ノースウィンドの町外れ。
海を見下ろす小さな丘の上で、アレンは一人暮らしをしている。

 

石と木で作られた古い家。
潮風にさらされた白壁。
窓の外には青い海と風車、遠くに見える港町。

その日の夕方、アレンはいつものように簡単な夕食を作っていた。

鍋の中では魚と野菜の煮込みが静かに湯気を立て、窓からはオレンジ色の海風が流れ込んでくる。

その時だった。

ふいに、窓辺へ一羽の鳥が降り立つ。

白銀とも薄緑ともつかない羽色。
夕日に透ける長い尾羽。
普通の海鳥とはどこか違う、静かな存在感。

鳥は驚くほど自然にそこにいた。

まるで最初から、この家へ来ることが決まっていたかのように。

 

 

アレンがゆっくり近づくと、鳥は逃げる様子もなく、小さく首を傾ける。

その脚には、小さな丸筒状の封書が結ばれていた。

白い紙ではない。
薄い青銀色をした、不思議な質感の素材。

封を留めているのは、聖オルレアン学院の紋章。

アレンは名前だけは聞いたことがあった。

森の奥に存在するという学院。
知る者だけが辿り着ける場所。
島でも限られた者しか入れない、静かな知識機関。

封書を手に取った瞬間、紙の表面に淡い光が走る。

そこには短い文章だけが記されていた。

――あなたを、聖オルレアン学院へ招待します。

読み終えた直後だった。

封書は静かに崩れ始める。

灰のようでもあり、光の粒子のようでもある小さな欠片となって、夕方の風に溶けるように消えていった。

後には何も残らない。

アレンはしばらく黙ったまま、窓辺に立つ鳥を見つめていた。

鳥は一度だけ静かに羽を広げる。

そして夕焼け空の中へ、音もなく飛び去っていった。

遠く、森の向こうへ。


まるで最初から、帰る場所が決まっているかのように。

 

エルディア島では古くから、聖オルレアン学院の入学は通常の学院とは全く異なると言われている。

島の各地に学院は存在するが、聖オルレアンだけは「受験を受ける場所」ではなく、「選ばれる場所」として扱われている。
学院の正確な所在地を知る者は少なく、中央森林の深部に存在すると噂されているものの、地図上に明確な位置は存在しない。実際には、学院へ辿り着ける者そのものが限られている。

最も有名なのが、“鳥”の存在である。

ノースウィンド、ウェストベイ、サウスシェル、サンフォール――。
島のどこかで、オリーブ色の長い尾羽を持つ不思議な鳥が現れると、その家から後に聖オルレアン学院の生徒が出る、と言われている。

鳥は普通の野鳥よりやや小柄だが、光の加減で羽色が変わって見え、植物のような尾羽を持つ。
音もなく現れ、人の多い港や街中でも妙に目立つにもかかわらず、気づく者と気づかない者がいるらしい。

島では古くから、

  • 「学院の使い」
  • 「森の霊鳥」
  • 「学院教官の精神が宿る鳥」
  • 「中央森林そのものの意思」

など様々な噂が囁かれているが、学院側はその存在についてほとんど語らない。

ただ一つ確かなのは、

鳥を見た者の中から、後に聖オルレアン学院へ招かれる者が現れる

という事実だけだった。

そして最近、ノースウィンドで再びその鳥が目撃された。

港近くの石畳の通り。
風車の見える坂道の上。
朝の柔らかな海風の中で、白い建物の屋根に止まっていたという。

数日後には町中に噂が広がった。

「今年は誰が選ばれるのか」

 

 

 

森の奥に佇む静かな知識機関 ― 聖オルレアン学院

聖オルレアン学院は、エルディア島中央部の深い森林地帯に存在するとされる少人数制・全寮制の超エリート学院である。
島の人々の間ではその名は広く知られているが、正確な場所を知る者はほとんどいない。

学院は巨大な城や都市のような建築ではなく、森と泉、水路に溶け込むように建てられた静かな石造建築群によって構成されている。
建物の高さは控えめで、白石や木材を用いた落ち着いた外観を持ち、長い年月を自然と共に過ごしてきた空気を感じさせる。

学院の中心には大きな泉と広場があり、そこから流れる水路や小橋によって各施設がゆるやかにつながっている。
森林の木々や苔、石畳、水音が学院全体に静かな一体感を与えている。

学院内には少人数用の講義室や魔法・精神研究用の演習室、古文書や星図を保管する図書塔、錬金術や装備製作を行う工房棟などが存在する。
また、全生徒が生活する寮棟や、実践訓練を行う郊外の訓練庭園、小型船舶を用いた水上訓練施設なども整備されている。

聖オルレアン学院は単なる魔法学校ではない。
魔術、海洋技術、戦術、錬金術、精神学などを横断的に学ぶ総合的な知識機関であり、島の未来を支える専門家を育成している。

各学年の生徒数は約20名程度。
学院は一般的な試験制度によって広く生徒を募集しているわけではなく、島各地に存在する“適性”を持つ若者を長い時間をかけて観測・選定している。

学院へ辿り着ける者は限られている。
それは結界によって隠されているからではなく、森そのものが適性を持たない者を拒むためだと言われている。

そのため島民の間では、聖オルレアン学院は「知る者だけが辿り着ける学院」として静かに語り継がれている。