こんにちは
今日は俳句の日です
私は以前に家庭教師のバイトをしていましたが
中でも教えるのが好きでしたのは国語や英語でした
数式を覚えて計算するより
昔から言葉あそびが好きでした
いまさらですが俳句とは五七五のリズムで詠む詩ですね
季語が入りちょっと余韻を残すのが特徴です
メジャー級の松尾芭蕉先生ですと
古池や蛙飛び込む水の音
この場合の季語はそう
蛙
ですよね
蛙は多分ですが春の季語ですので春の詩ですが
当時としては斬新な句だったと思います
短歌
の方が短そうな気がしますが
五七五七七と長いので言葉が多い分
読み手には分かりやすいと思います
短歌で私が好きなのは石川啄木先生で
多感な時期に覚えたこの詩は今でも座右の銘のひとつです
かの時に言い(ひ)そびれたる
大切の言葉は今も
胸にのこれど

(画像はお借りしています)
どちらかと言えば恋愛の詩ですが
あの時言えなかった
あなたを想っています
その言葉は今も胸に残っていますが
という
私の解釈で申し訳ないですが
あの時
ですので喉までは出かかっていたのでしょうね
今も胸に残るほど今でも想い後悔しているようです
残れど
は残っているけどどうなのかという余韻ですね
今はもう手が届かない存在になってしまったのか
近くにいるけどまだ言い出せないのか
すでに亡くなってしまっていて故人を偲ぶ詩なのか
そこは読み手が考えるのも短歌や俳句の深さです
今までに大切なことを言えず後悔していること
誰にでもある事だと思いますが
大切な一言は伝えないといけないですね
それは案外
ありがとう
や
ごめんね
という
あたりまえのたった一言かもしれないですよね
結婚して4年と半年ですので旦那さんに啄木先生の気持ちで
あなたを想っています
という事は言いませんが
感謝の言葉やとても大切なことは家族にも友達にも
なるべく口に出して言うよ言うにしています
面と向かって言えない時はメールでも
そうそう
啄木先生の有名すぎる詩に
なんとも切ない若い文豪の苦悩の詩があります
ちなみに彼特有の三行書と言われる手法です
はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢつと手を見る
よく耳に
目に
するのは
働けど働けどわが暮らし楽にならず
ではないですか
本家は上の詩だと思いますよ
じっと手を見るというのも余韻としては大きすぎますね
その手はどんなものか
時代背景も目に浮かぶようです
あーまたどうでもいい事を綴ってしまいましたね
こういうのやめようとは思うのですがね
このブログのつまらなさの要因です
しかも俳句についてだったのいつの間にか短歌に
ベビ待ちジャンルですのにごめんなさい
皆さんが素敵な一日でありますように

今日は俳句の日です

私は以前に家庭教師のバイトをしていましたが

中でも教えるのが好きでしたのは国語や英語でした

数式を覚えて計算するより

昔から言葉あそびが好きでした

いまさらですが俳句とは五七五のリズムで詠む詩ですね

季語が入りちょっと余韻を残すのが特徴です

メジャー級の松尾芭蕉先生ですと

古池や蛙飛び込む水の音

この場合の季語はそう
蛙
ですよね
蛙は多分ですが春の季語ですので春の詩ですが

当時としては斬新な句だったと思います

短歌
の方が短そうな気がしますが
五七五七七と長いので言葉が多い分

読み手には分かりやすいと思います

短歌で私が好きなのは石川啄木先生で

多感な時期に覚えたこの詩は今でも座右の銘のひとつです

かの時に言い(ひ)そびれたる
大切の言葉は今も
胸にのこれど

(画像はお借りしています)
どちらかと言えば恋愛の詩ですが

あの時言えなかった
あなたを想っています
その言葉は今も胸に残っていますが
という
私の解釈で申し訳ないですが

あの時
ですので喉までは出かかっていたのでしょうね
今も胸に残るほど今でも想い後悔しているようです

残れど
は残っているけどどうなのかという余韻ですね
今はもう手が届かない存在になってしまったのか

近くにいるけどまだ言い出せないのか

すでに亡くなってしまっていて故人を偲ぶ詩なのか

そこは読み手が考えるのも短歌や俳句の深さです

今までに大切なことを言えず後悔していること

誰にでもある事だと思いますが

大切な一言は伝えないといけないですね

それは案外
ありがとう
や
ごめんね
というあたりまえのたった一言かもしれないですよね

結婚して4年と半年ですので旦那さんに啄木先生の気持ちで

あなたを想っています
という事は言いませんが
感謝の言葉やとても大切なことは家族にも友達にも

なるべく口に出して言うよ言うにしています

面と向かって言えない時はメールでも

そうそう
啄木先生の有名すぎる詩に
なんとも切ない若い文豪の苦悩の詩があります

ちなみに彼特有の三行書と言われる手法です

はたらけど
はたらけど猶わが生活楽にならざり
ぢつと手を見る
よく耳に
目に
するのは
働けど働けどわが暮らし楽にならず
ではないですか
本家は上の詩だと思いますよ

じっと手を見るというのも余韻としては大きすぎますね

その手はどんなものか

時代背景も目に浮かぶようです

あーまたどうでもいい事を綴ってしまいましたね

こういうのやめようとは思うのですがね

このブログのつまらなさの要因です

しかも俳句についてだったのいつの間にか短歌に

ベビ待ちジャンルですのにごめんなさい

皆さんが素敵な一日でありますように
