旧谷中村が廃村
旧谷中村は利根川の治水対策として、また足尾銅山より流れ出る鉱毒の公害対策として、国より進められた貯水池化計画により、377戸2,527人は近隣町村に移住し、藤岡町(現栃木市に)合併廃村となり、ここに広大な渡良瀬遊水地がつくられた。
谷中村合同慰霊碑
昭和46年4月に建設省が元谷中村の子孫たちの要望で、遊水池内に散在した無縁墓地等を移転し、合同慰霊碑を建立した。
合同慰霊碑を囲む塀の三方内側には、数多くの墓石がびっしりと安置されています。
十九夜の碑がとても多い。
19日に地域の人たちが集まって十九夜様をまつり、地域内の女性の安産を祈った風習。
娯楽のない時代、女性が集まり食事をしたりして唯一楽しみなときだったとか。
旧谷中村在籍者氏名が刻まれている碑。
工事殉職者碑
キンモクセイが咲き始めていた。