10月6日の日記より


今日は教員資格のための試験を受けにいった。そのなかで、見たこともない問題を見て、全くわからずで悔しかった。

試験に出るくらいなので、きっと重要な人物であり、教育には欠かせない人だと、試験中に思った。

と、同時に、大人になったなあと自分自身に感心した。

その理由は、今までなら、わからないことがあると落ち込み、わからない自分を責める自分がいた。ところが、就職して飛行機の試験中にを数多く受けていくなかで、毎日がわからない日々であり、勉強しても勉強しても、わからないことがあるとなくならない毎日がつづいた。考えてもわからない、人に聞いても納得できない自分がいる、こんな自分の心理状態が五年くらいつづいた。

でも五年くらい経ったある日のこと、いろんなものが頭のなかで線を結ぶようになり、そしていろんなものがものが頭のなかでとてもわかるようになった。

ここで得た教訓は、わからないことは、その場でとことん考える。それでもわからないことは、また何ヶ月後かにみて考える。まだわからないなら、また何ヶ月後かに考える。自分の経験上、3回考えたら、体と頭にわからないことが染み込み、自然とわかるような頭と体になっている。

ちょっと話は脱線したが、わからないことは世界にはたくさんあって、それが当たり前だということ。そして知ろうとする気持ちがあれば、かならず扉が開くということだ。根性論ではなく、気持ちの持続が何事も大切だということを社会人で学んだ。

こういう哲学的なことは、自分で経験して見ないとわからない。


今はもうわからない自分を責めることはまったくない。そして、すぐに試験が終わったあとに調べて、どれだけ有名な人物であるかを思い知った。

心のなかで、謝罪しておこう。その有名な人物に。。。