毎日がすごい速さで過ぎていく。


もう4月?

ついこの間までコートを着ていたのに…



桜もあっという間に散ってしまって、

気付けば春はとっくに始まっていた。







先週、雨が降る前に

桜の見納めに行ってきた。



満開の時期は過ぎてしまっていたけれど、

葉桜も綺麗だ。


青空に映えるね。




植物園は平日だというのに、

桜の周りだけ人でごった返していた。







ふと足元を見ると、たんぽぽ。


君も綺麗に咲いているね、と

しゃがんでそっと触れてみる。




そのまま目線を上げてみると、

上を向いて歩く楽しそうな人たち。


日差し、眩しい。


ぶわっと吹き抜ける風。


淡いピンク色の花吹雪。






途端に

なんだかとても自由な気持ちになって、

立ち上がるとぐんぐん歩いた。





「私はこの足で歩いてどこまでも行ける」


一人でたくさん歩いているとき、

私はいつもそう思う。


ちょっと無敵な気持ちになる。

ふふふ、と嬉しくなる。




車も自転車すら持たない私は、

どこへ行くのも徒歩だ。


…まぁ、電車には乗るんだけどね。









この日も、

日焼け対策を怠ってしまった私は

早々に切り上げて最寄りの駅まで電車で帰った。





喉が渇いて、空いてるカフェに入る。



こんなことが、

ほんの数年前の私にはできなかった。


歩いてどこまででも行けるのに、

一人荒野を歩き続けることはできても

人の集まる場所に立ち止まることができなかった。



怖いことが、とにかく多かった。





たった数年前のことだ。


びっくりする。









何にも変わっていないように見えて、

変わっている。


私も、世界も。




でももう、

いちいちそんなことを確認することにも疲れた。




今はただ、

目の前で移り変わっていくものも、

留まっているように見えるものも、

ちゃんと見ていたい。


感じていられたらそれでいい、と思う。










桜の回廊を抜けた先には、

一際色の濃いピンク色の花が咲いていた。



じっと見ていたら、年配のご夫婦に

このお花の前で写真を撮っていただけますか?

と声をかけられた。




かざしたスマートフォンの中で

二人は優しく嬉しそうに笑っていて、

私はそれだけで胸がいっぱいになった。








森山直太朗の「太陽」という曲の中に、

こういう歌詞がある。




花咲き誇るこの小さな列島(しま)に

これ以上何を望みますか

殿様じゃあるまいし




私はここがとても好き。



この部分を聞くために、

この曲を何度だって聴いてしまう。






大切なものを私はいつだって忘れてしまうから、

また1年経ったら桜は咲くんだろう。


たんぽぽも咲くんだろう。




そうして私に、

思い出させてくれるんだ。


この気持ちを。


いちばん、大切なものを。











入場料が必要な本屋があることを知ったのは、

何年前だろうか。



本屋に入場料?

立ち読みするのにお金がいるの??

でもカフェとかもあるんだ…!

なんかわかんないけど面白そうおねがい



調べてみると

それは東京と福岡にしかないらしく、

いつか行ってみたいとほんのり思っていた。




しかし2024年、

3店舗目が名古屋に出来ると聞いて

私は心躍った。


こんな近くに!できたら絶対行く!

そう思っていた。




…のですが、

そこから早2年が経とうとしているのです昇天



歩いていけるような場所にできたのに、

私は2年間一体何をしていたんだ。


いつでも行けると思うと行かない。

あるあるですよねぇにっこり




そんな私には今、絶賛読書ブームが来ていて

「行くなら今しかないだろう!」

と突然思い立ち、昨日行ってきましたお願い




行ってきたのはこちら、

文喫 栄ですコーヒー



入場料を払うと、

フリードリンク付きで約3万冊の本が

読み放題になりますキラキラ


セレブリティな図書館、

みたいなイメージでしょうか照れ





中はエリアが4つに分かれているのですが、

私が昨日ほとんどの時間を過ごしたのは

このエリア乙女のトキメキ




ハシビロコウというエリアで、

ドリンクはokだけど

食事や会話は禁止になっています。



なので、ここにいる方は

一人で静かに読書されてる方ばかりだったので、

私もここでひたすら本を読みましたおねがい




ルイボスティーをお供に




私はエッセイが好きなんですが、

この席の前がエッセイの棚になっていたので、

わああああいラブって感じでしたキラキラ




読みたかった本があれもこれも全部ある!!



買っても積読になっちゃうしなぁ。

でも立ち読みじゃあんまり読めないしなぁ。


そう思って保留になっていた本たちが

みんな棚の中に並んでいたので、

つまみ食いのように

つまみ読みを存分に楽しみましたニコニコ




いっぱい持ってきてちょこちょこ読む幸せキラキラ



エッセイは

続きが気になるー!とかがないので、

こういう読み方ができて楽しいですニコニコ



とはいえ、どの本も素敵すぎて、

買って読みたい!っていう本が

ただただ増えただけなんですが…笑い泣き





私は今回は2時間滞在して、

7冊ほどつまみ読みしましたピンクハート



料金は2千円弱だったので、

まぁ高いといえば高い…かも。




でも金額は天井が決まってて、

3千5百円くらいで終日いれるみたいだから、

次回は午前中に来て夜まで一日中ここにいてもいいかも照れ



中にはカフェもあって、

ご飯も食べれるんですよーおねがいハート



昨日は

カフェで楽しそうにおしゃべりしてる方々や、

パソコンでお仕事してる方など、

いろんな人がいました。





次回は私もぜひ

カフェでご飯を食べて見たいですおねがい





本に集中しすぎてルイボスティー1杯しか飲まなかった…!




なんだかめっちゃ文喫の宣伝みたいな記事になってしまったんですが、

ただの個人的な感想ブログです泣き笑い



でも、行ってみたいなーって思ってる方の

参考になれば嬉しいですキラキラ





ちなみに私、

家には20冊以上の積読本があります笑い泣き


それなのに外で違う本を読んできちゃう…笑




でも、あの「本を読むしかない空間」で

ひたすら本に囲まれて本を読むっていうのは、

本好きにはたまらない時間でした照れ






私はやっぱり本が大好きですピンクハート







先日、愛知県美術館で開催されていた

ゴッホ展へ行ってきましたカラーパレット




私に美術館に行く習慣はないのですが、

父の友人が香川からわざわざ名古屋まで見に行ったという話を聞き、

それならせっかく近くでやっているし、と思ってなんとなく行ってみたんですにっこり




とはいえ、慣れないことはドキドキおねがい


美術館で絵画鑑賞なんて、

子供のときに親に

連れられて行った以来じゃないだろうか…。






今回の展示は、ゴッホの絵だけではなくて、

彼を支えて世に広めた弟テオやその妻ヨー、そして二人の息子エンジニアにもスポットを当てた見せ方になっていて、とても面白かったです照れ



私のゴッホの知識は「生きていた頃は作品が評価されなくて、最期は拳銃自殺をした」くらいしか知らなかったので、

音声ガイドもレンタルしましたキラキラ







絵を見ていてまず感じたのは、

「今しっかり見なきゃ」という気持ちでした。



絵画はもちろん撮影禁止。

なので、撮ってあとで見返すということが出来ません。


故に、目と心に焼き付けるしかなく、

ひとつひとつの絵をじっくりと鑑賞しました。




それがとても新鮮で、

とてもいい時間だったんです照れ





最後のこのイマーシブコーナーの映像だけ撮影okだったキラキラ





今ってなんでも撮れるし、

なんでも保存できちゃう。


だから、あとで見ようって思ってとりあえず保存しとくってことが多い気がします。


でもそういうのって、結局見ることがなくそのままになってたりするんですよね。





ゴッホの絵だって、

あとで見ようと思えばきっとネット上にいくらだって出てくる。


でも、じっくり見た目の前にあるその絵たちは

ネット上の絵とは全然違う、と思った。



ゴッホの絵は何度も重ね塗りされた油絵で、

筆を走らせたあとが盛り上がってとても立体的だった。


ひとつひとつまじまじと見た。





美術のことはよくわからないけど、

イヤフォンで解説されるゴッホの当時の心境と重ねて見ると、ゴッホの必死さというかそこに注ぎ込んできた思いを感じてとても心が震えた。







特に印象的だったのは、

「種まく人」。



こちらはパンフレットの写真より。



これはミレーの種まく人をゴッホが模写したものが元になっている絵なんだけど、

ゴッホは種を「神の言葉」と捉えていたそう。


私はそれにとても感動した。




ゴッホは農民をたくさん描いている。


繰り返される農作やそれを行う農民を

尊く大切に思っていたこと。


そして、そのありふれた日常の中に

「神の言葉」を見て表現したこと。



それは、神とは特別なものではなく

ごくありふれた日常の中に宿っているということだ。



ゴッホの絵からは、全てを通して

自然やありふれた日常への敬意が伝わってくる。


生命力や躍動感、そこにいつも神はいて、

ゴッホが見ていた世界はとても美しいと思った。



種まく人も

種をまくという地味な作業をしているけれど、

大きな太陽に神々しく照らされて

希望に満ちているように私には見えた。







私は前回のブログに

「今とは種のようだ」という話を書いたけど、

それともセレンディピティだ。




今とは種、種とは神の言葉。

それなら今には神がいて、

そこには今までの全てが集約されていて、

そこから全てが広がり育っていく。



ゴッホのこの一枚一枚の絵にも

たくさんのゴッホの思いが集約されていて、

その絵を見てインスピレーションを受けた人たちが、またたくさんのものを生み出し、世に広げてきたんだろうと思う。



そう思うと、

過去も今も未来も全ては繋がっていて、

そこに神はそっといる。いつも。


壮大だ。










なんとなく行ってみたゴッホ展でしたが、

得られたものが多くとても素晴らしい時間でした。




お土産コーナーで栞を買ったので、

早速ゴッホにまつわる本も2冊書いましたピンクハート




ゴッホの栞を挟みながら読むんだ照れ







あー、素敵な時間だったな乙女のトキメキ


美術館また行こうっとおねがい








ブログで新企画始めますピンクハート



きっかけは先日、舞さんから

「交換エッセイしてみない?」とLINEをいただいたところからスマホ



舞さんと初めてお会いした時ハートもう4年前…!



私たちは二人とも文章を書くことが好きで、

お互いにお互いの書く文章が好きなんです。


そして意外と共通点が多かったり、

考え方が似ていたりするのですハート


でも、

表現の仕方とか実際の行動だったりは

全然違っていたりして。



なので、

そんな二人が文章で思いを交わしていったら面白いんじゃないか…?と

舞さんからご提案いただいて、

私もわくわくしたのでやってみることにしましたニコニコ




コンセプトは「大人の交換日記」おねがいピンクハート




毎回テーマを決めて、

お互いに思うことを"相手が存在してること前提"で、自由に書いていきます照れ



まだ私たちもどうなるかわからないまま

手探りで始めてみようということになったので、

その辺も楽しみながら読んでいただけると嬉しいですキラキラ




では早速本題に入っていきますねウインク


第一回目のテーマは「今」です乙女のトキメキ







洗い物をしながら

YouTubeを流し見している。


チラチラと画面を見ながらお皿を洗う。


気づいたらシンクの中は空になっていて、

とても効率的だ。



ご飯を食べる時もYouTubeを見ている。


お魚とお米を食べながら、

スイーツを食べている動画を見る。


頭の中はもう、この後のデザートのことに意識が向いている。

コーヒーとあのチョコレートを食べよう、と


気づいたらお皿は空になっていて、

とても効率的だ。




意識をどこかに向けている間に、

気づいたら目の前のことが終わっている。


コスパタイパが重要視されるこの時代では

それはよくある日常だ。



何かをしながら別の何かを取りに行く。

マルチタスク!

効率的!

時間の有効活用!


そうやって、私たちは時間を増やそうとしてきた。



では

その時間で得られたものはなんだろうか?


寝る前のSNS時間?

はたまたドーパミン大放出のゲーム時間?



そのSNSやゲームを見てる間だって、

テレビやYouTubeを耳で聞いていたりする。


とにかく詰め込んで詰め込んで、

目も耳も頭もフル活用だ。




それが当たり前。

それが今の時代。


有益な話を聞きながら、

無意識にSNSのおすすめをスクロールし続ける。


なんか疲れた。

でも、手が止まらない。

頭はぼんやりしてる。

あれ、今何の話してた?

聞き逃したかも。

あー、これ可愛いな欲しいな。

ここで売ってるんだ、へぇ。

あ、また今のとこ聞き逃した、10秒戻して…。




ある日、唐突に嫌になった。

なんだかとても苛立っていた。

うるさい、と思った。



その日を境に、ながら聞きをやめた。

ご飯を食べながら何かを見るのもやめた。




今目の前の食器洗いにだけ集中する。


お湯の温度、

泡の感触、

水の音。


頭はこの後のことを考えていたりもするけれど、

それは私の人生のことだ。


知らない誰かのビジネスの話でも、

知らない誰かの恋愛観の話でもない。




アイスクリームを食べながら

ぼんやりと部屋の中を眺めていた。


視線をふと本棚に移すと

ずらりと並ぶたくさんの本。


そうだ、まだ読めていない本がこんなにあった。


最新のSNSなんて見なくても、

見たいものを私はもう過去に集めていたのだ。




クローバークローバークローバー




「今」という言葉は説明が難しい。


どれだけの長さを「今」として切り取っているのかも、人によって違う。



私は、限りなく点をイメージする。


今とは点。



そう思うと、そんな小さな点にあれもこれもと詰め込んだところで爆発してしまいそう。



だけど一方でその点には、

ものすごい情報量が詰まっているとも思う。



それを想像したとき、

私は今という点は種みたいだと思った。



種。


その小ささな一粒の中に、

何億年もの過去の歴史が蓄積されている。


そして、

これから芽吹くであろう未来の葉や花や実も

すでにその小さな一粒の中に秘められている。





「今」という一瞬の点には

過去も未来も全てが含まれている。


見えないけど、確実に存在している。



「今」は全てを知っているのだ。

もうすでに。


だから、

そんなに動き回って

ガツガツ取りに行かなくてもいいのだと思う。

点の外側にあるものを。


だって花はもう、内側にある。



私たちにできることは、

今ここにある種に水を与えてあげること。

太陽の光を当ててあげること。

適度に。


タイパ重視に1年分の水を一度に与えれば、

種は死んでしまうから。




「今」に全てがあるのなら、

「今」にとどまることが

結果的には一番効率的なんじゃないかと思う。



過去への扉も

未来への扉も、

「今」という場所からしか開けないんだもの。



でも、

本当に「今」を感じることができたなら

効率なんてどうでもよくなるんだ、本当に。




クローバークローバークローバー




私はそれを、

ここ2年くらいの実家との行き来で知っていった。



実家との行き来なんて、

時間のロスだと思っていた。


進めたい仕事が滞る。

一人の時間も減る。



母は言ったそばから何もかも忘れてしまうし、

私の話なんてもうほとんど理解できない。


大変なことばっかりだ。

なんでこんなことに。



はじめのうちはそんな気持ちばかりだった。


何度も同じことを聞いてくる母に

苛立ったりもしていた。




でも、次第に

実家にいる時間に心癒されている自分に気づいた。



母は相変わらず同じことを何度も聞いてくるし、

服だって一人じゃ着れない。


大変なことばかりなのは変わらないけど、

私の気持ちは確実に変化していた。



なぜ?


それは、

「今」にいる時間が増えたからだ。




母が「ほら」と指差した先にある赤い花。

母が「あ」と見上げた先にある白い月。


私が料理をしていると、

「見て見て」とその辺にあるネコの人形やらクマのぬいぐるみやらを、何度も持ってくる。


そんな時の母はいつもニコニコ嬉しそうだ。




私はその瞬間忘れてしまう。

夢を実現させるんだと意気込んでいた気持ちも、

お金を稼がなきゃと焦っていた気持ちも。




遊んで欲しいピッピと母




認知症は、

「今」しかなくなる病気だと思う。


一秒前の点は意識から消えてしまう。



今の母は、

今目の前のことをいつも見ている。



そんな母と一緒にいると、

「幸せ」っていうものは

今この瞬間にしか存在していないものなんだと思い知る。



明日の予定をどんなに魅力的に話しても

母はピンとこない顔をしているけど、

実際にそこにいくと嬉しそうに笑っている。



「今日の夜ご飯はハンバーグだよ」と言っても、

10秒後には

「今日のご飯どうするの?」と聞いてくるけど、

実際にハンバーグを口にした母は

「美味しいね」と微笑んでいる。




感じることは

ほんとうに今しかできない。


そして、幸せとは感じることなのだ。




未来に描く幸せも大事だけど

それはアドレナリン的な幸せで、

本当にじんわり浸透していく幸せって

今にしかない。



そして今じんわり浸透した幸せは

たっぷり水を吸収した種のように、

未来に美しい花を咲かせる。






私は実家との行き来が始まったおかげで、

時間をロスするどころか

なぜか仕事が前に進むようになった。



マルチタスクもやめて、

実家に行く1週間はパソコンとも離れて、

母とのんびりおやつを食べているだけなのにね。






不思議だけど、ほんとの話。


そして、

分かる人には分かる話。











私のターンはここまでです照れ



次回はこれを受けて

舞さんがブログでエッセイを書いてくれますピンクハート





それでは、よろしくお願いしますニコニコ







おやつにフレンチトーストを作った。



おばあちゃん家からもらってきた

レトロ可愛いお皿は、

フレンチトーストにもぴったり照れ




食べながら見ていたのは、

「PERFECT DAYS」だ。





この映画については、

前にブログにも書いた。



とても美しく、大好きな映画。




トイレ掃除のシーンがとても多いので

フレンチトーストを食べながら見る映画ではないのかもしれないけど、

不思議と嫌な気持ちにはならない。



本当に心地よい、

見てるだけで幸福になれる映画です。





いいなぁ、こんな生き方…と思いながら、

私もわりと今、これに近い感覚で生きているのかもなぁと思った。



役所さんが

木が揺れてるのとか日差しとかを見てふっと微笑むシーンがいくつかあるんだけど、

それだけで幸福を感じられる人生って豊かだよね。




私も、

今お部屋にチューリップがあって。



ふと目に入るだけで笑顔になる。


可愛いなぁ、幸せって思う照れ







今日、舞さんともzoomで話していたんだけど、

みんなもう疲れてる。


AIのコピペだらけになったSNSにも、

情報過多の動画にも、

何かを目指してバリバリすることにもショボーン




時代はもうすぐ、

太陽の時代から月の時代へと切り替わる。


輝くまばゆい光ではなく、

あたたかく優しい光の時代が来る。




それはきっと、

大きな成功や派手なものに心躍る時代ではなくて、

何気ない草木の尊さに

スポットを当てられるような時代なんだと思うクローバー






最近私は、動画を"ながら聞き"するのをやめた。



耳が空くと、

自然と生活音を拾うようになる。


水の音、

自分が歩く音、

洗濯物を干す音、

ひとつひとつに耳を傾けると心地いい。


その瞬間、いとも簡単に幸せが訪れる。





お風呂も最近はまた電気を消して入っている。至福。








舞さんとは、

今回新たな試みをしてみようと提案してもらって、

その打ち合わせをしていましたおねがい



近々、私のブログでお知らせします。


お楽しみに照れ