先日「文章がかしこまり過ぎるよ」とアドバイスをくれた友人から次なるアドバイス。

「言葉遣いが丁寧すぎるよ。もう少し、友達と話す時の言葉遣いで大丈夫だよ。」

 

確かに、皆さんのブログを拝見していると、本当に日常会話をしているように書かれていることに気付きました。これからは砕けた話し方をしますので、お気を悪くされるようなことがありましたらご容赦ください。

 

母のお世話をするようになってから8年が経ち、最近、友人・知人、介護関係者、医療関係者等の人たちから「一生懸命介護してますね。ここまでやる人はそうそういませんよ。これならお母さんも喜んでいますよ。」と言われます。でも、私は「介護をしている」と一度も思ったことが無いんです。

 

私は子供の頃体が弱くて、起きている時間よりも寝ている時間のほうがはるかに長かった。物心つくまえからずっとそんな感じで、お見舞いに来る親戚や知り合いの人たちはいつも私を心配そうな顔で「○〇ちゃん、大丈夫?」って。

 

小学校2年ぐらいの時だったかな、同じクラスの子が笑っている顔を初めて見て、「人って笑うんだ」ということを知りました。そう、それまで、私を見る顔はみんな心配そうな顔で、笑顔というのを見たことがなかったんです。

 

そんな子供時代だったので、本気で「私は子供のまま死んじゃうんだろうな。大人になれないで死んじゃうんだろうな。」って、ずっと思ってました。

 

そんな私を必死になってお世話してくれたのが母です。朝、昼、晩、深夜関係なく、具合が悪くなれば病院に連れて行ってくれるのは母でした。小学校に入学しても、自分の足で歩く体力が無く、ランドセルを背負って母におんぶしてもらって通学していました。通学途中で、同じようにランドセルを背負ってお母さんにおんぶしてもらって通学している子がいて、いつしかお母さん同士がお友達になっていました。1年生の1学期が終わって、初めての夏休み。その夏休みが終わって2学期が始まって、その子と会わなくなったんです。ある時、たまたまその子のお母さんと会って、母がお話を聞いたところ、心臓が悪くて夏休みに亡くなってしまったそうです。だから、尚更、自分も子供のまま死んじゃうんだろうなと思っていました。

 

そんな訳で、私が何も出来なかった時に必死にお世話をしてくれた母が、今度は母が自分で何も出来なくなってしまい、私が丈夫になったので立場が逆転。今度は私がお世話をする番です。だから、私は「介護」ではなく、「お世話返し」をしていると思っています。

 

「介護頑張っているね」と言ってくれる人たちに「私は介護なんて大それたことをしているとは思っていません。お世話返ししてるだけです」と答えてます。先日、ケアマネさんにも「介護頑張ってますね」と言われたので、お世話返しですと話したところ、「お世話返し、めちゃめちゃ良い言葉ですね。私、この言葉絶対広めます」と言ってもらいました。私としては、きれいごとではなく、本当にそう思っているんだけどなぁ・・・。

 

これからもずっと「介護」ではなく、「お世話返し」をしていこうと思っています。

 

さて、次回予告!!

優しい母への思い・・・