僕は「ばあちゃん子」だ。

共働きの両親に代わり、僕を育ててくれたばあちゃんは、僕の大事な人だ。

小学校の時、夜寝るときは、いつもばあちゃんの布団で一緒に寝た。

冷たい僕の足に、ばあちゃんの暖かい足が乗っかって、温めてくれた。

本当に僕は、ばあちゃん子だった。

ばあちゃんは、僕が小さな頃、「耳かき」をしてくれた。

とても気持ちよかった。

でも、僕が中学生になる頃には、恥ずかしくて「耳かき」をお願いしなくなった。

寝るときは僕は僕の部屋で寝るようになり、ばあちゃんは一人でばあちゃんの部屋で寝るようになった。

そして、僕が高校三年生になった頃、部屋でテレビを見ていると、ばあちゃんが突然入ってきた。

辛そうな顔をしていた。

「みんがおかしがよ。みんに何かはいっちょらせんか。領一、みんかきで取っくれんか」
(宮崎県都城弁:翻訳→ 耳がおかしい。耳に何かが入っているかもしれない。領一、耳かきで取ってくれないか

僕は驚いた。

僕は、耳かきをしてもらったことがあっても、人に耳かきをしたことがなかったからだ。

人の耳アカを見るのも嫌だった。

でも、ばあちゃんは一生懸命僕にお願いしている。

ばあちゃんが畳の上に横たわる。

僕は生まれて初めてばあちゃんの耳を見て、生まれて初めて耳かきを手にした。

僕は何だか恥ずかしくて、早く終わらせたかった。

でも・・・・

でも、何度もばあちゃんの耳の穴を覗いても、何も無かった。

「ばあちゃん、なんもねがよ。ねんもね」
ばあちゃん、何もないよ。何もないよ

僕はすぐに耳かきをばあちゃんに渡すと、テレビに顔を向けた。

ばあちゃんは苦い顔をしながら、「みんがおかしい、みんが遠いがよ」と言って部屋を出て行った。

その直後から、ばあちゃんは人の話を何度も聞くようになった。

そして時が過ぎ、僕が40歳を超える頃、僕は突然難聴になった。

急に左耳が聞こえなくなって、慌てた僕は長男(12歳)に、「ちょっと耳の中を見てくれないか」とお願いしていた。

長男は、「嫌だよ、人の耳を見るのは」と言った。

その刹那、僕はあの時のばあちゃんを思い出した。

ばあちゃんは、今の僕と同じような苦痛を感じていたんだ。

耳が遠くなって、驚いて、僕に耳かきを頼んだんだ。

僕は右手に耳かきを持ちながら、長男を見つめて、

「いや、いい。大丈夫だから。」

とだけ言って、部屋に戻った。

僕は部屋の壁をずっと見つめながら、あの時の場面を思い出していた。

何度も何度も。

ばあちゃんは7年前に亡くなった。

亡くなる直前は、もうほとんど耳が聞こえず、ばあちゃんの耳元で大声をあげても分からないほどだった。

でも、それでもばあちゃんは僕に笑顔を向けてくれた。

まるで聞こえているように。

僕が東京に出て行き、ばあちゃんと会えるのは一年に一回か二年に一回くらいしかなくなっていた。

会う度に耳が遠くなっていたばあちゃんは、それでも僕の話に相づちを打ってくれた。

ばあちゃんの葬式の時、僕は涙が止まらず、涙を出し切った後に、大量の鼻血を出した。

真っ白なハンカチが鮮血に染まるほど、僕は人前で泣いた。

その時の感情が、右手に耳かきを持った僕の頭に蘇り、僕は部屋で一人、また泣き続けた。

ばあちゃんが生きていれば100歳。

まだ生きていたら、僕は喜んで、ばあちゃんの耳かきをする。