがないです。
21時に仕事を終え、23時にはベッドに入ったが、
なぜか夜中2時に目が覚め、それ以降、寝れず数時間前まで働いていた、施設のS氏の事をふと思い出した。
ここ数日容態が急降下、昼間にPalliative(緩和ケア)になったS氏。
意思疎通はできず、全介助のS氏。食事介助の時はそれでも数日前までペースト食を食べてくれていた。
昼食時はいつもS氏の奥さんが食事介助に来ていた。
小柄で可愛い感じの優しい人。
奥さんも80歳そこそこのいい年で、S氏が座っていた大きめのリクライニングの車椅子を押すことが出来なかったので、
数回手伝って、食事のセッティングをしたり、簡単な会話をした事があった。名前すら覚えてないし、私の名前も奥さんは多分知らないと思うけど、お互いに面識はあった。
私の事はきっと、背が高いアジア人のケアアシスタントくらいにしか思ってないと思う![]()
昨日の私の勤務は、欠勤者をカバーしたため、イレギュラーで、13時15分までの日勤と、15時半からの夕方勤務。
夕方勤務なんてオリエンテーション以降初めてかも。
午前中に血圧が低いからとナースが、主治医に連絡していた。昼過ぎに主治医が来るとの事。気になりながらも一旦家に帰った私。
夕方職場に戻ると、家族が集まり看取りの体制になっていた。今夜が山かも。
夕方勤務は、夕食後は、ケアスタッフ二人で20人の就寝準備をする。寝衣に着替え、口腔ケア、トイレ介助おむつ交換。とまあまあ業務は盛りだくさん。
慣れない夕方勤務で段取り悪く働いていた私![]()
S氏の部屋から出て来た奥さんに、「枕をもう一つ下さい」と言われ、
枕って予備どこにあるねん!?パートナー休憩中やがな!
と一瞬焦ったがなんとか見つけて部屋に入る。
ドアを開けた瞬間、たくさん家族の視線が一斉に私に集まる。。うぅ、緊張![]()
気の利いた言葉もかける事が出来ず、あ〜、こんなとき日本語ならまだなんか言えるのに。。。こんな場面で英語でなにも言えない。と思いつつも、枕を渡す。
奥さんが、背中に枕を入れようかなと思って。て言ってる前で、お孫さんが枕を入れ始めたら、
奥さんが、彼女(pixie)に手伝ってもらったらと言ってくれたおかげで、私はS氏により近づく事が出来た。
家族の間をかき分けS氏の前に立った。
午前中は赤かった顔が、今は白いけど、なんだか笑ってる!
目も開いてる。
「幸せそうですね」
これが思わず私が発した言葉。家族に聞こえたかは分からない。というか、私の英語を聞き取ってもらえたかわからない。
幸せそうとか言ってしまった
今から死ぬ人に対して![]()
って、一瞬しまったかなと思ったが言ってしまったものは仕方がない。でも、いまから考えたら、別に大丈夫か、家族に囲まれて死ぬ。S氏は本当に幸せだったに違い無い。と思う。
背中に枕入れの任務を果たした私、振り返ると奥さんが涙目だった。
奥さんと二人きりなら、まだなにか言えたかもしれないが、
多くの親戚がいる中で、また私は何も言う事が出来ず、
奥さんの肩をそっと撫で、
「何か、他に用事があったらいつでも言って下さいね」と声をかけて部屋を出た。
超ポジティブな私の解釈だけど、奥さんは私に今までありがとうと心の中では言ってるような気がした。
S氏の部屋から出た時、スゴく懐かしい感覚がよみがえった。
救急で働いてた時に感じた感覚だ!
患者家族に、手浴を勧めたり、
その日の、面会時間外の患者さんの出来事や様子を伝えていた時の、家族の反応を思い出した。
今日は指がぴくっと動きましたよとか。
顔を拭いたら嫌がりましたとか。
家族はどんな小さな情報でも、私が話す内容を興味深く聞いてくれていた。
救急はとてつもなく凄まじい、殺伐とした現場でもあったけど、患者さんがみるみる回復していくのも見えて、やりがいのある職場だと思っていた。刺激的で、非日常の空間。
だから、私は救急が好き!って思ってたけど、それだけではなかった事に改めて気づいた。
死にゆく人達の、人生ほんの一部にでも関われる事。
家族にとって、患者にとって、あ〜、pixieさんって人がいたな〜。って思ってもらえたら嬉しい。
もちろん良い意味で。
あのpixieってやつ最悪やったなっ!![]()
とかは絶対なしで(笑)
ていうか、私が2時に目覚めたのって、もしかしたら、今、
S氏が天国へ旅立ったんじゃないよね?
私に何か伝えたかったとか?
今度出勤した時に死亡時刻確認して、2時だったら恐いやろ
でも、なんだかそんな気がする。マジで。2時って丑三つ時やん![]()
今、私は4つのフロアで不規則に働いてるので、毎勤務S氏をみるわけではない。しかも、S氏がいるフロアはちょっと個性の強いケアエイドが多くて、最近避けていた私
だったけど、昨日久しぶりに、そのフロアで働き、S氏とS氏の家族と関わってこんな懐かしい感覚を思い出させてもらえて、ありがたかったなあ〜。と思えた。
今度、看取りそうな人がいた時は、もっと何かアプローチ出来るように、英語も根性も鍛えとかなあかんな。と。
今頃空の上にいるS氏。
いや、まだ亡くなってないかもしれないが、おそらくもう会う事はないと思う。
ある人は自宅で死にたいと言うかもしれない。
病院や施設は嫌だと。
先週亡くなった別の入居者A氏。
私は勤務中ではなかったが、
聞いた話によると、家族は病院に行くのを否定したらしい。
積極的治療を望まないという理由もあっただろうけど、
「ここ(施設)がAの家だから」と言っていたらしい。
確かに、日本の施設とカナダの施設の違う所は、
カナダはほとんどが個室で、部屋には家族の写真や思い出の品であふれ、家具の持ち込みまでOK。だから、長年使用したイスやタンス、ベッドカバーなど持ち込んでいる人もいる。一人一人部屋に個性があって、確かに、ここが家だから。という家族の気持ちも分からなくもない。
A氏の家族がここが家だからと言ってくれた事は、
勤務者にとっては嬉しい事。家のようにあたたかい、落ち着ける空間を提供出来ていると言う事。(と信じる)
またそんな言葉を聞けるように仕事も頑張ろう。
話が逸れて、まとまりのない文章になったけど、
S氏とA氏のご冥福をお祈りします。
あ、だからS氏の死はまだ確定してないって![]()