もうご存じの方も多いと思いますが、まついなつきさんが先日逝去されました。

ご連絡をいただく前に、息子さんたちのツイートで知り、茫然としていたら、

別途ご連絡をいただき、絶句しました。

 

何とかお通夜に参列することができ、お別れをすることができました。

 

今は懐かしい、「第三の眼」を同時期に卒業し、中野トナカイの立ち上げメンバーの

末席に座らせていただいたのが、ついこの間のことのようです。でもその間に育った娘のでかさを考えると、かなり前のことだったんだな、と思います。

もともとは池袋西武のカルチャーセンターでの講座を受講したのが、知り合ったきっかけなので、

まさかその先生といっしょにお店をスタートさせるとは思いませんでした。

私の占星術の知識やスキルは、基礎をまついさんが固めてくれて、そしてペン先を鋭くしてくれたのは芳垣先生という感じです。私の講座を受講された経験のある方ならまるわかりだと思うのですが、

私の講座のベースはたぶんまついさんから授かった知識がベースになっていると自分でも思います。

 

その後、私は家庭がバタバタとして、お休みしなさい、と半ば強制的にトナカイをお休みすることになり、そのまま卒業したような形です。なぜあのとき休めと言われたのか、今は答えが分かるような、やっぱりわかってないような。答え合わせのときは、娘が巣立ったとき、と勝手に思っていたので、それができなくなったことが残念で仕方ありません。

 

訃報にふれてから、お別れまで少し日が空いたのですが、ぼーっとしているといろいろと考えてしまうので、積極的に鑑定のお仕事を入れていました。なんとなくそのほうが送る私の心構えというか、ちゃんと仕事してますよ、のスタイルを見せられるような気がして。

お通夜の席ではたくさんの懐かしい顔に会うことができ、中断していたある案件を再開させましょうよ、という話にもなりました。2年ほど前、一度その相談をまついさんにしたことがあったのですが、難しいと思うけど、頑張ってみて! と励まされたのにそのときは積極的に動けず止まってしまったのが、これもまた心残りです。

最後にお会いしたのは、昨年のGWのウラナイトカナイのイベントでした。早くついてしまって、お店の前でぼんやり待っていたら、まついさんがやってきて、はやいね~と言われながら開店準備をしました。鑑定イベントが終わり、失礼するときに、「よかったよかった、これで終われるわ!」と言われて、私も「たしかにこれでトナカイ卒業だ!」とすっきりして帰宅したのを覚えています。

 

実はトナカイの電話回線の権利は、私が貸していたので(笑) お店の閉店とともにその作業で連絡したのが、やり取りをした最後になりました。

 

引っ越しした際に、本をほとんど処分してしまっていたので、まついさんを知るきっかけになった「笑う出産」を改めて購入し、今読んでいます。もともと育児誌系の仕事をしていたので、実際に自分が妊婦になる前から、愛読していたのですが、娘もいよいよ大学進学という今読んでいると、もっとこんな風に楽しんで育児できてたらよかったのに(笑) と思うくらい、乙女座の私は、らしいちゃーらしい、意外と肩に力の入った育児をしていたなあと思います。渦中のころはできていると思っていたけど、全然だったw まついさんの長男、空知くんとうちの娘はホロスコープが似ていて、おひつじ座全開子どもの接し方をよく教えてもらっていました。心配ないわよ、とよく言われていた気がします。

 

まだまだもっといろんな話をしたかったけど、ここでお別れとなりました。いろんなことを全速力で片付けて、走りぬいていった印象を受けます。育児の先輩として、占いの先輩として先生として、本当にお世話になりました。いつかまたお会いできるのを楽しみにしています。

 

最近は別名で電話鑑定しているのがほとんどですが、トナカイのイベントなどで対面鑑定をさせていただくと、やっぱり楽しいなあと思いました。これからも教えていただいたたくさんのことを糧にお仕事していきたいと思います。