書いてなかったーー。

なんかね、だめね。

毎日やることが多くてその全部に手を出して自滅してる感じなのが。

あーよくないよくない。

それで中途半端なのは本当最悪。
このブログも引越しを計画しています。

整理整頓。

眠い眠い。

真っ白な巨大な白い雪のかたまり。

高さはだいたい3メートル。

白いステージ。

その場所で5人で雪球を投げ合って、埋もれあって、笑い転げた。


空いっぱいのきらきらの星。

暗闇の中に浮かび上がる白く白く静かなその場所。

もちろん、雪はいつかは溶けてしまう。

もちろん、星もいつかは隠れてしまう。

もちろん、私はすぐに寒さに耐え切れなくなってしまう。


けど、そんなはかないあの場所には無限と永遠があった。







私の来年から履修するゼミテーマは「表面」。

ただの学芸会みたいなことにならないかと正直不安も持っていたのだけれど、

昨日の顔合わせで、すごくやる気が沸いてしまった。

すごく噛み応えがありそうなメンバー達。

負けていられません。笑


「表面」

ファッションにお化粧、ダイエット、ヘアースタイル。

「表面」をいかに磨くかは女性の永遠のテーマ。


そして、このブログという場も液晶という表面を介したもの。

しかもこれは独立した表面と表面との間で成り立っているもの。


うむうむ。

興味深い。

もっとまともに語れるようにしないとしないと。

このブログはアカデミックなことを書こうと思ってたのに、すっかりバスケ部トークになってしまった。笑

おかしいなー。

軌道修正しないと。


けど、みんな本当にありがとう。

自分の中で勝手に美化してて、けどずっとちゅうぶらりんで苦しかった記憶だからここに書いたことで、楽になれた気がします。気がするだけかもしれないけれど。笑

ここに、書こうと思ったのは、新年にみんな6人に久しぶりに会って、この「バスケ部」っていうコミュニティーが本当に愛しくて、かけがえのないモノだと思ったから。

部活なんて、軍国主義のなごりで、全体主義のおしつけで、すごく狭い世界だし、キツイだけでださくてそんないいもんじゃないのかもしれない。

けど、私にとっては一生モノ。

論理で語れない、大事な大事なモノ。


稲葉が言うように思い出はどんどんキレイになっていって、うちらは40歳になってもきっと同じ思い出話で爆笑する。悔しかったあの試合も酒のつまみになるだろね。戻ってこないからこそこんなに愛しいんだろうね。

あっちんは、あの試合のとき、一番苦しかったと思う。キャプテンなのに、なんでここまでいつも通りいかないんだろうってのが。けど、あの時のあっちんの思いやりに、本当に救われたよ。あっちんがキャプテンでよかった。


のんちゃんには、このことで実は一番話したかった。けど、直接今更言うことじゃないし、恥ずかしいからこんな風に現代の虚偽のコミュニケーション方法で遠まわしに書いてしまいました。笑

あの病院で、のんちゃんが隣にいてくれなかったら本当に自分はどうなっていたか、わからない。

あの時は、ただひたすら取り乱して、ただ本当に悔しくて悔しくて涙が止まらなかった。

ひどく見苦しく泣いてたね、大怪我でもないのにね。笑

けど、あの時、右手をずっとにぎっていてくれてありがとう。

プレーができない、ってのは私なんかよりのんちゃんのほうがずっと長く苦しんできたことだったのに、一緒に、泣いてくれてありがとう。

週が明けて、骨がくっつくようにのんちゃんがニボシくれたのも本当にうれしかったよ。

のんちゃんのほうが本当、ずっと苦しかったのに、自分はその時何もできなかったのに、本当にありがとう。


だから今、のんちゃんがバスケを続けていてくれて本当にうれしい。しかも体育会だしね!!

うちら6人は結局「バスケ」っていうキーワードでつながってる。

それが本当にうれしい。

また、みんなでバスケしようね。

おばさんになってもね。笑



えーー。関係ない人には見苦しい文章ばかりですみません。

けど、病気なんです。

今でもいくらでも不思議と泣いてしまう、そんな病気です。

バスケットボール。

間違いなく、私の中でだんとつ一番のスポーツ。


高校でバスケ部に入部した時はバスケに特別な愛情もなかった。

ルールもあやふや、まともな指導など受けたことがない、ほとんど初心者だった。

先輩達は、本当に強かった。

次元が違いすぎて、憧れを抱くばかりだった。

練習は本当にきつかった。

重りをいれたベスト着てのフットワーク、3メン、ウォッチアンドゴー

なんといってもシャトルラン。

きつすぎて体がついていかなくて、いろいろ故障もした。

ほぼ毎日筋肉痛。お昼ごはんはいつも足りなかった。

けど、シュートが入ったら、ドリブルで抜けたら、パスが通ったら、何より試合で勝ったら

うれしくてうれしくてうれしくて、

酸欠が疲労が痛みが心地よかった。

ただのジャンキー!?


みんなで長谷弁。「からあげ」にしようか、「のりから」にしようか。

帰りはローソンにする?セブンにする?

アイスもいいけどおでんもいいよね。

「お昼どうする?」「SUBWAY?」「ツナプラスする?」

尽きない食べ物ネタ。 笑


自分達の代になって、少しずつ試合に出してもらえるようになって、うれしかった。

本当に。

最初の富士見戦で自分のとった得点が4点。最終的に3点差で勝った。

たまんなかったーーー。

市内順位決定戦で東高に3Qからかけた2・1・2のオールコート。

うまくいったねーーー。

書き出すととまらないな。

私、多分気持ち悪いくらいに細かく覚えてるよ。笑


険悪な時期もあったし、練習がぐだぐだな日もありましたね。

けど、なんだかんだ毎日女バスの誰かと一緒にいたね。

テスト前もなぜか体育館来ちゃったりね。


バスケ漬け。

ただのジャンキー。


だから、やっぱあの最後は悔しかった。


自分の現役のバスケはやっぱあの瞬間で終わっちゃったし。

そのせいでなんか美化しちゃうし、されしゃうし。

あの故障でチーム全体に変なプレッシャーをかけちゃったし。

もっとみんながエゴだらけのバスケやってたらよかったのに。

みんながチームメイトへの思いやりとか持っちゃうからいけなかったんだよ。

みんなマジメすぎ。




けど。あの時、みんながいなかったら自分はどうなっていたでしょう。

完全に取り乱していた自分が病院でひとりだったら、泣くこともできなかったかもしれない。

体育館で待ってくれてるみんながいなかったら、バスケ、あのままやめてたかもしれない。

私がこんなにもバスケジャンキーになったのもみんなのせい。


別にどこにいくのも一緒にいたいとか、

好みも一緒とか、

そういうことは全くなくて。

むしろ6人そろって仲良しこよしなんてことはめったにない。

仲良しの友達じゃないよね。


けど、プライスレス。

他のものに代えられない。

あっちん、稲葉、あずみ、のんちゃん、ちっくー。

みんな、本当にありがとう。

大好きよ。


って、なーんか書いてみたかったの。

告白したかったの。










成人式でした。

とーっても楽しかったです。

写真はどれもバカみたいにピースしすぎて、少し後悔しています。

ポーズボキャブラリー皆無…笑


私の市の成人式は学生が主催しているものです。

6年前にマナーの悪い新成人ってのに市長があきれてしまって市主催のがなくなってしまったそうです。

自分たちで作る成人式、とっても素敵な企画ですよね。

そういう企画を成し遂げるって見た目以上に大変なことばかりだろうし、実行委員をしてくれた同じ高校のみんなに感謝するばかりです。

だって他に、新成人みんなで集まる機会がない私たちには本当にうれしい場であって、実際久しぶりの再会だらけですごくすごく楽しかったんですもん。


けれど、いろいろ式の間、考えてしまいました。

それは、成人式が「式」としてまとまった時間はまったくなかったからです。

実行委員長の挨拶も名もない歌手の歌も、変な大道芸人のパフォーマンスもほとんどみんなそっちのけでした。私も当事者のひとり。

もちろん、飲酒、喫煙、罵声などしている人はいなかったしマナーは悪すぎなかったと思います。

ただ、式として成り立っていなかったんです。

私はもったいなく感じてしょうがなかったんです。


今はバラバラの生活をしている同級生が久しぶりに再会したら(しかも晴れ着を着ている状態で)誰でもはしゃいじゃいますよ。

もちろん正しいこととはいえないだろうし、大人として適した行動ではないとは思うけれど、場の文脈としてしょうがないことだと思うんです。

デジタルカメラに携帯電話、そんなツールをみんなが持ち合わせていたら30歳の集いであったとしてもあまり変わらない状態になったんじゃないでしょうか。

それに、成人という節目、大人になるということを意識するというのは個人的なものだと思います。だから厳粛な式で統率されて意識するというのは、何をするにも選択肢がこれだけ多様化した、今現在には不自然すぎて、向かないことなのかもしれません。

だからこそ、「学生主催」でせっかく成人式を行うのなら、中途半端に公的な成人式を模倣する必要はないのではないでしょうか?

再会の場なら場として、パーティーにしてもよかった気もします。

実行委員がどういう式を理想としたのかよくわからなかったし、とにかく本当にもったいなく感じてしまいました。


もちろん、繰り返しになるけれど、私自身本当に楽しんだし、みんなに会えて本当にうれしかったんですよ。

しかも、実行委員でもない私がこんなことを思うのはとんでもないことです。

企画、実行してあれだけの新成人が参加した式をやったってことはとてつもなく偉大なことだし。

本当に感謝感謝。

だから、これは批判なわけじゃないくて、感じたことを書いただけです。




文章にするって難しい。

自分がとんでもない堅物みたい。笑

うまくかけません。

トリエンナーレについてとかも書きたいのです。

とことん自己満です。

ブログってやつは。笑


新年あけましておめでとうございます。


書きたいこといろいろあるのに、実践できていません。

お正月ってのんびりしてるけれど意外と慌しい。

そんな非日常的な日常が愛しい実家でのお正月。


いろいろ書きたいです。

それが今年の目標のひとつでもあるので。


おしゃーー。


書きます。書きます。

そのうちに!



ずっと、ここのところ真面目に文章を書く機会をつくりたいと思っていたのでついに始めた。

mixiとは別の利用法ってことで。

わざわざoutputしなくてもいいんだろうけど、記録としても機能が充実しているし、outputすることで自分への刺激にもなるかと。


ページネームにしたSweet Basilというのは山田詠美さんの「放課後の音符」に出てくる物語ひとつの名前。手元に偶然あって、響きが気に入っていたのでこれに決定。

彼女の作品は表現が体全体の感覚に伝わってきて、個人的にとても好き。特に、この「放課後の音符」は特別。動物的でいて理性的な表現。恋愛って体全体で感じながら頭で考え込んでしまうもの。

主人公をとりまく、素敵な女の子、香り、色、言葉。すべてにうっとりして、何度も読み返している。


彼女のように主観をこんなふうに表現できたらどれだけ素敵か。

感覚的な部分を鮮明に表現するには客観的な論理的な思考ができなくてはいけない。

それをしいった上であふれ出てくる感情が、本当に「言葉にできない幸せ」などという感情になるのだろう。

すべてはどこまでを認識できるかなのだろう。


そう考え出したのが文章を書きたいと思ったきっかけ。