遺伝子とか、よく解らないけど・・・
おじいちゃんのお葬式で、久しぶりに親戚一同集まって、思ったんだ。
当たり前の事だけど、おじいちゃんとおばあちゃんから産まれた5人の兄弟が、大人になって、家庭を持って、産まれた私達。
そんな7人の孫が、これからの未来、それぞれ家庭を持って、子供を産んで、そうやって繁栄していくんだよね。
それが、何代にもわたって繰り返されて、そんな歴史の先に、今、私達が生きていると思うと、ご先祖様って偉大だと思う。
私達の御先祖様に、子供の時に死んだ人は居ないんだよね。
戦争とか、貧困とか、食べ物の無い色々な時代を生き抜いて、子供を産んで育ててきた。
そうゆう事を感じて、感動したんだ。物凄い事だと思う。
おじいちゃんは戦時中、マラリアにかかったり、何度も死にそうになって、やっと日本に帰ってこれた。
それが無ければ、今の私達は存在しなかったんだもの。
おじいちゃんは、元々は鞄とか帽子をつくる職人さんで、皇室の人のハンドバックを作った事が自慢だった。
その話になると平気で一時間は喋り倒していたけど、いつも話が面白くて、その声と笑顔を鮮明に覚えているんだ。
祖父は、とても安心する声をしていた。陽気で優しくて、頼れる存在だった。
戦争の話になると、もう永遠と喋るから、私は疲れて、最後まで話を聞く前に寝てしまっていた。
けれど、もう一度、ちゃんとその話を聴きたかったよ。
今は壊れてしまった、仕事道具のとても古いミシンには、お母さんを含め、兄弟の思い出がたくさん詰まっている。
お母さんは、おじいちゃんの影響で服飾の道へ進んだし、お母さんの兄弟はおじいちゃんの影響をたくさん受けて育ったんだなーと思った。
私も、おじいちゃんとよく絵を描いたから、お父さんとおじいちゃんの影響で、絵が好きになったんだよ。
ミシンは、近いうちにお母さんが修理に出すと決めた。
とてもとても古いものだけれど、私も小さい頃に、そのミシンを使っているおじいちゃんのお手伝いをしたから・・・とても印象に残っている想い出の品なの。
夏休み、一緒に遊んだ、おじいちゃんの家の思い出。
おじいちゃんの畑では、ひまわりとか、スイカとか、野菜がたくさん取れて、きれいに手入れしたお庭で、一緒によく遊んだんだ。
そうゆう思い出をひとつひとつ思い出したら、涙になって零れ落ちたけど、それは一つずつ鮮明に、天国のおじいちゃんに届いているはず。
あっと言う間に灰になって、骨だけになってしまった祖父とのお別れは、ほんのわずかな時間だったけれど、天国へと旅立つは祖父は、とても優しい表情でした。
出棺の時、おばあちゃんが「来世でもおじいちゃんを見つけ出して、必ず、お嫁さんになるからね。」と泣き叫んで、その場に居た誰もが涙ぐんだ。
すごく素敵な夫婦だったんだよね。
そんな祖父を抱きしめるようにして泣いている祖母の姿は、まるで青年と少女のようでした。
私も、泣いている母の肩を支えながら、涙を堪えることが出来なかった。
とうもろこし畑に囲まれた斎場は、終始笑顔と涙でいっぱいでした。
とても疲れたけれど、悲しくて優しい、良い式だった。
そんな時、私は、自分の中に眠る祖父母の遺伝子や、父、母の遺伝子、御先祖様の遺伝子に感謝をしたいと思ったよ。
すごく誇れる事だと思った。
今まであまり考えてこなかった、儚い人類の営みを思って、祖父を思って、その先に生きる長女としての自覚を持って、色々な力を感じたんだ。
祖父は、私に言いたかったんだと思う。
祖母や、母を宜しく頼むって。
これから先、色々な出来事があると思うけれど、この気持ちを忘れずに生きて行きたい。
ありがとう、おじいちゃん。
そんな日記です。
感謝
MARILYN