みなさん、こんにちは。

といっても、誰も読んでいないだろうか。


その後の私のことを書きます。

もうブログを書いていたことすら忘れ、日々があっという間にすぎていっていました。

今の私は毎日が必死です。

何から書けばいいのか分からないけど、人生とは本当におかしいね。


まず、子供はもうひとり産まれました。今は2児の母です。

去年、私の父は癌で亡くなりました。入院して1ヵ月で亡くなりました。

父が入院する1ヵ月前に、夫が居場所を告げずに家を出て行きました。

彼は浮気をしていました。

けれど、こうなったのは彼の浮気だけが原因ではないのです。

私たちの関係は壊れていたのです。

その後、私は苦しみぬいて考えて、離婚をする事に決めました。今はシングルマザーです。

そして、資格をとるために学生になっています。


いっきにこう書くと、私の人生は困難の連続で、他の人からみると、とても不幸のように感じるでしょうね。

だけど、私、結婚していた時よりも今の方が幸せです。

心細い毎日だけど、私は自分の足で立っています。

誰かを支配したり、誰かに支配されずに、私は個として立っています。

自分で考えて、自分が気持ちいい事、心地いい事、楽しい事を考えて生きています。


ACだから、今の私があるのでしょうか。

私の人生は失敗だったと毎日思っていた時もあったけど、私は多分、何も経験していない女性よりも思慮深く、思いやりがあります。

私って最低な人間、と思うこともあるけど、自分を肯定して生きています。

よくやったよ、私。今まで悲しいことも多かったけど、これまで生きてきたんだ。本当によくやった。

ACのあなたも、よくやっているんだよ。

辛い事の連続だったのに、ちゃんと優しさを持っている。本当によく頑張ってきましたね。

そのままのあなたでいいのではないでしょうか。


これからの私の人生はどんなふうなのだろう、と思います。

悔しくて、不安で、辛くて、自分のことを大嫌いになって、間違いをおかして、消えてしまいたいと思う、そんな瞬間も必ずおとずれると思う。

今だって、しょっちゅう、泣いています。


だけど、時々、神様がプレゼントをくれたような、きれいな瞬間が存在します。

桜がめいいっぱい咲いたのを見る事ができたり、水田の短い稲、あたたかい風とか、溝を流れる冷たそうな水とか。

だから、私はこれからも、私のまま生きていきます。

普通、が何か分からないけど、私は多分確実に、普通じゃない。

そもそも普通の人がいるのかどうか分からないけど。


まあ、いいのです。普通っぽいけど、普通じゃなくて、楽しそうだけど、苦しい事がいっぱい、それが私なのかもしれません。

変わろうと思えば、変われるのかもしれません。

だけど、今の私でいいんです。時々、辛くて辛くて、ああ、もうだめ…と思うのも私。仕方ありません。

機能不全家族だった、というタイトルだけど、”だった”ではないね。

機能不全家族現在進行中。に変えなくてはいけませんね。



もう、日記は書かないと思う。多分。コメントをくださっても、変身は、じゃないや、返信はしないと思います。ブログ自体を開かないかもしれません。ごめんなさい。



それでは。

今日も読んでくれてありがとう。あえて、ございますをつけずに、ありがとう。






うんざりする毎日をすごしている。

その中に面白さや変化を見出して生きている。

私は暇なんじゃないかと思う。


なぜ家族なんて他人なのに、家族を作ろうとするんだろう。

家族でいたいんだろう。家族じゃないと寂しいんだろう。

いずれ子供なんて大きくなれば、家族じゃなくなる。

家族だけど、他人みたいになっていく。

なのに、何で子供が欲しいんだろう。

多分、何もしないと暇だからなのかもしれない。

誰かの何かになりたいからなのかもしれない。


最近の私は愚かな親のことを冷静にみている。

この人は私が離れたところで何も変わらないということが証明できた。

そして、それでも私は親のことを憎み切れないどころか、むしろ好きなままだということも分かった。


ACは子供を産んでもいいのか?爆発するのに子供を育ててもいいのか?ということを毎日考えている。

毎日、毎日考えている。

考えたところで、私には子供がいるので育てるしかないのだけど。

いや、そうじゃなくて。

「ACだけど子供を産む」という日記にコメントがきた。

「ACミーティングとか、本では、産まないほうがいいとかいてます」と。

えー?そうなのー?とびっくりした。

そんなこと知らなかったし、その前に何か違うような気がした。

でも、それをうまく言葉にできない。

なので、今じっくり考えています。

自分なりに答えが出たら、ここへ書きます。


はい、話は変わって。

他にも考えることがあります。

子供の「しつけ」とは何ぞや。ということです。

これまた答えが出たら、ここへ書きます。

育児ブログをよく読むんだけど、そこの親はうるさいんだよね。「しつけをしなきゃ」って、変な責任感にとらわれている。

自分の子供が変わった子に見られるのが恐ろしいのだろう。

いや、だけど、私の考えは間違っているのかもしれない。よく分からないんです。

だから、じっくり考える必要がありそうです。




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実家と距離を置くことにだいぶ慣れてきたような気がする。

というか、きっとそうじゃなくて、ただ心が落ち着いている波が来ているだけ。

波があるんだよね。


毎日、適当に過ごしている。

元気があるので、手の込んだ料理を毎晩作って、生活費が足りなくなった・・・。

庭の草をむしりまくった。

あとは風呂掃除。風呂のカビをとろうと思う。

それから・・・。


今朝、3時半に目が覚めた。

とても恐ろしい夢を見た。

なんで夢に出てくる私は、昔住んでいたボロ屋にいるんだろう。

ぼろぼろの借家で庭の草はぼうぼうで、玄関の扉のガラスは割れている。

四畳半の部屋(勉強部屋と呼んでいた)の扉のとってはもげて、穴だけがあいている。

あのボロ屋が大嫌いだったのに、いつもあの家が夢に出てくる。

薄暗くてじめじめしていて不潔でどこもかしこも壊れていて。

四畳半の勉強部屋に妹二人がいた。

私が何を言っても無視する。

「いい加減にしろ!」と怒鳴っても無視する。

だから私は仕方なく、私がどれだけ怒って傷ついているのか分からせるために、何かとんがったものを振り上げた気がする。

別にそれで痛い目にあわせたかったんじゃなくて、ちょっと驚かして、自分がこんなにも怒っているということを分からせたかっただけだった。

二人の妹がおびえた目をした時に、庭から母親の声が聞こえた。

庭に置いてあった出刃包丁が誤って自分の腹に刺さったと、腹を押さえながら母は言った。

私はそこらにいる野次馬に「救急車呼んで!」と叫んだ。自分でも携帯電話で119を押そうとするのに押せなくて、母はだんだん弱ってくる・・・という夢だった。

目が覚めたとき、涙が出た。

よく分からない夢だったけど、私の根本は何も変わっていなく、これからも変わることがないというような、そういう夢だと感じたからだ。

そして、父親の一番醜い部分を私は受け継いでいるんだと思った。


自分が傷つけば何をしても許される、そういう思いが私の中にある。

そんな自分が嫌なのに、傷ついてしまうと頭が真っ白になる。

「裏切られた」と意味不明な言葉に支配される。


父を否定すればするほど、自分のことも否定せざるをえない。

なぜ私と父はこんなにも似ているんだろう。

今なら父の気持ちが分かってしまう。

けれど、そんなことが分かったところで何もならない。

自分が嫌になるだけだ。


もし一生、精神が安定して、乱れることがなくて、今のようにニコニコと毎日が過ごせたら、私は父とは違う人間だと言えるだろうか。

私の中に父と同じような許せない部分があっても、それは努力で補えるのだろうか。

自分って一体なんなんだろう。

そんなものは存在しないのかもしれない。

本当は私なんていないのかもしれない。

ただ私が生きている・・・それだけなのかもしれない。

ギターを弾いたら音が出るように、私という人間に何かが起これば、それ相応の結果が出る、それだけなのかもしれない。

なんて受け身で無責任な考え方。

でも、信じたい。

調律すれば、違う音が出るように、きっと自分からも違う結果が出る。

そうであってほしい。



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