あと数時間で40歳を迎える。
この大きな節目前に、
孤独になって徹底的に自分に潜る時間を持てたことは、本当に大きなギフトだ。
こんなの、狙って出来ることじゃない。
たった1ヶ月半。
だけど、
自分の感覚が大きく変化したのを感じる。
自分の人生の中心にいるのが
自分になった。
そんなの当たり前のことなんだけど、
その当たり前が
私には分からなくなっていたのだ。
別れてすぐの時、
これからは自分のことをしよう!と思った。
自分のやりたいことをしよう、
自分に時間もお金もかけてあげよう、
楽しいことしよう!
そう思った。
でも、頭でそう思ってみても
心が全然付いてこなかった。
旅行?美容医療?美味しいもの?
本?映画?自然?動物?可愛いもの?
そんなの全然欲しくない。
何にもわくわくしない。
彼がいなかったらそんなの何の意味もない。
そんなふうにしか思えなかった。
彼を人生の中心にしてしまっていた私は
彼がいなければ、楽しいことを楽しいと感じることさえ出来なくなってしまっていた。
だからもう無理に何かしようとするのはやめて、
とにかく「今」の自分の気持ちに
寄り添ってあげることだけを、
毎日毎日繰り返していた。
私は何よりもまず、
自分を取り戻さないといけなかった。
でもそんな毎日の中でも、
「私の人生は常に今より絶対よくなる」
「私の人生は右肩上がりにしかならない」
という気持ちだけはブレずに持っていた。
今思えばそれが唯一、
決めていたことだったなぁと思う。
自分で決めたことは必ずそうなる。
もうすぐ満月。
今日、これからやりたいことを
ノートに書き出したりしていた。
たくさん出てきた。
書きながらとてもワクワクしていた。
1ヶ月半前の、
「彼がいなかったらそんなの何の意味もない」
なんていう気持ちは、もうどこにもなかった。
隣に彼がいてくれたらとても嬉しい、
でも彼がいなくても私は楽しめる。
自然とそう思えていた。
彼を思い浮かべた時に出てくる思考も、
感情も、体の感覚も、
別れてすぐのときとは全然違う。
苦しくて息が浅くなって、
ナイフで胸をえぐられるような感覚。
そんなものはもうない。
だからと言って、
どうでも良くなったわけではない。
忘れてしまったから平気になったわけではない。
大好きな気持ちも、
会いたい気持ちも、
愛おしく思う気持ちも、
何も変わらない。
変わったのは、私の在り方だ。
この期間で私は、
べったりくっついていた私の人生と彼の人生を
引き剥がすことができたような気がする。
今までは
粘着テープのようにべったりとくっついていた。
それを少しずつ剥がしていって、
今はそれぞれ独立して立ってる感じ。
この状態が健全なのだと、今ならわかる。
私は私、彼は彼。
当たり前のことだけど、
べったりくっつきすぎていたときの私は
境界線が分からなくなっていた。
だから、自分を見失っていた。
私の人生の中心にいるのは私だ。
私の世界で一番力を持っているのは私。
私の世界を創っているのも私。
彼がいるから私がいるのでない。
私がいるから、
彼という存在も私の世界の中にいるのだ。
私ありきなんだ。
そこからしか、なにも始まらないんだよ。
今日は久しぶりにまた
temuで買ったシールが届いた。
可愛くてときめく
今世使いきれないくらいあるのに、
来世分まで買ってしまったよ
まったく…
こんなシールとかも
別れてすぐはゴミにしか見えなかった。
世界から色が消えたような気持ちだったから。
本当に、何にもわくわくできなかった。
でも、
今の私はまたキラキラした世界を見ている
ちゃんとときめく気持ちも戻ってきた
自分の中心に自分が戻った私で、
40代の幕開けができることを嬉しく思うよ
何でもしよう。
何でも叶えよう。
自分で選んで決めて、何でも創造しよう。
40代、楽しむぞー
