
先日、花見で伺ったお宅のリビングには、2階まで吹き抜けている天井から太いロープが垂れ
下がっていました。二階からそのロープで降りられるし、一階からよじ登ることができるように
なっていました。
小学生兄弟のお兄ちゃんは、最初から自力でロープをよじ登って遊んでいました。それを見て、私も
登りました(^^)
弟に「登らない?」と聞くと、「できない」との答え。無理強いをしても仕方がないので、したい
ままにさせておきました。お兄ちゃんは何度も登りまくり、他の大人も登ったり、登ろうとして
落ちたりしてました。弟はその様子をしばらく見ていた後に「登る」と言い出しました。
ロープにつかまって登り始めますが、腕力がないのか落ちてきてしまいます。
私はおしりや足を押して、手伝います。結構時間がかかりましたが、二階まで登れた彼は嬉しそう
でした。私は腰を痛めました (^_^;)
子どもが新しいことを始める時に、全て自力でできないと「できた」と認めない人がいます。子ども
がやり遂げたことの小さなミスや足りない所を指摘してダメ出しする人がいます。
自力でなんとかする意志と力は必要でしょうが、「できた」という経験と自信がそれを生むのでは
ないでしょうか?
一度できると、子どもは自力でやろうとしたり、もっと難しいことにチャレンジしようとします。
しかし、初めてトライする時から自力で最後までやらなくてはいけない、と厳しい条件で
縛ると、できなくて嫌になったりします。「できない」と思ってしまうと、トライしなくなって
しまいます。結果的に、いつまでもできなかったり、できるようになるまで時間がかかったりします。
できるできないは物によってはどちらでもいいのですが、「できない」と自信を失ってしまうのは
問題です。学習と成長にはチャレンジが必要です。チャレンジにはやればできるという自信が必要
だと思うのです。
ミルトン・エリクソンが、落ちこぼれの女の子を受け持った話があります。
彼女は文章の読み書きができず、お手玉もなわとびもできず、自転車に乗ることもできませんでした。
エリクソンは、彼女と一緒にお手玉となわとびで遊びました。彼はポリオのせいで身体が不自由
でお手玉もなわとびもできませんが,一緒に遊びます。女の子は何週間もかけて上手にできるように
なりました。その後、エリクソンは女の子と自転車で競争をします。彼は左足でこげば速く乗れるの
ですが、あまり動かない右足で一生懸命こぎます。女の子は一生懸命なエリクソンに自転車競争で
勝ちました。何年か後、彼女は表彰されるほどの優秀な成績で学校を卒業しました。
エリクソンは、彼女についてこんな言葉を残しています。
「成功が成功を生むのです。
この子は実際にお手玉ができたし、単語もかけました。なわとびもできました。自転車で私に
勝ったという事実も受け取ることができたんです」