きのうのブログの続きみたいになるけど

 

困った状態にあるとき

 

は求めていなくても

 

親切心からアドバイスを受けることがある。

 

 

他人軸から自分軸になって

 

だいぶ感覚が研ぎ澄まされて

 

少しずつだけど

 

自分は自分で良いのだと言う事を落とし込めてきた。

 

 

こんなことがあったよ。

 

結構年配の男性で「これからあなたが生きて行く上で良い事を教えましょう。」

 

と言われ聞いてみたら

 

飲み物のマークや、お花の飾りや正面になるものに気を使い

 

それができる人を厳選して付き合っていくと世界が変わっていきますよ。

 

私「????????」

 

なんで?どんなふうに?何が変わるの?超違和感。

 

なんとか老人みたいな、おじいさんの教えなんてなんとなく聞きたくなっちゃうけど

 

正面が分かる人は確かに素敵かも知れないが

 

正面が分からない人は悪みたいなジャッジすごく嫌な気持ちになる。

 

お箸をもてない人は育ちが悪いみたいなね。

 

私の親も「お箸位きちんと持てないとバカにされるよ!」って言っていたけど

 

東大卒でお金持で仕事できるギャグのセンスも抜群で感じのいい人がお箸もてないのを見たことがある。

 

逆にかっこよく見えたけど。こんなに育ちが良さそうに見える人がお箸ちゃんと持てないなんて

 

ギャップ萌え~!みたいな。

 

まぁそんなんで

 

私の人を見る目もだいぶ変わってきた

 

育ちや家柄や学歴重視から

 

それらのコーティングされたものを全部取っ払った所で人を見ることが

(今までも分かっていたんだけど人目を気にして周りに合せていたのね)

 

体感として分かってきた。

 

例えば

 

今までは掃除のおばさんとか

 

人間は平等なんだから失礼な態度をとってはいけないと

 

きちんと挨拶をして敬う気持ちを持とうと思っていたけど

 

心のどこかで可哀そうだなぁと思ったりしていた。(私が掃除が苦手だから)

 

でもさ、持って生まれた才能が掃除で生まれてきた人は

 

むっちゃ輝いている事に気が付いたのね。

 

生活のために嫌々掃除のおばさんをしている人はきっと辛いんだろうけど

 

んでね、何が言いたいかって言うと

 

自分が魅力的だなぁ~!と思う人と厳選して付き合っていけばいいのよ。

 

正面に気を使えようが使えまいが

 

お箸がちゃんと持てようが持てまいが

 

掃除のおばさんだろうが、なんとか老人みたいな人であろうが

 

持って生まれた才能を生かして楽しく生きている人が

 

魅力的なんじゃないのかなぁ?と思うわけです。

 

こんな感じで少しずつ自分軸になっていくんだと思います~(*^▽^*)