済州国際空港からバスに乗って約1時間。
バス停から徒歩8分。
観光地から離れて海の近くに建つ家の屋根には、まだ溶けない雪が残っていた。
俺は玄関の前に立つとスーツケースを横に立て、何度か深呼吸をしてから、思い切って玄関チャイムのボタンを押す。
さっきから胸がドキドキして落ち着かない。もうすぐ成瀬さんに会えるのかと思うと、何を言えばいいのかわからない。「会いたかったです」なんて、そんなこと言ってもいいだろうか?
程なくして、俺の胸中などおかまいなく、鍵を開ける音が聞こえたかと思うと、慌てて居住まいを正した俺の前でドアが開き、見知らぬ若者が顔を出した。
「誰ですか?」
「……あ、佐々倉と言います。よろしくお願いします」
おそらく成瀬さんの知り合いであろう彼に、俺は頭を下げて挨拶する。今ここに居ると言う事は、成瀬さんとそれなりに親しく付き合っているのではないかと考えたからだ。
「ボクは、家政婦のカウルと言います。よろしくお願いします」
韓国人みたいだけど日本語が上手い。この人はずっとここに居るんだろうか?そう考えると、何故か急に1人で浮かれていた自分がバカみたいで恥ずかしく思えた。
2人きりでの撮影だと、確認もせず思い込んでいたのは俺の誤解だ。よく考えてみたら、俺みたいな素人のアルバイトに20万円以上出せる人だ。手伝う人の1人ぐらい当たり前なのかもしれない。
「成瀬さん!待ち人が来られましたよ!」
廊下の奥に向かって彼が声を上げる。“待ち人”って俺のことなんだと思ったら、途端にまた胸が騒がしく鳴り始めた。これってもしかして、もしかすると……いやいや、まさかそんな。
「祥君!よく来たね!遠いところを……どうしたの?顔真っ赤だけど」
「バスの暖房が当たるとこに座ってたからかもしれません。すごく暑かったんですけど、混んでたからマフラーを外せなくて……」
「スーツケースお持ちします。中へどうぞ」
カウルと名乗った人が、俺のスーツケースをひょいと持って奥に歩いて行く。だけど俺の視線は、数日ぶりに見る成瀬さんに釘付けだ。
ラフな部屋着姿の彼を見て、派手に高鳴る胸の鼓動と、どうしようもなく上がってしまう体温。もう間違えようが無い。俺はこの人を、成瀬侑と言う男性を、好きになってしまったんだ。