こんにちわ🥰
鈴乃音です(*´ω`*)


今、
体調不良で長く
仕事をお休みしているのですが、(休息💓)

図書館で面白い本を見つけて、読んでいます。




こちら↓



旦那に白い目で見られつつ(笑)笑い泣き





東北大震災で亡くなられた方々が、
一人の女性にすがって、
憑依し、
『生きたい!』という想いを切望する。
(女性の身体を通して)

その記録が書かれた本でした。




なんにんも、何人も。

憑依する現場が
女性本人と、
浄化する和尚さんからの視点で、
描かれています。



死者にとって、

自分がとり憑いた女性の人権や人生などは、
お構いなしだ。

構ってられないから。



人によっては、きっと同情もして、
涙も出てくると思う。


津波にのまれて亡くなるとは、
こういうことか…と。

闇落ちして、彷徨うとは、
こういうことか…と。


亡くなられた本人の目線を、
追体験するような記録の数々。


でもそれは、

ひとりの女性の人生を犠牲に、
描かれた記録。


その女性を助けるため、
お寺の住職さん(夫妻)が、
ご協力して、
何人もを浄霊される記録を
取材された一冊でした。


理解できるもの、
拒むもの、
ただわからない子供や動物、


そのリアルが、学びになる本でした。



『憑依』の怖さ…というか、

理不尽さ、不条理さを


知らない人には
ぜひ読んでもらいたい一冊です(*´ω`*)



幽霊が見たい人っていうのは、
きっと、
相手が『人』であることを、
忘れている人なのかもしれない。



そんなに、
ゴタゴタした人間関係…好きなん?(笑)


ゴタゴタというか、
ドロドロというか。


自分に対して

被害者意識ゴリゴリでやってきて、
人の話はきかん、
自分が全部正しくて、
自己主張してくる人との人間関係を結ぶ。


それが、
『幽霊を見たい』ということなのに。



しかもその人たちは、

身体なもうないから、
納得するまでずっと憑いてくるという、
ホラーだ(笑)

人の話を聞こうとしないのに、
ずっと憑いてくるって、
 
ホラー以外何者でもないよ?(笑)




本当に、理不尽な世界だと思う。


きっと、
神仏目線からみたら、
その意味もあるのだろうけれど…


そう理解していても、

憑依という、
生命への侮辱と侵略に、腹立たしくてならない。


人間だから。

私も、一人の
今を生きる人間だから。


人生を
人権無視して
侵略される理不尽さは、
この世で生きる誰もが
味わいたくもない苦しみだと思う。



読み終わりにきて、

今の日本の『欠点』が、
より、まざまざと視えた気がした。


今の日本人は、
『祈り』が少ない。


『祈り』の大切さを、
知らないのかもしれない、と。


神社仏閣へ行く人は増えてきて、

スピリチュアルをより身近に
生活できる人が増えてきたけれど、

『自分本位』でしかない人も多い。


願いを叶えたい。
幸せになりたい。


たい、たい、たい。



願うことは悪いことではない。
人間には
生まれ持って備わった感覚で、
あることが正常なのだから。

ただ、
それだけではいかんのだということを、
知っておかねばならんのだ。


神様は、
希望を叶えるためだけに
おられるわけではない。


人にも、神仏にも
他の幸せを願う
『祈り』という感覚がある


あるがままの穏やかさを
あるがままの状態を
心穏やかな平安を

『祈る』のだ。


祈りは、生死をこえていく。


死の向こう側には、
名前も
財産も
身体も
持っていけないが、


想いは届くのだ。


生き残った者が、
死者に対してできるのは『祈り』だ
それはにほんでは『ご供養』ともいう。

それは
死者からも同じで。
この世に残してきた者に届くのは、

『祈り』なのだ。

悲しいけれど、
生きたいという『願い』ではないのだ
 

それは届かない。

届かないどころか、
その『生きたい』という願いが、

見ず知らずの
誠実に生きる誰かを苦しめるのだから。

 

祈りと
ご供養の
重要性はここにある。




そう思うと、


今の日本の教育には、
『死』というものの

教育がない。
教養がない。


そう感じたのだ。



人の幸せを祈る。
自分の幸せを祈る。

その教育がないことが、
今の日本教育の欠点だと思った。


全員にないわけではないのは知っている。

死というものを理解して、

祈れる人もいるけれど、



『死んだら何もなくなる』とか

『死んだら無になる』とか、


そう思い込んでいる人ほど、


人にとり憑き苦しめる
犯罪者のような浮遊霊や地縛霊になる。


そして、自分は『被害者』だと
本気で思っているのだ。

人の人生を奪う加害者であるのに。



『浮遊霊かわいそう』
『地縛霊かわいそう』

と、


私には、
全く同情できない。


それよりも、


そんな悲しい人を生み出した、

今の日本の教育の愚かさに怒りをを覚えるのだ。


せめて
『死んだら光がある』と、

教えてやってほしい。


そんな教育がされていたなら、

そんな教養が彼らにあったのなら、


苦しまずに済んだかもしれないのに。


理不尽に苦しむ人の数も、
減らせるかもしれないのに。



亡くなった方々を『幽霊』と定義づけ
オカルトとして扱い始めたのは

誰だったろうか?



スピリチュアルという教育に乗じて、
『願いは叶う』『神様に叶えてもらう』
など
自分の行いや意識は改めずに顧みずに
欲と怠慢を正当化した
エセスピリチュアルを広げたのは、

誰だったろうか?


日本の伝統文化を
生活圏から離れさせ、
ハロウィンを流行らせたのは、

誰だったろうか?



日本教育を曲げてしまった
その根本にいる者たちこそが、


視える世界も
視えない世界も

カオスに巻き込んでいった。



視えないからこそ、
支配しやすかったかもしれない。



怖いのはね、
幽霊じゃないんだよ。


幽霊になるほど、
固執して執着して
目の前の人のことすら思いやれない
その『心』が、

怖いんだよ。



『祈り』の大切さを知っていこう。
『ご供養』の大切さを感じていこう。


今の日本は、
それができる能力の方々が
多く生まれてきているから。


世界中で、
『感じる』能力はダントツの日本人だからこそ



次の世界を
次の時代へ

導いていけるのだから。