階段を昇っていると、俺の電話が鳴っているのが聞こえて来た。聞き慣れない着信音だけど、こんなの設定してたっけ?うーん。


(あ!ヤバい!小野先輩だ!)


慌てて部屋に駆け込み、ベッドの上に置きっぱなしにしていた電話を掴んだ。 


「もしもしもしもし!い、ってぇ!」


口ん中噛んだ! 


『あっはっはっ!いっ!てぇ!口ん中噛んだ!』

「小野先輩、ちょっとぶりです。何かありましたか?」

『何も無かったら電話したらダメなのか?』

「そんなこと、ありませんけど……」


どうしたんだろう?何か怒ってるのか?どこか思い詰めたように切羽詰まった声に、一瞬追い詰められる気がした。


『ごめん。こんな事が言いたかったわけじゃないんだ。佐々倉が辞めて、新しいバイトが入ったんだけど、なんか慣れなくてさ……』

「小野さんでも落ち込むことってあるんですね。ちょっと親近感……ははっ」

『馬鹿野郎、誰が落ち込んでるんだよ!ちょっと愚痴っただけだろうが!お前が居なくて寂しいなんて、そんな事思ってないからな!』

(思ってたんだ。意外だなあ。ぷぷっ)


と言う事は、もしかして拗ねてたわけなのか?まさかそんな、小野先輩が?


「……ついこの前まで、ほとんど毎日会ってましたもんね。先輩とはクラスメイトより喋ってたと思うし、俺も不思議な気持ちです」

『佐々倉、その、バイトは順調か?おかしな事させられたりとか、してないよな?』

「前から思ってましたけど、先輩、成瀬さんの事なんだか悪者扱いしてますよね?何かあったんですか?」

『俺、今自分の事、真剣に可哀想って思ったわ』

「へっ?何でですか?」

『それをお前が聞くのか?頭痛え』

「説明してくれなきゃわかんないんですけど、俺、なんか先輩に悪いことしてたんですかね?だったら、ごめんなさい」

『いや、祥はなんも悪くない。悪いのは煮え切らない俺なんだ。ごめんな、嫌な思いさせて悪かった。今夜はもう切るよ』

(呼び捨て……)

「待って、小野さん!」

『なに?まだ話すことある?』


あるかと聞かれたら無い。無いけど、このまま切るのはなんかすごく嫌だと思う。


「あの、このバイト終わって日本に帰ったら、俺、小野さんに会いたいです!またご飯食べましょう!」

『ああ、そうだな。待ってる』


そこでようやく、先輩は俺のよく知る小野先輩に戻ったみたいな気がした。良かった、今夜は気落ちしてたみたいだけど、落ち着いたなら一安心だ。


まさか、先輩の落ち込むその理由が、自分だったなんて。しかも、先輩がもっと前から俺の事を好きだったなんて。


この夜の俺は、
まだ何一つ気付いてなかった。







つづく