サヨナラ、大好きな彼女
しばらくブログを更新してませんでした。
このブログの彼女ことまりりんは2010年、4月11日に天に召されました。
だけど私の中で彼女は生き続けています。
だからもう少しだけ私の思い出につきあって欲しいです。
慌ただしい毎日、私が悪戦苦闘している間にも彼女の病状は悪化して、ホスピスに入ることになりました。
もともとすれ違いの多かった私たち、だけど階段を降りてくる彼女の足跡がないのがこんなに寂しいなんて。
真夜中のコール、全部が良くない知らせを連想させる。
そんな不安な毎日を過ごしていき4月になった。
慣れない仕事でトラブルをいくつも抱えて悩み、葛藤していた頃だった。
イベントの山場を迎えた11日、ランチの時に自宅に電話した。
内容はとりとめもないことでどうしても連絡が必要なんてことでもなかった。
だけどなんだかかけずにはいられなかった。
電話に出た母から彼女の危篤を知らされた。
反射的に口から言葉が出た。
「私、帰れない。」
母も特に帰る必要はないと言ったが、本当はすぐにでも駆けつけたかった。
生きる希望を見いだしてほしくて美味しいものを買って帰ったり、清原選手の本を買ったりして少しでも喜ぶ姿が見たかった。
辛いばかりの人生の最後の時間を一緒に過ごせるならば最高の時間にしたかった。
3月15日、1ヶ月半ぶりに彼女に会った。
管につながれ、もうしゃべることもできなくなっていたけど、確かに私の手を握って渾身の力を振り絞って話しかけてきた。
その時、忙しいを理由に彼女のことを放置していた自分に恥じたのを覚えてる。
そんなことを思い出しながらでも職場では笑顔でいないといけない。
だけど午後の休憩までの時間は本当に長く感じた。
閉店直前、やっと時間が作れた。
休憩室で電話をかけたらやっぱり悲しい事実が待っていた。
一縷の望みをかけた、と書くと大げさだけど奇跡を待ったのは嘘じゃない。
ドラマやマンガじゃないけど奇跡が起きてもう1度彼女に会えるんじゃないかって淡い期待を持っていた。
だけど現実に一気にうち砕かれて泣き崩れることしかできなかった。
デパートの休憩室なんて泣いてるコなんていくらでもいるから誰もなにも思わない。
管理者として考えて判断しなくちゃいけない。
いつもの言葉が出てこない。
代わりに涙がもう一度ぶわっと溢れ出してきた。
間に合わなかった。
もう一緒にいろんなことを語り合うことも、2人で手をつないで歩くこともできない。
このブログの彼女ことまりりんは2010年、4月11日に天に召されました。
だけど私の中で彼女は生き続けています。
だからもう少しだけ私の思い出につきあって欲しいです。
慌ただしい毎日、私が悪戦苦闘している間にも彼女の病状は悪化して、ホスピスに入ることになりました。
もともとすれ違いの多かった私たち、だけど階段を降りてくる彼女の足跡がないのがこんなに寂しいなんて。
真夜中のコール、全部が良くない知らせを連想させる。
そんな不安な毎日を過ごしていき4月になった。
慣れない仕事でトラブルをいくつも抱えて悩み、葛藤していた頃だった。
イベントの山場を迎えた11日、ランチの時に自宅に電話した。
内容はとりとめもないことでどうしても連絡が必要なんてことでもなかった。
だけどなんだかかけずにはいられなかった。
電話に出た母から彼女の危篤を知らされた。
反射的に口から言葉が出た。
「私、帰れない。」
母も特に帰る必要はないと言ったが、本当はすぐにでも駆けつけたかった。
生きる希望を見いだしてほしくて美味しいものを買って帰ったり、清原選手の本を買ったりして少しでも喜ぶ姿が見たかった。
辛いばかりの人生の最後の時間を一緒に過ごせるならば最高の時間にしたかった。
3月15日、1ヶ月半ぶりに彼女に会った。
管につながれ、もうしゃべることもできなくなっていたけど、確かに私の手を握って渾身の力を振り絞って話しかけてきた。
その時、忙しいを理由に彼女のことを放置していた自分に恥じたのを覚えてる。
そんなことを思い出しながらでも職場では笑顔でいないといけない。
だけど午後の休憩までの時間は本当に長く感じた。
閉店直前、やっと時間が作れた。
休憩室で電話をかけたらやっぱり悲しい事実が待っていた。
一縷の望みをかけた、と書くと大げさだけど奇跡を待ったのは嘘じゃない。
ドラマやマンガじゃないけど奇跡が起きてもう1度彼女に会えるんじゃないかって淡い期待を持っていた。
だけど現実に一気にうち砕かれて泣き崩れることしかできなかった。
デパートの休憩室なんて泣いてるコなんていくらでもいるから誰もなにも思わない。
管理者として考えて判断しなくちゃいけない。
いつもの言葉が出てこない。
代わりに涙がもう一度ぶわっと溢れ出してきた。
間に合わなかった。
もう一緒にいろんなことを語り合うことも、2人で手をつないで歩くこともできない。