冷凍庫に、父が作り置きしてくれてたハンバーグが眠っていることは知ってた。

食べるとなくなってしまうから
もったいなくて食べられずにいたけど、
いよいよ引っ越しが近づいてきて、そうも言ってられなくなった。

お父さんのハンバーグ。


寄って〜


寄って寄って〜


別角度



お父さんの手料理を食べるのは、これでほんとに終わり。
もう食べられないけど、レシピもコツもいっぱい残してくれてるから再現はできる。

昔から大好きだった、お父さんのハンバーグ。
美味しかった。

他所の県もやっているかは分からないけど、

私が住む県では、観光客へのおもてなしの一環として、寄航した客船の出航時にお見送りイベントをやっている。

私はこのイベントが好きなのである。

 

はじめてこのイベントを見に行ったのは、去年の秋くらいだったかと思う。

イベント自体はわりと頻繁に行われているらしいのだが、私が見に行くのは今日で二度目。

友人が、お見送りをする側として演奏をするので、見に行ってきた。

 

夕方の定刻を少し遅れて到着すると、岸壁では、お見送り部隊が演奏や伝統芸能を披露していた。

今日は風が強く、ここ最近の中では寒い一日だった。加えて、日もだいぶ傾いてきてる。

港の冷たい風にさらされながら弦を弾く三味線奏者。素手で打楽器をたたく友人の指もまた割れてしまいそう。

薄いはっぴの袖が風に舞っている。

 

「来てくれてありがとう、また来てね、よい旅を」

 

演奏部隊は音楽で、踊り子部隊は演舞で、アナウンサーはマイクを通して言葉で、メッセージを客船に向けて送っている。

寒さを感じさせることのない笑顔とともに。

 

大きな客船のデッキには、その様子を見る人達が数多くみられる。

演奏に合わせて手拍子をしたり民謡を口ずさんだり、手を振ってくれる人もいる。

会ったこともなければ話したこともない、顔もよく見えない人達。

たくさんの人達が、寒い中、デッキに出てお見送りの様子を見てくれている。


顔もよく見えない距離でも、個人が放つカラーの違いは感じられる。


年配のご婦人が数名お喋りをしている、遠目でも上品そうだなぁ。

あっちの二人はご夫婦かしら。

おー、若者もいる。そうか、春休みか。スマホ落とさないようにね。

ギターを持ってる二人組も見つけた。二人は船で知り合ったのだろうか、友達同士なのだろうか。


デッキに並ぶ人達のカラーの違いを感じながら、一人ひとりにそれぞれ違う人生があるんだよなぁ、と考える。まったく同じ物語を持つ人はいないだろう。

私の知らない場所で生きてる人達がたくさんいることを実感する。

 

デッキに居る人達は、恐らく、道ですれ違ったこともないし、今後会うこともないであろう人達だ。

仮に会ったところで、顔も、名前も、何も情報がないため「今日デッキに出てた人だ」と認識することができない。

一期一会というにも至らない、まったく思い入れのない他人の集団。

なのに、お見送りの様子を見てくれているその集団を眺めていると、不思議と、それぞれの人生が良いものであるようにと、祈る気持ちが湧いてくる。

 

 

 

船長の挨拶があった後、徐々に船は遠ざかり、汽笛の音が別れと名残を教えてくれる。

私が知ることもない人達の、それぞれの思い出を乗せて、船はどんどん遠くなっていく。

随分遠ざかっても、まだ、デッキで手を振ってくれている人達。

岸壁で手を振り返す人達。

「見送る側」と「見送られる側」の、ほんの数十分の交わりの中に、人の心が通う瞬間を感じる。

優しい余韻が港に残る。

私はこのイベントが好きなのである。

 

 

 

世の中には、いろんな嘘があると思う。
自分の利益のための嘘、
相手を慮った嘘、
嘘をついたつもりはなくても結果的にそうなってしまった嘘、
嘘も方便、
嘘もつき通せば真実…。


やるべきことに目を向けて、やりたいことに構わないでいたら、
自分の本当の気持ちがわからなくなってしまった。

今の自分の状態に不満があるわけではないけれど、
つらいのに平気な顔をしたり、
悲しいのに笑ったり、
好きでもないのに好きだと言ったり、

目下やるべきことを達成するために自分の気持ちに嘘をつき続けていると、
現状に不満があるわけではないけど、
幸せでもないなぁ、と、ふと思う。

嫌なおとなになってしまった。


色んな選択をした四年間だった。
自分の選択が正しかったと、
選ばなかった道はもともと存在しなかったのだと、
自分を納得させたい。