「幸せほど退屈なものはないよ。」

といつだかの尖がったあたしが発した言葉は
名言だったわと友人はいう。

今でもその言葉に間違いはないと思う。
だけど今思うその言葉が含む意味合いは、
退屈なんて生きている実感がしないじゃないのと思っていた
若かりし頃とはまったく違う。

朝5:30、顔を洗ってメイクをして、
家族全員のためにたんまり朝食を作ったら子供達を起こす。
そして自分のお弁当を詰めながら、
ちゃんとご飯食べなさいよとゆあんを急かして、
「忘れ物のないようにね!」とうらんに釘をさす。
ゴミ出しの準備をしているとたっちんに
「おかわりちょうだい。」と言われてまたご飯をよそって、
口いっぱいにパンを頬張ったゆあんをバタバタ着替えさせたら、
自分の荷物と保育園の荷物とゆあんを小脇に抱えて、
たっちんに行って来ますのキスをした後、もう一度洗面所のうらんに
「忘れ物ないようにね!遅刻したらダメよ!」と念を押して、
面倒くさそうな気だるい返事を聞いたら車に乗り込む。

何の変哲もない我が家の日々。
毎日毎日、同じようなことの繰り返し。
何も変わらない。変わらないで欲しい。
それが幸せということ。

ある日突然、想像を絶する沢山の人々が
そんな当たり前の退屈な日々や家族を失ってから、
3ヶ月という時間が流れた。

退屈こそ幸せに生きているのだという証し。
退屈を許容できるということは、幸せを知ったということ。
Candynails★diary