皆さん、お元気ですか。
コロナウィルスと世の中にやられてませんか。
季節は春なのに、穏やかじゃない世界に
心が疲れてしまいがちですよね。

私は疲れ果ててしまったので、少しだけ
言葉にして消化しようと思って
久しぶりにここにやってきました。



今と、未来と、ちょっとだけ過去のこと。






この1か月、SNSを開くのが嫌になる程
溢れかえるヘイトに
飲み込まれそうになりながら
今日までやってきました。

見なきゃいいじゃんって言われたら
それまでなんですが、
見ないと決めてアプリを消した翌日
私の元に届いた一通のLINE。
友人が知らせてくれたのは恩師の訃報でした。

SNSで告知された告別式の案内。
友人が知らせてくれなかったら見逃していたんだなぁと思い
虚しさと切なさと、何より情けなさで
胸がいっぱいになりました。

SNSに飲まれるような自分じゃ、
現代では生きていけないと思い
こうして自分なりの言葉で消化することにしました。


都知事の不要不急の外出自粛要請により、
様々な意見が飛び交っていますね。

以下はあくまでも私個人の意思であり、
誰かに強要するつもりも議論する予定もない事を踏まえて
読み進めていただければと思います。



私は土日、自宅に引きこもろうと決めています。
予定はキャンセルして友人たちとも
家にいようねと話をしました。

実家暮らしの我が家には、感染弱者の兄がいます。
だから私がウィルスを持ち込んではいけないんだと、
言い聞かせています。

一人暮らしだったら違う行動を取ったかもしれません。

そんな中、兄は明日友達の家へ出かけるそうです。
私は「ちゃんとマスクして出かけるんだよ」と言いました。

もしも兄がコロナウィルスに感染して、
最悪の事態が起こったとき
私は「あの時もっと真剣に引き止めていたら」と
後悔に襲われるかもしれません。

そこまで考えていながらも、
私は「兄が自分で決めたことだから」と
引き止めることはしませんでした。

結局のところ、それがすべてだと思っているから。


他国にいる友人、帰国した友人、
みんなが口を揃えて
日本人は軽視しているという。

一方で経済が回らないと嘆く人もいる。

娯楽を軽んじてると批判する人もいる。

誰が正しいとかそんなことはもう、
どうだっていいんどよなぁと私は思う。



母はいわば自営業で、
正直この先のことに不安を抱えている。

かたや私は大企業と呼ばれる会社に属し、
在宅勤務に守られている。


どれもこれも、自分で選んだ道だと私は思う。

好きなことを仕事にしたかった人、
大きな会社に守られたかった人。

ただそれだけのことなんだ。


【保険】という商売が成り立つように、
多くの人が何が起こるかわからない未来に怯えながら
生活を守りながら生きている。


「コロナが終わっても商売が立ち行かなくなっては困る」
と言っている人々は大前提、
その未来に自分は生きているんだなぁと
そのポジティブさを羨ましく思う。

ダメになったらまた、やり直せばいいと
経営なんてこれっぽっちもわからない私は思う。

でも死んだらそんな未来すらやってこないんだよって。


保証、補填という言葉を正直見飽きたとさえ思う。

他国と比べて〜と言いがちな皆様ですが
日本という国が、他国と比べて裕福だなんて思ってないですか?

その方がよっぽど驚きだった。


商売が立ち行かなくなった時のこと、
考えてなかったなんて無責任だ。とさえ思うし
ウィルスなんて想定外だよ!って
そんなのみんなそうなんだ。

各国が、政府が、企業が、あなたが
直面している今は
今でしかないんだよなぁと。

どうにもこうにも被害者面ばかりで嫌になる。






自分が守りたいものを
自分のやり方で守るしかない。

手段は自分で決めるしかない。

そうやって生きてきたのに、
何かのせいにして目の前の本題から目を逸らしてませんか。


生きるか、死ぬかなんだ。

今日も、明日も、明後日も、ずっと。











9年前、震災の混乱の後
私は大切な友人を失いました。

世間はまだ慌ただしく、
不況が叫ばれる中始まった新生活。

大切な人、一人にすら
向き合うことができなかった後悔を
絶対に忘れないと誓ってから9年。


私の人生観を大きく変えた分岐点だった。






コロナが落ち着いて、日常が戻ってきたら
何もかも終わりだなんて
思ってないよね?って
SNSで吠えてるすべての人に問いたい。


生き抜いてたどり着いた未来で、
そのまた次の一手を考えて考えて
そうやって人生を全うしたい。


私は絶対にこんなところで死にたくないし、
やりたいこと叶えたいことも山ほどあるから
だから、家に引きこもる。
それだけのことなんですけどね。


少し前の私は正直もっとコロナをなめていたし、
在宅勤務しながらも外に出たり
空いてるねーなんて友達と外食もしてた。
悪いことをしてたとは思わないし、
間違ってたとも思わない。

でも状況が変わった。

刻一刻と変わっていく今に、最前線の情報に向き合って
どういう行動をとるのかは自分次第だと思う。





だいすきなライブハウスがなくなったら、
なんて考えるだけで苦しいけどでも
ライブハウスが存続しても
そこに自分がいないなんてもっと嫌だ。

失った悲しみすら感じられないなんて、
想像したくない。

それは友達も音楽も家族もそう。

守りたいものがあるから、
だから私は自分の行動は自分で決めるし
誰かのせいになんてしない。

今まで通りに食品や服を買うし、
払い戻されたお金でまた旅行にもライブにも行く。

経済が回らないという理由で、
外食や外出はしない。

ただそれだけのこと。


大袈裟だったと笑える未来に、
私は生きていたい。





頼りない政治家を選んだのは
紛れもなく私たちだ。

選ぶことを放棄したのは
他でもないあなただ。

その事実を受け止めて、
この先の日本が豊かな国になればいいなと思う。


次の選挙の投票率が上がらなかったら、
私は心底落胆するだろうな。


あんまり上手くまとめられなかった。

まぁ、まとめるつもりもなかったけど。

吐き出したいだけの、言葉を詰め込んだ。

ちょっとスッキリ。





はぁーあ!在宅太りが進まないように、
なんか考えなきゃな!!







お久しぶりです。こんばんは。

昨日、久しぶりに色んな人に会って
何となく言葉にしたくなったので
最近のことを、少しだけ。






大人になりたくないって、みんな言うけど
私はいつだって大人になりたかった。

憧れの人たちの背中を追いかけて、
かっこいい大人になりたくて
必死になり出したのは21を過ぎた頃からかなぁ。

最近は、背負いすぎてたのかななんて
生き急いできたことに気付いて
少し歩みを緩めようと思っていたら
颯太さんが同じようなことをMCで言ってて
あぁ間違ってないんだなって思えたよ、
ありがとう。

“普通”になりたくて、
ライブハウスから離れる努力をして
働いて、彼氏ができて、
結婚とか、色々ね、考えてしまったよね。

土日休みで働いて、
趣味彼氏ですみたいな生き方をして
数年後には結婚していれば
周りは安心するのかなぁとか考えて
勝手に色んなものを背負いこんで
いっぱいいっぱいなまま
彼氏にばっかり寄りかかって。
今さらごめんねなんて、
ずるいよなぁと思ってるけど、
ごめんね。


自立しなきゃとか、迷惑かけないようにとか
心配させないようにとか、
頭で考えるだけ無駄なことを
グルグルグルグル考えて
自分がどんな人間で、何がすきで
何に笑って、何に怒って
どんなふうに生きていたいのか
忘れかけてたんだなぁ。


昨日は少しだけ、
自分がどんな人間だったかを
思い出すきっかけをくれた日だった。

たくさんの友達と、(元)仕事仲間と、
それから大好きな音楽を鳴らす人たちと会って
笑ってくれたり、心配してくれてたり、
とにかく色んな表情に出会って言葉をもらった。

そして何よりも
フロアから見える景色も聴こえる音も、
一瞬たりとも逃さず
抱きしめたいと思わせてくれる音楽が、
みんなが本当に、本当にだいすきです。

Dear Chambersのとき、
最後一曲でみんながぶちあがった後に
ゆーすけが「もう一回」って言ったあと
森山さんの目が輝いたあの、一瞬。
涙が溢れて止まらなかったんだよなぁ。

ドラマがあったんだ。

全てがどうでも良くなって、
今だけを愛したいと思えた時間だった。

だいすきだよ。ありがとう。



上手いとか、下手とか、
売れてるとか、なんかもうそういうのは
どうでもよくって
入り込めるか、入り込めないか。
ドラマがあるか、ないか。
それだけなんだ。

ライブハウスで心が揺さぶられなくなるくらいなら、
大人になんかなりたくない!
ドラマチックに生きていたい!

そう思った夜だった。

KAKASHI、お疲れ様。ありがとう。





恋愛はしばらくこりごりなので、
25歳に向け散財もしたし
自分のことだけ考えるのも悪くないかなって。

なんかたまたま、前のも、前々回のも、
猫のこと書いてたけど
実は我が家に新しい家族が来て
それがまぁ、甘えんぼの3足にゃんこで
手がかかるったらありゃしないので
しばらくはその子のために頑張ります。

守るべきものがあれば、
人は強くなれるんだぁぞ。

いい子になれなくてごめんね、
いい娘でいれなくてごめん、
いい彼女でいれなくてごめん。

たくさんのごめんねを積み重ねて、
それでも前を向いて生きるしかないことは
わかっているのでね。

愛を、愛で、愛に。

返せるように、届けられるように、
伝えられるように。

いつかまた大切な人ができたら今度は、
嘘偽りのない自分で愛し愛されるように。

生きていこうと思いました。


ありがとう、音楽!










数年前の自分の言葉に鼓舞されることもあるんだぁな!







全文はここから



また、ライブハウスのフロアで
お会いしましょう。





最近のこと。

たまーにくるわけもわからず苦しい時間が
なかなか終わらない。

終わらないまま次から次へと色んなことがあって
心が追いつかないまま1月が終わった。

言葉にしたら浄化されるんじゃあないかって、
そんな小さな希望を込めて
久しぶりに備忘録。











ありがたいことに仕事があって、
尊敬している人たちと毎日を過ごして
刺激的すぎてどうしようなんて思うくらい
充実した日々を送っている。

時たま忙しさに殺されそうになったり、
仕事ができない自分に苛立って
心が折れそうになりながらも
これがいつか糧になるって信じて
なんとか時を超えている。


そんな最中にいくつも襲ってきた悲しい知らせは
今の自分には越えることの出来ない
大きなものばかりで
毎日毎日虚無感の波に襲われては
グッとこらえていた。


愛猫が旅立ってしまって、
鳴き声の聞こえない寝室や
ぬくもりの感じないベットだけが残った。

お風呂から上がった私によってくることも、
ストレッチの邪魔をすることも、
ヨガマットで爪を研ぐことももうない。

15年、数字にすれば短いように感じるが
共働きの親を持つ私にとって
唯一家で帰りを待っていてくれる存在が犬や猫だった私からすると
決して短くない時間だ。

ねぎちゃんに毎日おやつと称して缶詰をあげて
デブ猫に育て上げたのだって私だ。

幼少時代の思い出は数え切れないほどある。

大人に近づくに連れて家を空けることが増え、
触れ合う機会は減ったものの
家中を我が物顔で歩く姿は生活の一部だった。

当たり前を失って、悲しいと嘆くしかないことが
さらに寂しさを助長する。

そんな私よりも悲しんでいる母の姿を見て
さらに胸が痛む毎日だ。

時間が解決してくれる。

そう信じて時をやり過ごすしかないんだろうか。


今はまだわからないなぁ。と。


毎日寝れないと嘆く母を
どうしたものかと思って
昨晩(深夜)に母をカラオケに誘ってみた。

風邪を引いた兄も何故かついてきて、
人生で初めて家族でカラオケに行った。

兄が歌が上手くてびっくりしたし、何より
私が好きな嵐を歌ったことに驚いた。(しかも完璧に)


「すずこがいつも聴いてたから。」

そんな兄の言葉に思わず涙が溢れそうだった。








今でこそ、
家族仲良いねなんて言われることが増えたけれど
そんなことはなかった。

中学生の頃は母親が大嫌いだったし
高校を卒業してから兄と仲が悪くなって家を出た。

ずっと家族のあり方みたいなものがわからなくて
周りと比べては寂しさを感じていた頃もあった。

 
中学生の時に親が離婚するまでも、
ほぼ別居みたいな感じで父親とはなんなのか
わからないままこの歳まで生きてきた。


去年の今頃、
空港まで迎えにきてくれた父が
私の姿を見て泣いてくれた時
初めて父親からの愛というものを感じたこともあった。



そして昨日、
一生わかりあえないと思っていた兄が
幼いこと大好きだったお兄ちゃんのままなんだと知った。


記念すべき日になった。











ずっとずっとなくならない虚無感は、
きっといつのまにかどこかへ消えて
無くなるんだって信じて
前を向いて生きていこうと思った。



家族が健康で生きていたらそれでいい。

笑顔の絶えない、
なんてそんな謳い文句はいらないから
たまに揃った時に笑いあえたらそれでいい。

22までずっとずっと好き勝手生きてきて
たくさん迷惑かけて心配かけて苦労かけてきたんだから
これからはちょっとくらい支えになりたい。



たくさんの青春の終わりに心がやられていたけれど
踏ん張るしかないんだなと思った。



何が辛いわけじゃなくてただ、
自分が情けなくて悔しいんだ。

大きくて温かい人間になりたいなぁ。



そう思う。


ヒグチアイさんの備忘録を聴いて
元気になりましたとさ。


明日からまた頑張りましょうかね。


暖かくなったらどこかへいこう。
お誘い待ってます。