桜の季節が終わり、山小屋のある滑川渓谷に新しい芽が吹き始めた。
広葉樹の新芽が我先に大気にでようと云わんばかりに出始めた。
滑川渓谷の上流付近
そんな中
高校時代共に学んだ学友2名がここ滑川渓谷の自然を探求しようと山小屋へやってきました。
時間が経てば経つほど互いの談笑の中で当時の様子が脳裏に映像化され、各自の心を和やかにさせてくれる。不思議な限りである。
前日の雨でより水流が激しくなり、より新緑が引き立った。
連休明けで沢もホッとしているように見えたが---。
ここ上流にある渓谷の地層が判る部分へ行ってみた。
山小屋からは約6kmの単純道を進んでいくとパッと開けて狭いオアシスが存在する
休憩所の類である
休日はハイカ-が三々五々やってきて、うまい空気を肴に、しばしの休息をとるのだろう。
われらも「空気がうまい!」を実感してエネルギ-を得た。
折からの水流の勢いを見ていると吸い込まれるような躍動感を感じた
新緑と水流が何かを語っているようで、自然の活動劇を観ているようだった。
普段はおとなしい水流も今日は躍動感満点であった。
https://youtu.be/H0rNguUs60A
ひとりごと
コロナ禍や人間同士の争いごとなどに振り回されている社会生活の中では、この世で生きることが煩わしくなり、自分の意思などどうでもいいと、思うようになる。
「自然体」で生きるむつかしさを知った。その反面、
一線を退き、好きなことをしている自分は拘束される要素がほとんどなくて、”なんて幸せな男”かとしみじみ思った今回の探索であった。
時々、ここへ来て付近の木々と語るのもいいのかも-----。
いやいや夏には子供たちの騒ぐ声でそれどころではないはずだ。
エネルギッシュな水流に吸い込まれそうになった尺八君



