よく晴れた暖かい日。

私はなぜか、
高層マンションのオシャレな一室に

独りで居た。


白い壁と白い床。


だだっ広い空間に、

ゆとりを持って配置された上質な家具。


映画に出てきそうな、

いわゆる成功者の部屋。



ビービービー!


突然、

スマホがすごい音で鳴る。


緊急地震速報。


そう思った瞬間、

足元がゆらゆらと揺れる。


気持ちの悪い横揺れ。

ビルの高い所は揺れを強く感じるって聞くけど、

こんなにも揺れるものなの!?


怖い。

と思いながらじっと耐える。


体感にして5分以上。

でも実際には数秒程度だったんだろうか。


ようやく揺れが収まって、

バクバクした心臓を落ち着かせる。


まだ油断はできないけど、

とりあえず良かった。


すぅーーーはぁーーー。


大きく深呼吸したそのとき。



ビービービー!


2度目の緊急地震速報。


ドン。


大きな縦揺れの後に、

また激しく横に揺れだした。


ゆらゆらどころじゃない。

ぐゎんぐゎん。


ちょっと待って。

これやばいんじゃない?

かなり大きい。


ぐゎーんぐゎーんぐゎーん。


ほんとやばいって。


スマホを握りしめながら、

床に這いつくばる。


と、そのとき。


バキィ、ガシャガシャガシャァァ。


ふわっとした。


窓の外、空が横に見える。


あ、

落ちてるんだ。


私の居た、

マンションの上層階だけがパキッと折れて、

空中に放り出されてる。


こんなことあり得る!?

いやあり得ないでしょ。

でももうダメだ。

終わる。



彼に、会いたい。



地震が収まったあと、

大丈夫だった?って

LINEくれるかな。


既読にならなくて、

心配してくれるかな。


まだまだたくさん、


会いたかったよ………





AM5:19。


そこで、目が覚めた。



隣に夫の姿はない。


きっとまた、

YouTube見ながら

ソファで寝落ちしたんだろう。


居なくて良かった。



夢の中とはいえ、死ぬ寸前まで、

会いたいと思ったのは彼ひとりだった。

あなたの存在は、どこにもなかった。


我ながら、どうかしてるかも。



なんだろう。


肌を重ねてる時でさえ、

もうあまり感じなくなっていた罪悪感。


それを、こんなことで、感じるなんて。



















先月中旬。


お金と時間にほんの少しの無理をして、

また彼のところに会いに行った。


10時前に待ち合わせをして向かったのは、

彼が行ってみたいと言っていた、

高級立ち飲み屋。


朝からビール。

私にとっては初めての立ち飲み体験。


彼に教えてもらう初体験は、

なんかすごく緊張した。



ほろ酔いで店を後にして、

銀座方面に向かって歩き出す。


ぽつぽつ話しながらふわふわと。

繋いだ手だけはぎゅっと固い。



エルメスのギャラリー行って。

ギンザシックスの屋上ガーデン行って。

何とかってビルの屋上テラスで、

またビールを飲んだ。


その後中途半端に残った時間。


彼が考えてきてくれたデートプランは、

全部出尽くした。


かと言って、帰るにはまだちょっと早い。



自然と足が向かうのは、

彼の部屋。


時間はない。


けれど、

他に行くところがないからという理由で、行く。


2人きりになりたくて。

ハグとキスがしたくて、行く。




この日の思い出を、

あれから何回も思い出した。


味がしなくなって、

ようやく、ここに書く。








私たち夫婦に、

セックスレスがやってきたのは、

結婚から1年程経った頃。


きっかけは、夫の異動。


新しく配属された部署が、

夫にとっては

ストレスの絶えない場所だったようだ。

 


疲れてるから早く寝たい。


考え事したいから先に寝てて。



ひとりで布団に入ることが

増えていく。


ほんの少し不安は過ぎったけど、

それでも最初のうちは、

あまり深刻に捉えていなかった。


疲れてシたくないときもあるよね。


仕事が落ち着いて、

ストレスから解放されればきっと。


それに男の人って、

ずっとしないでいるなんて、

きっと無理なはず。



2ヶ月、3ヶ月。


不安は大きくなっていくけど、

じっと待つ。


仕事で頭いっぱいの夫に、

"セックスしたい"なんて呑気なこと、

とてもじゃないけど言えなかった。



半年。


結婚したばかりでこれは、

さすがにマズイかも、と思い始める。


あまり自分から誘ったことはなかったけど、

勇気を出した。


"……久しぶりにえっちしたいんだけど"


覚悟を決めた言葉は、

呆気なく瞬殺される。


"……ごめん、

疲れててそんな気分じゃない"



勇気を出したのに拒否されるって、

こんなにショックなんだな。


だめだ、もう私からは言えない。



もうすぐ一年。


悶々とした不安に耐える日々が、

夫への愛情を削いでいく。


"…全然えっちしなくなっちゃったね。

 なんか寂しいな"


"ごめん。

 仕事でいっぱいいっぱいで、

 そういうことにまで気が回らないけど、

 気持ちは変わってないよ。

 ちゃんと好きだから"


"そんな言葉言ってもらっても、

 なんか嬉しくない"


"じゃあどうすればいい?

 ちょっと話し合おうよ"



話し合う?何を?


セックスしたいという私の気持ちは、

話し合いなんかで解決しない。


言葉なんて何も要らない。


することしてくれれば、それでいいのに。



そもそもセックスって、

ストレスでそんなにできなくなるもの?


もしかして、

と、ひとつの可能性を考えて、提案した。


"……男性の、そういう病院、行ってみたら?"


"……勃たないわけじゃない!!!"



怒鳴られた。


私が、無神経だったのかもしれない。

でも、勃たないわけじゃないのなら、なんで?


男性にとっては、

恥ずかしいことなのかもしれないけど、

嘘でもほんとでも、

勃たないって言ってくれたほうが、

まだマシだった、とも思った。



完全に、こじれた、と思った。


もっと早く、

対処すべきだったの?


もともと、

オープンに性の話ができるような、

そんなふたりではなかったし。


私は昔からセックスが好きだったけど。


夫は付き合ってる時から、

あってもなくてもどっちでもいい、

というような淡白なタイプだった。


よく言う"性の不一致"とは、

こういうことなのか?



結婚したら、

大抵の人が描く、子を持つ夢。


私ももれなく、

そんな夢を描いてた人のひとりだった。


もしあの時、

"えっちしたい"じゃなくて、

"子供が欲しい"って言ってたら、

何かが違ってたのかな。



その夢は持ってたはずなのに、

何故か、どうしても、

その言葉は言えなかった。


子供が欲しいから

子作りのためにセックスをするなんて、

どうしても不自然な気がした。


好きだから触れたくて、

セックスもしたくて、

その愛情の末に子を授かるのが、

夢だった。



セックスレスから一年半。

結婚から二年半。


離婚しようと思った。


夫にそう考えてることを伝える前に、

仲の良い友人や家族に、相談した。


当然、理解してくれるものだと思ってた。



それなのに。

みんながみんな、揃いも揃って、

同じことを言ってきた。


"そんなことで離婚するなんてバカじゃないの?"



そ ん な こ と ?


セックスレスは、"そんなこと"なの?


私はこんなに悩んで待って、

我慢したけど、

"そんなこと"なの?



"そんなことで、

 あんな良い人と別れたりしちゃダメだって!"


そ ん な こ と ?


セックスしたい気持ちに応えてくれない。

それは、"そんなこと"なの?


大体、

夫の何を知って

"あんな良い人"なんて言うんだろ。


私にとっての良い人は、

行動が必要なときには、

ちゃんと行動で示してくれる人。



周りの賛成はゼロだったけど、

そこまで考えていることを、夫にも告げた。


"頼むから、

 そんなことで別れようなんて思わないで"



その話の後、

多分夫なりに努力はしてくれたんだと思う。


数回、セックスをした記憶がある。


でも、またすぐになくなった。


もう、このままでいいや。疲れたよ。



セックスに対する価値観が、

きっと違うんだろうね。



不安が過ぎったあの時、

もっと早く対処していたら。

つまらない理想を捨てて、

"子供が欲しい"と言えていたら。

味方がひとりもいなくても、

強引に離婚していたら。


今頃、親になれてたのかな。



"そんなこと"で、

人生大きく動いちゃったな、と思う。


でも今は、

色々な思いを経て、後悔はしていない。


こんな人生もありかな、と思う。



どうせなら、


"そんなことくらい、

 他所でどうにかしてこいよ!!"


くらい言ってくれてたら、

堂々と外出できたのにな、とも思う。



















今度またうちに遊びに来てよ!


遊びに行くよー!


……泊まってく?


……泊まってく!




セックスの後に冗談で交わした"願望"の会話。


それを思い出しながら、

流し込むビール。


喉ごしは気持ちいいけれど、

自分の内臓がどれだけ傷ついてるかは、

今の私には分からない。



"泊まってく?"


"泊まってく!"



ビールを流し込みながら、

あのとき止まった会話の続きを、

勝手に想像する。



……泊められない。


……泊まらないよ。




止めてほしくなかったな。


ごめん。

いま、自分の感情が、意味不明。








クリスマス前、年末、と会って、

約3週間ぶりの彼とのホテル。


いつもと同じ時間、

同じ場所で待ち合わせて、

いつもと同じコンビニで

いつもと同じもの買って、

いつものホテルへ行くだけのデート。


何気ない会話と、

積み重ねたセックスで、

思い出の9割ができている。


今年もきっと、

この割合は変わらないんだろうな。


それでいい。



そしてこの日、

セックス中の思い出がまたひとつ増えた。


「◯◯って呼んで?」


と、彼が言ってくれた。


普段はお互いのことを

"さん付け"で呼び合っている私たち。


呼び方って難しい。

付き合って一年くらいで

ようやく敬語は外せたけど。


(それでもかなり

時間がかかったほうだと思うけど)


呼び方はまだまだお互いよそよそしい。



だけどときどき、

その最中だけは、

彼が私のことを呼び捨てにしてくれる。


これが本当に嬉しくて大好きで。


私も呼び捨てで返したいと思うのに、

呼びたい呼びたいと思えば思うほど、

意識しちゃって呼べなくなる。



そんな私の気持ちを知ってか知らずか、

彼のほうからきっかけを作ってくれた。



それが本当に嬉しくて嬉しくて。

照れながらぎこちなく、呼んでみた。


一度呼んだら、

愛しさでいっぱいになっちゃって。


何度も何度も呼んじゃった。



事が終われば、

また元通りのお互い"さん付け"。



今年もこんな変化が、

貴重な思い出になっていきますように。