1926年発行

至誠堂 井上 英和中辞典



片付けで出てきたのか、
実家に着いたとき、
炬燵の上にありました。

昨夜、
「これ誰の?」と姉に訊くと、
母のだろうと眉をしかめて答えます。

 ……そうかなぁ

巻末の宣伝文が全て中学校、高等女学校向けで、
中表紙を開きますと、
右下に実家の苗字の印が捺されています。



祖母のものではない。
女学校時代は苗字が違います。
その段階で姉には醜悪なものとなるのでしょうが、
母とは限らないのではないかなと思いました。

まず、
1926年発行であること。
今ほど回転が早くないでしょうが、
間が空きすぎです。
だって母が生まれた年です。

そして、
母が高等女学校に通ったのは、
鬼畜米英の時代間近です。
終戦時に国民学校教師でしたから。

とはいえ、
祖父や祖母だとしたら、
子供が生まれた年に中学生だの女学生だのであるわけがありません。

中表紙の前、
Birds of Paradaiseの絵の裏には
書き込みがありました。



筆記体です。
のびやかな字体だなぁ。
軍靴響く時代に書いた印象は薄いような…。
何より、日本語とはいえ、見慣れた母の字とは印象が異なります。

というわけで、
当時東京住まいだった祖父が、
子供を授かった勢いで、
 よっしゃ ちょっと手を広げてみよう
 軽くて持ち歩けて、
 初心者向けの親切な辞書でも買って勉強しなおそうかぁ
なんて考えて購入したんではなかろうかと
思うことにしました。

では、
基本的な単語を見てみます。
do


発音記号なし
カタカナ表記で発音を教えています。
では、
せーのぉ


「ドゥー」

中国語が入ってきたときは、
返り点とカタカナをつけて訓読文を作った日本人らしいと言えば、
まことに日本人らしい工夫です。


宣伝文は左から右へと読みます。
特筆すべきは、
一瞬、全体主義国家の国営放送のニュース原稿かと思う大袈裟な称賛。



本書は一代の碩學三宅先生の偉大なる思想の痕を止めたるものにして、宛然雪嶺全集の観ある大著なり。

文語調で盛大に褒め称えると、
胡散臭さも倍増に感じてしまうのが面白い。
戦前はこうだったの?
どうなの?
と昭和の始まりにどっきどきです。

付録が多様性に富んでいますよ。
「萬国貨幣表」


日本貨幣換算額つきです。
若きビジネスマンには便利だったのではないでしょうか。

祖父のものだったのかも不明ですが、
母のものだった感じもあまりしません。
空想は自由にしておこうかなと思います。


ところで、
宣伝文のページに、
当時の人気文芸の一端がわかる表がありました。
「大正名著文庫」


夏目漱石先生著 金剛草
幸田露伴博士著 悦楽
        洗心録
森鴎外博士著  妄人妄語

「先生」と「博士」の違いって何だろなと調べてみました。
 森鴎外は医学博士 
 幸田露伴は文学博士
 で
 夏目漱石は文学士
最終学歴って文学でも重要だったのでしょうか。
博士の語る悦楽…って考えたら、
くすくすっと笑えてきました。