まるで電源を抜かれた機械のように、人間が瞬時に生命力を失い、全生命機能が停止する病。

シャットダウン・ディジーズ。

それは一瞬で世界中の人が知ることになった。

2016年8月20日。

リオデジャネイロオリンピック、男子100メートル決勝。

世界中の注目は前年に世界記録9秒49を出したジェレミー・スミスだ。

しかしジェレミーよりも注目を集めていたアジア人がいた。

アジア人初、いや日本人初の決勝進出を果たした矢波光一だった。

矢波は今大会予選でアジア人初の9秒台、9秒98を出すと準決勝では9秒89を記録し世界を驚かせた。

競技場が静まる中、全選手がスタートラインに並んだ。

静寂を破るピストルの音が鳴り響き、アスリートの筋肉が弾けるように前に押し出されていった。

ジェレミーが驚異のロケットスタートを成功させ、一秒後にはすでに体一つ抜け出した。

しかし、その3.5秒後、世界は驚きに息を飲む。

矢波が、誰も観たことがない驚異の加速でジェレミーに追いつき、完全に並んだのだ。

この時、日本中で大きな歓声が沸き起こったという。日本での視聴率は70%に達していた。

各国の実況席が各国の言語で同じ言葉を叫んでいた。

「あり得ない!!」

そして、その言葉と同時に、各国の実況席から同じ言葉が叫ばれた。

その声は、更に大きな声、いや悲鳴、叫び声だった。

矢波はジェレミーに並んだ瞬間、糸を切られた操り人形のように脱力状態になり、頭からトラックに突っ込み、関節がバラバラに動きながら猛スピードで転がっていった。

口から吐き出された血が大きな弧を描いていた。

躍動感溢れるアスリートが、ただの人型の物体のように転がっていた。

余りの恐ろしさに、全選手がゴールする前に足を止めた。いや、足がすくんだといったほうが良いだろう。

間近でそれを目撃したジェレミーは、トラックの上で四つんばいになり、恐怖の余り泣き叫んでいた。

これが、シャットダウン・ディジーズが目撃された瞬間だ。

そして、日本の崩壊の秒読みが始まった瞬間だった。


(つづく)