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書きたいことを書くだけさ

自分の興味の趣くままに、文字を紡ぎ出す時には作曲した曲を貼り付けたりもします。

宮根誠司がメイン司会を務めるワイドショー「ミヤネ屋」が、今年の秋で終了するという報道が出ている。最近の宮根本人を見ていると、どこかやる気が感じられず、かつてのように前へ前へと出る“俺が俺が”という勢いが薄れてきたように見える。むしろ「これから自分の残りの人生をどう生きるか」を考えているような雰囲気すらある。

 

月に一度、金曜日に休むようになったのも、本人なりにモチベーションを上げようと試行錯誤した結果なのだろう。しかし、どうにも気持ちがついてこないのかもしれない。年齢を重ねて丸くなり、昔なら腹を立てていたことも「まあいいか」と受け流せるようになったのだろう。

 

これは誰にでも起こる“年齢による考え方の変化”だと思う。
一方で、ワイドショーというジャンル自体も変質している。芸能人のスキャンダルを一週間通して扱うような異例の状況もあり、正直「どうでもいいネタ」を放送せざるを得ない骨抜きの生ワイド番組になってしまった。

 

正直、今の「ミヤネ屋」は宮根誠司でなくても成立する番組になっている。
「ゴゴスマ」は石井アナの柔らかい人柄が受けているのだろうが、扱う内容はミヤネ屋とほぼ同じで、放送順が違うだけだ。
視聴率でゴゴスマに負けているという報道もあるが、ミヤネ屋は2006年開始で放送期間は20年にもなる。ここまで続けば飽きられて当然だ。

 

かつては毎日のように物騒な事件が起こり、ワイドショーが扱うべき“ネタ”が豊富だったが、今は何を報道するかの線引きが難しい時代になった。

 

ワイドショーの核だった芸能ニュースも、SNSの普及で本人が直接発信するのが当たり前になり、ワイドショーを通す必要がなくなった。
その結果、触れてもすぐ終わり。本来なら大騒ぎになりそうなスキャンダルも、放送自粛で扱わないことが増えた。そうなると、世界情勢、皇室、パンダ、事件、天気といった無難なネタに偏っていく。

 

さらに、朝から同じニュースが繰り返し流れるため、ワイドショーの時間帯では事態が動かず、内容が薄くなりがちだ。
その結果、ワイドショー自体が昔と比べて面白みを失い、どこで他局と差別化するのか分からない状態になりつつあるコンテンツと言える。