小学生、中学生のとき、困るものと言えば、夏休みの宿題、「読書感想文」でした。
だって、本に皆目、興味がなかったんですの。普段、読まないから感想も、おもしろかった、とか、わからん、とかしかなかったんですの。漫画しか興味がなかったんです。
で、「おかあさーん、読書感想文どうしよう?」って母に相談したらば、毎度の如く、「北杜夫読み。おもろいよ」
と言われ、素直に北杜夫を読んで、読書感想文を書くわたし。
今、考えたらありえません、いろいろと。
とにかく母は、北杜夫のファンであったらしく、あと「さみしい王様」とか「さみしい姫君」だったかしら?そういう一応形としては、子供向け、と銘打って、言葉も子供に分かりやすいものがあったので、母はそれを思って、薦めてくれたみたいなのですけれど、中身はこれ、全然子供向けでもないのです。
でも、小学生のわたしにも通じる笑いがありまして、それから、とりあえず北杜夫だけは読んでいた幼少期。
で、最近、ある作家が「中学生のとき、北杜夫を初めて読んで、こんなめちゃくちゃな小説でもいいんだって思ったんです。」ということをインタビューで話しておられまして、それを雑誌で拝読したわたしは、そうか、北杜夫はめちゃくちゃやったんか、そのめちゃくちゃのを子供の頃から読んでたら、阿呆になるわな、と妙に納得いたしました。
しかしながらいつの間にか、高校生以来、北杜夫から離れた生活をしており、そういえば久しぶりに故郷に帰りたいなって感じの気持ちで、適当に手に取ったのは、「マンボウおもちゃ箱」。これは、エッセイと短編小説2作で、構成されています。
この本を、以前に読んだのかどうか覚えていなかったんですが、読んでみるとだんだん思い出してきました。
特に印象に残っていたのが、「買い物」という短編小説で、この話は、20年前にだけ戻れるタイムマシンを使って、精神科医と、その患者が奔走して云々。という話なのですが、その一節に「過去のある時代にはいかにも時間旅行者らしいものの、出現はある。」というのがあるのです。
わたしはこれを読んだとき、思わず、あっ!と声を上げました。
恐らく、小学生の頃に、この本を読んだであろうわたしは、しばらくその言葉を鵜呑みにしていて、「時間旅行者がおるやも知らん」と、真剣に考えて、ちょっと、往来を歩くとき、自身が旅行中で、見慣れぬ町を歩くときなど、すれ違う人を監視していたのです。「明らかに変な格好をしている人、つまり時間旅行者はどこかにおるはずや」と、信じていたのです。夢見がちな性格は、この頃から始まってたようであります。
で、この本を改めて読み終わってから、感想を書こうかしらん、と思っていたのですが、あまりの面白さ、自分との共鳴具合、さらには「株こわい」「女の子の味」というタイトルのエッセイを当時のわたしはどう思って読んでいたのだろう?という謎めき、などの感情が合間って、内容をほとんど覚えてないのに、書いてしまいました。
ちなみに北杜夫の父上は、「斉藤茂吉」という超有名な歌人で、さらには青山脳外科という病院のお医者さん。この病院では、芥川龍之介も診てもらってたらしい。で、北杜夫自身も、精神科医で、自身も鬱病を抱えていて、今では八十代のおじいさま。うんちく、おしまい。
「いくらだって?ああ、億以下か。かまわぬ、かまわぬ。」って、今度、つこてみよ。
というわけで、「マンボウおもちゃ箱」読んでます、って報告、おしまい。
だって、本に皆目、興味がなかったんですの。普段、読まないから感想も、おもしろかった、とか、わからん、とかしかなかったんですの。漫画しか興味がなかったんです。
で、「おかあさーん、読書感想文どうしよう?」って母に相談したらば、毎度の如く、「北杜夫読み。おもろいよ」
と言われ、素直に北杜夫を読んで、読書感想文を書くわたし。
今、考えたらありえません、いろいろと。
とにかく母は、北杜夫のファンであったらしく、あと「さみしい王様」とか「さみしい姫君」だったかしら?そういう一応形としては、子供向け、と銘打って、言葉も子供に分かりやすいものがあったので、母はそれを思って、薦めてくれたみたいなのですけれど、中身はこれ、全然子供向けでもないのです。
でも、小学生のわたしにも通じる笑いがありまして、それから、とりあえず北杜夫だけは読んでいた幼少期。
で、最近、ある作家が「中学生のとき、北杜夫を初めて読んで、こんなめちゃくちゃな小説でもいいんだって思ったんです。」ということをインタビューで話しておられまして、それを雑誌で拝読したわたしは、そうか、北杜夫はめちゃくちゃやったんか、そのめちゃくちゃのを子供の頃から読んでたら、阿呆になるわな、と妙に納得いたしました。
しかしながらいつの間にか、高校生以来、北杜夫から離れた生活をしており、そういえば久しぶりに故郷に帰りたいなって感じの気持ちで、適当に手に取ったのは、「マンボウおもちゃ箱」。これは、エッセイと短編小説2作で、構成されています。
この本を、以前に読んだのかどうか覚えていなかったんですが、読んでみるとだんだん思い出してきました。
特に印象に残っていたのが、「買い物」という短編小説で、この話は、20年前にだけ戻れるタイムマシンを使って、精神科医と、その患者が奔走して云々。という話なのですが、その一節に「過去のある時代にはいかにも時間旅行者らしいものの、出現はある。」というのがあるのです。
わたしはこれを読んだとき、思わず、あっ!と声を上げました。
恐らく、小学生の頃に、この本を読んだであろうわたしは、しばらくその言葉を鵜呑みにしていて、「時間旅行者がおるやも知らん」と、真剣に考えて、ちょっと、往来を歩くとき、自身が旅行中で、見慣れぬ町を歩くときなど、すれ違う人を監視していたのです。「明らかに変な格好をしている人、つまり時間旅行者はどこかにおるはずや」と、信じていたのです。夢見がちな性格は、この頃から始まってたようであります。
で、この本を改めて読み終わってから、感想を書こうかしらん、と思っていたのですが、あまりの面白さ、自分との共鳴具合、さらには「株こわい」「女の子の味」というタイトルのエッセイを当時のわたしはどう思って読んでいたのだろう?という謎めき、などの感情が合間って、内容をほとんど覚えてないのに、書いてしまいました。
ちなみに北杜夫の父上は、「斉藤茂吉」という超有名な歌人で、さらには青山脳外科という病院のお医者さん。この病院では、芥川龍之介も診てもらってたらしい。で、北杜夫自身も、精神科医で、自身も鬱病を抱えていて、今では八十代のおじいさま。うんちく、おしまい。
「いくらだって?ああ、億以下か。かまわぬ、かまわぬ。」って、今度、つこてみよ。
というわけで、「マンボウおもちゃ箱」読んでます、って報告、おしまい。