先日、父の命日でした。
亡くなって早3年。今年は何も法要がなかったので、1人つらつら最期の日々なんかを思い出したりしながら、お墓参りに行ってきました。
実の父親が認知症になる、というのは中々辛いものがあったけれど…介護職とはいえ、やはり仕事では何ともないことでも、親のこととなるとそうは行かず、は数多くありました。
それでも、大きな後悔なく振り返れるのは、最期、に際して3つの事が解決していたからかな、と思います。
ひとつめ。
ゴールを決めておく。
父の最期は必ず私が看取る。と決めていました。
医師からの話、看護師さんとのやり取りから、そう遠くないんだ、と感じた私は躊躇いなく仕事の調整に入れました。
もちろん、同僚やご利用者さま、そのご家族の協力あってのことです(当時は訪問介護の仕事をしていました)。
ふたつめ。
葬儀社を決めておいた。
これは、我が旦那さまが父の最期がそう遠くないと悟った時、提案してくれた事でした。
その時は事前に、なんて縁起でもないと憤慨する気持ちでしたが、旦那さまなりに、自分のお父さんの時、大変だった事を思い提案してくれた事でした。
結果的には、事前に決めていたこと、見積もりも取れていたこと、でとても事がスムーズに運び、見おくることに専念出来ました。
みっつめ。
お墓問題を解決しておいた。
私は一人っ子で、私たち夫婦には子どもがいない、という事もあり、永代供養を考えていました。
とはいえ、具体的には何も決まっておらず…。
またまた旦那さまが活躍しています。
私の意図を理解していた旦那さまは、私が病院で付き添っている間に、お義母さんと実家の菩提寺に相談に行っていてくれました。
そしたら、通夜葬儀等を引き受けて下さったのはもちろん、永代供養を始めようとしている事を教えて下さったのです。
父の魂が落ち着ける場所が出来ました。
お別れ、その時に色々と決めたりするのは、本当に大変だと思います。
これらが解決していた事で私は、父を見送る、それに専念できた事で、やりきった気持ちが大きかったです。
縁起でもない、と思う方もいらっしゃると思いますが、一度しかない、やり直しが効かない最期、に際して、どなたかの参考になれば、と思い出した事を綴ってみました。