いまの私の混乱っぷりが
伝わるのでは ないでしょうか。
私には、なまえがおおすぎます。
もとの名、
演劇名、
結婚後の名、
制作ネームの屋号、
文章用の屋号、
さらに このブログでの私の名は、
芝居仲間からのよび名です…。
何とかしたいです。
わかりやすくて自然な、
ひとつの名前をもちたい。
生まれたとき、つけてもらった名前は
母がとても気にいらず、
母は私に、しょっちゅう文句を言っていました。
あまりに文句を言うので、
「じゃ、だれがつけたの」
「どうしてつけたの」
と、ひるまず たずねるも
そのたび べつの話をされ、
私の言動・おぎょうぎわるさをたしなめられ、
おちゃをにごされていましたが、
数年前に、やっとほんとのところが
わかってきました。
うすうすは、気づいていたのですが…
……わかればわかるほど、その真相は
しょぼくて、カナシイものでした…。
ただの、意見の
まとまらない
ふうふげんか、
だったのです。
私は、おとなげない上、
こどもの頃、ほんとにずっと
悲しかったので
このことを 笑い話には、できません。
おとうさん、おかあさんも、
かわいいとこあるじゃん、とは
思えません。
(思ったふりを、長くしていましたが
やはり、ふりは「ふり」でした…。)
そんなわけで、
私の名前は
私にとって、すっかり嫌な名前になって
いたけれど、
でも……、
ちかごろ、この
もともとの名が 好きになってます。
母にばりばりと怒られながら、
父が役所で辞書引いて、
画数かぞえてつけてくれたのです。
それがまた、まちがえている、
気に入らないと、母はばりばりと
怒りつづけたわけですが、
いいじゃないですか、それで。
この名でいいんです。
ぐるっとまわってか、
そう 思うんです。
学生のころ、
「画数を変えなきゃ。
あなたはきつすぎる。
あなたの人生がしんどい。
まわりを不幸にする。」
と、母に言われ
名づけの先生に漢字をもらいに行きました。
それが、とてもやさしい先生で、
とてもいい字で、長年、
大切に使いました。
が、いまは
もともとの名でよかったんだ。
と、思ってます。
なにも、暮らしのなかで つとめて父を
わるものにすることなんて、なかったし
「名前もほろくに、ようつけんと」というのはうそだし
(だって、父が字を決めたんですよ)
(つけてるやん
)
いまだって、つとめて母をかばったり
心を抑えて、かえってにくんでしまったり
しなくて いいのじゃないかなぁと
感じられてきています。
たぶん、それは
私が 髪をばさばさと切ったからで
またいつの日か、髪のばしたときも
いまのままの気持ちでいられるんなら、
嬉しいのになぁ~って
憧れてます。
私にとって、憧れは月、憧れは空、
憧れはみずうみ、たいよう、
憧れは長い髪、
憧れは歌、そして、
鳥や蝶や、野の草花
こうらをもった、虫やカメ、アルマジロたちです。
そして憧れは、わかくうつくしい、私の母でした。
(実際の母はたぶん美人じゃありません)
(しかし、幼い私には天女にみえた)
(だいすきだった)
その母に嫌われるというのは、
とてもとても、つらいことでした。
名前のわるぐちを言われ、
漢字を変えさせられ、
当時は大金だった そのお金を私が払うことも
あて字した名を使うことも
ふに落ちなかった。
母が、というわけでなく
ふにおちないまま、
じゅんじゅんと 「それがいい」
「あたしが決めた」 「とくした」と
信じて、思い決めて、生きてたわたしが
可笑しくて、
あほらしくて、
カナシイ~~。
はっはっは……
ハァあ~、っと。
そして、もうすぐ50になる私は、
とうとう気づいてしまった。
母は当時、私にきつくあたられ、
私が 母を不幸にしているから、
もーすこし、なんとかならんかと、
占い師さんに相談に行き、
漢字を変えさせたのです。
ことば たくみに…。
そして、まったくわるぎなく
それを、心から、娘のためと
信じているのです、いまも。
踊らされ、踊っていたわたし。
やはり、母を嫌いにはなりにくいので
ときたま、ごくたまーにですが
しにたいくらい、おちこむときがある。
でも、それは 大人のわたしが解決すべき
私の問題で、
いろいろ手を出してはひっこめ、
名前がふえていったこと、混乱が
おさまっていかないことも
母のせいではなく、
私のせいなのです。
あんなに、あんなに文句を言っていた私の名。
私からすれば、ひどいからかいをしていた母。
その母は、ようつけなかったのです。
おさなご本人に文句を言いつづけ、でも
決められなかったのだなぁ。
娘の名ひとつ。
夫に「嫌!」はたくさん、言えてもね
じぶんの母でなければ、
よそのおじょうさんなら、
「かわいいひと」とよぶのだろうか。
あたしは、それを。

「なぞ」です。
でもいつか、なぞはとけると思う。
おやすみなさい

伝わるのでは ないでしょうか。
私には、なまえがおおすぎます。
もとの名、
演劇名、
結婚後の名、
制作ネームの屋号、
文章用の屋号、
さらに このブログでの私の名は、
芝居仲間からのよび名です…。
何とかしたいです。
わかりやすくて自然な、
ひとつの名前をもちたい。
生まれたとき、つけてもらった名前は
母がとても気にいらず、
母は私に、しょっちゅう文句を言っていました。
あまりに文句を言うので、
「じゃ、だれがつけたの」
「どうしてつけたの」
と、ひるまず たずねるも
そのたび べつの話をされ、
私の言動・おぎょうぎわるさをたしなめられ、
おちゃをにごされていましたが、
数年前に、やっとほんとのところが
わかってきました。
うすうすは、気づいていたのですが…
……わかればわかるほど、その真相は
しょぼくて、カナシイものでした…。
ただの、意見の
まとまらない
ふうふげんか、
だったのです。
私は、おとなげない上、
こどもの頃、ほんとにずっと
悲しかったので
このことを 笑い話には、できません。
おとうさん、おかあさんも、
かわいいとこあるじゃん、とは
思えません。
(思ったふりを、長くしていましたが
やはり、ふりは「ふり」でした…。)
そんなわけで、
私の名前は
私にとって、すっかり嫌な名前になって
いたけれど、
でも……、
ちかごろ、この
もともとの名が 好きになってます。
母にばりばりと怒られながら、
父が役所で辞書引いて、
画数かぞえてつけてくれたのです。
それがまた、まちがえている、
気に入らないと、母はばりばりと
怒りつづけたわけですが、
いいじゃないですか、それで。
この名でいいんです。
ぐるっとまわってか、
そう 思うんです。
学生のころ、
「画数を変えなきゃ。
あなたはきつすぎる。
あなたの人生がしんどい。
まわりを不幸にする。」
と、母に言われ
名づけの先生に漢字をもらいに行きました。
それが、とてもやさしい先生で、
とてもいい字で、長年、
大切に使いました。
が、いまは
もともとの名でよかったんだ。
と、思ってます。
なにも、暮らしのなかで つとめて父を
わるものにすることなんて、なかったし
「名前もほろくに、ようつけんと」というのはうそだし
(だって、父が字を決めたんですよ)
(つけてるやん
いまだって、つとめて母をかばったり
心を抑えて、かえってにくんでしまったり
しなくて いいのじゃないかなぁと
感じられてきています。
たぶん、それは
私が 髪をばさばさと切ったからで
またいつの日か、髪のばしたときも
いまのままの気持ちでいられるんなら、
嬉しいのになぁ~って
憧れてます。
私にとって、憧れは月、憧れは空、
憧れはみずうみ、たいよう、
憧れは長い髪、
憧れは歌、そして、
鳥や蝶や、野の草花
こうらをもった、虫やカメ、アルマジロたちです。
そして憧れは、わかくうつくしい、私の母でした。
(実際の母はたぶん美人じゃありません)
(しかし、幼い私には天女にみえた)
(だいすきだった)
その母に嫌われるというのは、
とてもとても、つらいことでした。
名前のわるぐちを言われ、
漢字を変えさせられ、
当時は大金だった そのお金を私が払うことも
あて字した名を使うことも
ふに落ちなかった。
母が、というわけでなく
ふにおちないまま、
じゅんじゅんと 「それがいい」
「あたしが決めた」 「とくした」と
信じて、思い決めて、生きてたわたしが
可笑しくて、
あほらしくて、
カナシイ~~。
はっはっは……
ハァあ~、っと。
そして、もうすぐ50になる私は、
とうとう気づいてしまった。
母は当時、私にきつくあたられ、
私が 母を不幸にしているから、
もーすこし、なんとかならんかと、
占い師さんに相談に行き、
漢字を変えさせたのです。
ことば たくみに…。
そして、まったくわるぎなく
それを、心から、娘のためと
信じているのです、いまも。
踊らされ、踊っていたわたし。
やはり、母を嫌いにはなりにくいので
ときたま、ごくたまーにですが
しにたいくらい、おちこむときがある。
でも、それは 大人のわたしが解決すべき
私の問題で、
いろいろ手を出してはひっこめ、
名前がふえていったこと、混乱が
おさまっていかないことも
母のせいではなく、
私のせいなのです。
あんなに、あんなに文句を言っていた私の名。
私からすれば、ひどいからかいをしていた母。
その母は、ようつけなかったのです。
おさなご本人に文句を言いつづけ、でも
決められなかったのだなぁ。
娘の名ひとつ。
夫に「嫌!」はたくさん、言えてもね
じぶんの母でなければ、
よそのおじょうさんなら、
「かわいいひと」とよぶのだろうか。
あたしは、それを。

「なぞ」です。
でもいつか、なぞはとけると思う。
おやすみなさい